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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】集い合わす

この物語はフィクションです。



屋敷に戻ると、皆が出立の準備をして門の近くに待機していた

「今戻った。玉記殿は快く承諾してくれた。これで心おきなく出立出来る。麻呂は準備する故しばし待たれよ」

実穂高は牛車から降りると、屋敷の中へと入る。残される家の者へ指示などがあるのだろう。逸彦と水師は部屋へ荷物を取りに戻り、門へ再び出た


「逸彦殿、導きの鳥はこの屋敷に来るのか」

宮立の太方、父が聞いた。逸彦はコウに尋ねると、郊外へ出ろと言う

「いや、ここではなく郊外だ」

「そこまでわかるのか」

「そうだ」

皆驚いた様子に逸彦は困惑する

「この程度で驚いていてはいかんぞ。逸彦殿だぞ」

水師はさも当然だ、と言わんばかりの態度に皆は確かにそうだと納得する。逸彦は更に困惑する様子を見透かしたように水師が笑う

「逸彦殿、汝は凄いお人なのだ。汝が当たり前の事でも我らにとっては驚愕なのだという事を、もっと自覚された方が良いぞ」

皆もそうだと頷く。逸彦はコウが何か面白いものを見たように笑っているのを感じ、どんな顔をして良いのかわからなかった


「麻呂抜きで何か面白い話しをしているようだな。麻呂は仲間外れか」

拗ねたような様子で実穂高がやってくる。淡い緑色の動きやすい狩衣に着替えている。水師が話すと声をあげて笑う

「そうだぞ、もっと自覚されよ」

悪戯をする童のような表情に、逸彦は再び見惚れた

「では出立だ。逸彦殿、頼むぞ」

実穂高の宣言に皆は おう、と応えた



逸彦はコウが示す方角へ一同歩みを進める。京の区画から少し離れた森に着く

逸彦は予感を感じて空を見上げた

「ピーピョッピョ」

鳥影が一同の上に落ちると旋回して逸彦を目指してくる

鳥は逸彦の肩に止まると、逸彦は腰袋から玄米を取り出し掌に乗せる。鳥は肩からその手に移り玄米を食べはじめる

「今回は汝か。よろしくな相棒」

「子規か…」

実穂高は童のような好奇で目を(みは)って鳥をしげしげと眺める。逸彦はその様子をどうしても可笑しいと思って口に笑みを含む。笑ってはいけないと思い違う方を見る


「導きの鳥はいつも同じなのか」

細方(さざかた)が問う

「いや、その時々で違う」

皆、鳥をじっと見ている。鳥は構う事なく食べ終えると

「ピョッピョ ピョッピョ」

と一声鳴いて飛び立った。逸彦はその後を追い駆け出すと、一番近く木に駆け登って枝を渡りはじめる。あっという間にいなくなった逸彦の後に残された一同は、沈黙が漂う


「凄いな」

津根鹿は言う

「風の如しだ」

「あれは真似しようと思ってもできまい」

「何年も何年も、あのようにされて生きて来たのだな」

皆、逸彦の心中に抱える重さを感じていた


「さあ、我らも出立だ。必ず追いつける。我が先導する」

水師は言った




京を離れた一行は北へと向かう。琵琶湖の北側を過ぎ日本海へ出ると、海岸線沿いに北上していく

逸彦も琵琶湖の南側を経由して北上しているが、途中の村や小さい都の周辺で(おん)を退治していく。どこも村や都が全滅する程の数は見当たらず、時折数人に遭遇しただけだった。導きの鳥も最初に来ただけで、後は逸彦が此方だと思う方へ移動していた。

実穂高の一行も途中の峠で数人の鬼と遭遇した位で、特に集団と遭遇する事なく移動していた

逸彦は越中国の礪波郡(となみぐん)で大雨により足止めされ、宿世で瑞明がお気に入りだった旅籠で一休みした。二日程で雨が止み、逸彦は旅籠を出ようかと思っていたら、コウが留まるように言った。その日の夕方に実穂高一行が宿にやってきた。追いついたようだ


「やはり此処だったか、逸彦殿」

水師は嬉しそうに笑う

「此処を知っているのか」

「いや、知らぬ。だが途中で旅の者にこの辺りで風呂が一番良い宿を聞いたら、此処だと教えられてな。我の勘も此処だと思った故に尋ねた次第」

皆が笑う

「さあ、我らも風呂を堪能しよう」

水師が宣言すると、皆そうだと口々に言って部屋へと入っていく。水師は宿の者に話し、実穂高を一人部屋に指定している。逸彦は公家なら身分の違いもあり当然かと思い、これまでもそうだったのだろうと思った


皆風呂に入り夕餉をとる。逸彦と一行はこれまでに遭遇した鬼の数などを話し、此方には鬼がほぼいないという結論に達した。今後は導きの鳥が来ない限り逸彦も同行し、越後国の頸城郡(くびきぐん)辺りまで北上することにした。その後は南下し、信濃、甲斐方面へ移動することを決めた


「もう難しい話はこれまでにせぬか。飽いてしまう」

溜息をついて細方(さざかた)が言う

「酒を飲まんかの、折角集まったのだから」

佐織の翁が言うと、誰ともなく賛同して、呑もう呑もうと盛り上がるが、実穂高は嗜める

「駄目だ、皆初めて合流して興奮して居る。酒が楽しいのはわかるが、今日は寝ろ」


「えーー」

不承不承だが、誰も実穂高には逆らえない。大人しく皆床についた。やはり誰しも疲れていたのであろう、たちまち寝入ってしまった。いびきと寝息が聞こえ始める


逸彦は皆が眠ると一人起き出し、実穂高の部屋に赴いた。訊きたい事があったのだ。部屋の外から声を掛けると、入るように言われる。やはり実穂高も眠った訳ではなかった


中に入ると、部屋には文字を書いた紙や、香が焚かれる準備がされていた。何かの術式であろうか。これは別部屋の方が確かに良かろう

「迷惑であったろうか。何かされていたのであろう」

「ああ、これは、今後の為に、先程の話し合いの結果を占って確かめて居った」

実穂高の髪は解かれ、肩にゆったりと掛かっていた。まだ黒髪が微かに湿っている。何だか直視するのが少し憚られるようだ。やる事があって皆と時間をずらして風呂に行ったのだろうか。


「話とは何ぞ」

実穂高は座り直して逸彦の方を向いた

「あの牛車が襲われた時だが、あのように鬼に近づいては危ないのでは無いか」

「我は懐刀を持っているので、大丈夫だ」

実穂高は懐刀と言う時に、逸彦を見た。逸彦はそれが己を指すと察した

「我を試したのか」

実穂高は目を空に泳がせた

「まあ、…な。故意に脇差を用意せなんだ。我等の力で何とかならぬなら、必ず汝は動くであろうと思った。実際何とかなった。本当のところ、試されたは我等であろう。此方に実力無くばただ足手まといだからな」

「確かに、(おん)が現れて我が出番無きは初めてだ。二人の連携は素晴らしかった」


「それに我は水師の結界によって守られておる。そして水師は我の(のり)によって守られておる」

逸彦の心が僅かにちくりと痛んだ。己が何に反応したのかわからなかった

「手を組んでいたのは何の効果があるのだ」

「ああ、あれは、特に意味は無い。言うなれば、何もしないと怪しまれるからな。癖だ」

少し呆気に取られる

「それで鬼が動けぬようになった訳では無いのか」

「動けぬようになったのはだな」

言葉を切る。口元に手を添え、言い方を探しているようだ

「鬼の心に共鳴してだな、その雲の掛かりを、何というか、風が吹き払って日が射すというか…」

溜息をつく

「難しいの。伝わるか」

逸彦には充分にわかった

「そのような事ができるのか。凄いな。愛の光が届くように、翳を払うのだな」

実穂高は、己の表現が伝わった事にむしろ驚いた様子で、逸彦の顔を見た

「鬼の心に共鳴して汝は平気なのか」

「相手が一人二人くらいなら。だが、連続すると疲弊する。何人まで大丈夫なのかはわからぬ。そこまで多数を相手した事はあらぬ」


「わかり申した。そのような状況にならぬよう我がお守り致す」

逸彦は何としてもこの御仁を守らねばと心に誓った

実穂高は嬉しそうに笑ったが、すぐに改める

「いや、むしろ我の方が、逸彦殿の邪魔にならぬように励む。汝の身に何事か起こったら、依頼をして呼び立てた我の沽券にかかる」

逸彦はそれを嬉しいと取って良いのか、残念なのか、己の心が良くわからなかった


「話した方が良いかと思う。我が鬼退治に熱心な訳の一つだが、鬼の出没と我の体力は関わりがある」

一体どう言う事だ

「鬼出没の報告は京に届く。発生からひと月廻りか、まあ一年(ひととせ)の間には。それで過去の報告を纏めたら、大体大量に発生すると我が酷く体調を損なった時期と一致する事がわかった」

幼い頃身体が弱かったというのはあながち嘘でも無いのか

「それならこの頃は体調が良いのか。一時期に比べて、随分と鬼は減ったと思う」

「うむ、全く、汝のおかげである」

「だが、それでこの様な何が起こるかわからぬ旅に同行しても構わぬのか」

「そう言われると思うて、黙って居った。調子が酷くなったら、その時はその時だし、占いで観た限りは問題あらぬと出た」

逸彦は暫し言葉を失って実穂高を見た。己の意志を通す為には、割と何でもする御方だな

「その由はわかっているのか、鬼と汝の体調の関わりは」

「それは全く見当もつかぬ。霊障と似たものだが少し違う。だが鬼が居なくなった時に我がどう変わるのかを知りたく思うのだ」

うん、やはり此奴変わり者だ、と逸彦は思った


「それで此方も、尋ねたき件あるが…」

訊きづらそうに実穂高は言う

「玉記殿か」

「まだ話せぬなら良いが、麻呂も気になってしようがない」

逸彦は暫し黙した

「話せぬわけではあらぬ、だが…」

多分己はこの人の前で泣いてしまうだろう、と思って話せずにいるのだった

「なぜ堪えるのだ。己の心、感情を溜めてはいけぬ。そう言う事が過去を過去とせぬのだ」

見透かすように言う。感情を我慢する癖がついている。しかし、既に牛車の中で泣くところを見られている。何に意地を張っているのだろうと己でも疑問に思う


その時、部屋の外から声が掛かった。水師だ。実穂高が応える

「おお、やっておりますな。逸彦殿、実穂様」

水師は戸を開けると部屋に入った。いつも不思議な程機会が合い、必要な時には必ず現れる男だ

「実穂様、逸彦殿の心を(ほぐ)すのは友の我が致します故、ご安心なされよ」

「何だ、麻呂は友ではあらぬのか」

憤慨したように実穂高が言う。水師は笑う

「友でありましょうが、雇用主と雇われでありますから、逸彦殿も遠慮されるのでしょう」

逸彦は安堵すると同時に、残念な気もする。先程から一体何なのだ。己の心が複雑なのは


実穂高は若干拗ねたように口の中でぶつぶつ言うが、渋々その役を水師と交代した

逸彦と水師は退室し、中庭に面した縁側に場所を移し、腰掛けた

逸彦は水師に篁の話をする。宿世(すくせ)でも瑞明にこの話はしてあるし、篁が化身から龍に戻った姿も一緒に見ている。そう言う意味でも話しやすかったし、少し話すだけでも伝わった


しかし、玉記殿と次にいつ会うのかはわからないが、その時にどのように接したら良いのかわからない、と言うと、水師は答える

「我は予め宿世で会うたと知っていた故、すぐに友に戻れたが、玉記殿は宿世の話は知らぬであろう。同じだが違う人物だ。今の玉記殿を見たら良かろう。接するうちに、心の根底にある絆は再び戻ろう」


「されど、会うべき時なので会うのだ。必ず心知れる時訪れよう。それに」

水師は言葉を切り、先日会った時の事を思い出しながら言った

「我が見たところも玉記殿も何かを感じているように見えた。待つが良し」

逸彦は頷いた。胸のつかえが軽くなった。やはり少し泣いてしまった。

「泣きたい時は泣き尽くせと、実穂様は言う。感情は吐き尽くせば終わると。一人の時でも構わぬし、我でも良い。いつでも付き合うので、次からは遠慮せず気が済むまでそうされよ」

そして顔を近づけ添える

「実穂様も逸彦殿の力になりたくて仕方ないのだ。少しは頼って差し上げよ」

そういうものなのだろうか。わかったと水師には応えるが、己の気持ちはやはり良くわからなかった。遠慮してるのでも、信頼できないのとも違うと思った。むしろ近過ぎて怖いという方がしっくりする。己の気持ちに己で首を傾げた

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


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