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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】謁見と夜襲

この物語はフィクションです



秋は深まり、木の葉も色付き、周囲の山々は美しい風情を見せる。黄金の様な落ち葉で、先程通り抜けた庭の地面も染まっていた。長い渡り廊下を抜けて広間に入室する。案内の童部はそこで頭を下げ、部屋の外に留まり戸を閉めた

逸彦は京の宮に上がっていた。此処に来るのは初めてだ。広い板間の正面には畳が敷かれ、その両脇には灯台が立てられ、灯が点いている。畳に座っているのは公家の偉い人らしい。彼の左手には従者が控えている

逸彦は頭を下げ名告り、次の言葉を待った


「されど其の方、本当の所どうなのじゃ。まさか不死ではあるまい。百年以上も古から名が挙がって居る。伝説の(おん)退治の逸彦殿よ」

公家は甲高く耳障りな声で落ち着き無く話す。興味を示すのは構わないが、呼び出された訳を早く話して欲しいと逸彦は思った

大体昼頃に訪れたのに散々待たされてもう日が暮れそうだ。門番には上から下まで怪しい者でも見るかのようにジロジロ見られ、一旦入った者が再度出るまで半刻はあった。その上控えの間で延々と待たされた


「巽殿。本題に入り給え。呼び出し、頼み事をするのは此方なのだ」

鋭い口調で諭す者が居る。巽殿と呼ばれた右大臣は、ちっと舌打ちした。


口を挟んだ男は畳から外れた板間の敷物に座っていた。部屋の端の灯台に横から照らされ、顔立ちの陰影をくっきり浮かび上がらせている。その佇まいは姿勢正しく凛とした品位がある


「失礼を詫びる、逸彦殿。お噂は予々(かねがね)聞き及んでおる。麻呂が用件をお話しする。(おん)が発生する度にその村が廃村になったり、恐れて田畑に出ぬ者がある。その為に農地が荒れ税収が下がる。朝廷はこの度鬼(おん)の討伐を計画する。それに参加して頂きたい」

話すのは小柄な男である。声変わりしていないのかと思う程に声が高く、それを誤魔化すかのように低く話す。相当若いのだろうか。美麗な顔立ちをしている。だがきりりと上がった細い眉とその下の真っ直ぐに見る黒目がちな目が、意志の強い人物である事を物語っていた。彼の後ろの男も厳かな雰囲気で目線を床に落とし、主人(あるじ)を邪魔しないように気配を消していた。仕える主人を敬って居る様子が良くわかった


「そんなに詳しく話す必要も無かろう、どうせわかりもしないのに」

巽は横を向いてわざと聞こえるように呟く。


彼はそれを無視して続けた。

「この件の筆頭責任者は麻呂だ。よって詳しくは我が邸で話す。日も暮れかけ故、この後牛車で移動されたし。待たせて実に失礼致した」

そして一応ご機嫌をとっておく、とでも言いたげに巽にことわる

「良かろうか、巽殿」

「好きにせよ」

ふん、と鼻を鳴らし、巽は不機嫌そうに従者と退室した


巽が居なくなると口調を明らかに和らげて名告る

「麻呂は陰陽師の実穂高。使いの童部をよこすので、その案内を待ってくだされ」

呼び出した文の差出人の署名は「実穂高」と書かれていた。彼か。

「承知致した」

逸彦も退室し、部屋の外の童部に順い、また渡り廊下を通り控えの間に戻った。先程周囲に届いていた斜陽はもう殆ど残っていなかった。彼が自邸を話す場にしたのは、己の今晩泊まる先を配慮しての事だろう


やがて控えの間に童部が来て、牛車まで案内をした。牛引きは先程実穂高の後ろに控えていた男だ。牛引きが持ち上げた前簾をくぐって牛車に乗り込むと、そこには実穂高が先に乗り込んで座っていた

少し驚いた。牛車は動き出す。初めて乗るが、このような遅い乗り物に乗る意味がわからない

「そんなに堅苦しくしなくて良い。麻呂は気にせん」

「公家が我と同じ牛車に乗るのか。平気なのか」

「どう言う(よし)だ」

暫し黙った後、逸彦は答えた

「身分が違うし、我は汝らから見たら(おん)と関わる穢れた身であろう」

実穂は口を片端だけあげて笑む。だが目は優しかった

「頼み事をするのは此方だ。正式な依頼である以上、対等だ」


逸彦は実穂高を信用して良いのか、未だ分からなかった。多くの者に出会って来た勘のようなものがどうもこの相手には働かぬのだった。公家らしく見えない。

いつも相談相手でもある内なる声のコウも、先程から何も言わない。この話を受けろとも受けるなとも言わない。今回は鳥が導いた訳でもない

「この話は断る事も出来るのか」

探りを入れてみる。目を柔らかく細めて実穂高は言う

「汝はきっと引き受けるであろう」

謎めいた答えだ。

「そもそも何故我の居所をわかったのだ。いつも旅をしているのに」

「汝はそう言う特技の男を知っておろう」


思い出すのは一人、安倍瑞明(あべのずいめい)。宿世で親友となった男だ。短い間だが共に旅をし、龍に出会い、彼は愛する女を見つけて定住した。その後も交流は長く続いた。彼は目指す人物が何処にいるのかをわかる特技があった。だがそれは宿世であり、今世において生まれているのかも、そうだとして何処に居るのかも知らない


彼の事を話そうか迷ったその時、牛車は止まった

「実穂様」

前簾の外から牛を引いていた男の声がかかる

「現れましたぞ」

「来たか」

実穂高は牛車から降りた。促され、逸彦も牛車の外に出た。外はすっかり暗くなっていた


闇の中で唸り声がする。鬼だ。鬼が近くに居る

「我が致す、下がってくだされ」

しかし、実穂高と牛車を引いていた男は逃げようとしなかった。

男は携えていた刀を抜き、実穂高は両手を見た事がない風に組み合わせ、鬼の方へ向き直った。逸彦も刀を抜いたが、今までと感触が違う。剣はいつものように踊らなかった。剣に意志があるように動き、逸彦の身体はそれにつられて動くのだが、今回は動こうとしなかった。その光景を見ろと言わんばかりに、剣も身体もそこに留まっている。


目の前では二人が鬼と戦っている。鬼は実穂高に襲いかかった。だが実穂高は線の細い身体を器用に翻し、躱した。続いて男の刀は鬼の腕を薙ぎ払い、片腕となった鬼は一層怒って男へと向かっていく。しかしその動きは止まった。


実穂高は何か術をかけたようだ。鬼が動けぬ間に、男は鬼に止めを刺した。


二人は簡易にそれ弔うと、道の端に遺体を移動するのを手伝うよう促す。逸彦は剣を鞘に納め、男と一緒に鬼の身体を運び、手を合わせた


逸彦は二人の洗練された動きに驚いた。男はともかく、陰陽師が戦えるとは知らなかった。鬼が現れて出番が無いのも初めてだし、言われなくても鬼を供養する心を持っているのも初めて見た


もう周りに鬼の気配は一切無い。あの一人だけのようだ。それも不思議だ。確認が終わると牛引きは牛車を道の端に止め、牛を外した。

再び実穂高の邸に向かうが実穂だけ牛に乗り、二人は徒歩である。牛の前を、先程の男は灯を持って先導する。夜とは言え、人の多い街中に鬼が出るのは珍しい。何故わざわざ鬼が一人だけ入って来たのだろう

「誰かがあの牛車に牛の乳酒を塗って細工したのだ」

実穂高が言う。逸彦はもう驚いても仕方ないと悟った。この者は相当に良く知っているようだ。実穂高は逸彦の方を向くと悪戯っぽいとも取れる笑みを浮かべながら言う

「どうだ、話受ける気になられたか」

逸彦は黙っていた。聞きたい事が沢山あった


男に案内され客間に荷を置くと、そのまま風呂に行こうと誘われた

二人は風呂に行く


ここの風呂は随分と凝った作りになっていた。中に入ると部屋の隅に大きな釜があり、お湯が沸いている。湯気が出ていた

「見た目ほど熱くない。(たらい)に入れて少し水を足されよ」

釜の横に水を溜めている(かめ)がある。逸彦は桶にお湯を入れて湯加減をみる。少し熱いので水桶から水を少し入れた。逸彦が体を洗い終えると

「参られよ」

と言って男が歩き出す。入り口とは違う引き戸を開けると小さな庭があり、その中央に風呂小屋があった。二人はその中に入り蒸される。簾越しに庭が見えて和む

「随分と趣がある風呂だな」

逸彦が感心していると男は愛嬌ある笑みを浮かべ自慢気に胸を張る

「そうであろ。我が理想と思う風呂を作ったのだ。金は実穂高殿が出されたがな」

実穂高から理想と思う風呂を作るよう命じられ、一切の妥協なく作ったという

「逸彦殿も風呂好きだろう」

男は笑う


逸彦は京へ来るよう言付けされたのが旅籠の主人だった理由を知った。その旅籠は瑞明が良い風呂があると教えてくれた旅籠だった。あれから百年以上経つが未だ健在で、近くに来るとコウが泊まるよう言っていた。だが、己が風呂好きだと言う事をどうやって知ったのだ。先程宿世の瑞明の事を匂わせていたが


男は名告る

「我は水師(みずし)と申す。見ての通り、実穂様の側付きだ。汝が知る、目指す相手を探し出すのが特技の者とはどのような男なのだ」

逸彦は安倍瑞明の事を話した。水師は興味深げに聞いていた。


「そうか。実穂様のお話と同じだの。実穂様に我の宿世(すくせ)の話をして頂いた」

「宿世。実穂殿は宿世がわかるのか」

実穂は相手の心に共鳴し、心の記憶を読む力があると言う

「我は宿世の話を聞いて、とても納得したのだ。陰陽師の仕草を見ても我は違和感を感じぬ。懐かしくも思う。実穂様程簡素で効果のある術を使われる方は居らぬ」


「実穂様と初めて会うた時、我はまだ幼かったが、二言、三言話して、我の事を見抜き側付きにと受け入れてくださったのだ。誠実で、人を表面で判断しない方だ。仕えるはこの方より他にあらぬと思った」

かなりの信頼を寄せているらしい

「実穂高殿とはどういう方なのだ」


実穂高は実名では無いようだ。彼が元服して初めて行った儀によって、畑の麦がかつて無い程に実ったので、その件から実穂高と呼ばれているそうだ。

「随分と若く見えるが、彼が討伐の責任者と聞いた」

「幼い頃、度々お体弱かったので、大きくならなかったのだろう」

そうなのだろうか。あの身のこなし、身体が弱かった時期があるようには見えなかったが。

「何処の流派なのだ」

「賀茂だ。童の頃才能見出されたと聞く」


那由を思い出す。賀茂で陰陽師をしていたのだ。今生の母はやはり那由では無かった。今はどうしているのだろう。いつもならば、疑問を抱いて内側に尋ねるとコウが答えるが、やはり沈黙している

逸彦は溜息をつく。己で判断せよと言う事なのか。最近コウは口数が減って来た。龍と会った時に突然聴こえて来た声だ。それから、色んな事を尋ね、疑問が解決する事もあったが、この頃は己はどう思うのだ、と聞き返される


「実穂様も、初めて会った気がしなかったが、汝もそうだな。実穂様は我は宿世で逸彦殿に会ったと言われていた」

逸彦も、この男に安心感を感じていた。安倍瑞明の生まれ変わりで間違い無いのだろう。だが少し違うのは、あの頃のように落ち着きなく喋り通しに喋っていたりはしない。経験を経て少し大人になったのだろうか。逸彦はつい頰を緩めた


己は宿世の記憶があるとは言わず、口伝で先代逸彦の体験を語り継いでいるという事にしてある。老いると、才を引き継ぐ童を見つけて育て、次の逸彦の名を継ぐ。そうしておかないと流石に奇異に見られるからだ


逸彦はこの男にそれを話そうかどうしようか迷っていると、水師は言った

「逸彦殿の事を、実穂様は宿世の記憶を引き継いで生まれ変わりを繰り返していると言われていた。それ故に、忘れたい事も忘れ得ず、ずっと(めい)を背負って鬼と戦い続けていると。だから、我に友になってくれと頼まれた。汝は我と友となってくれるか」

既にそこまで知られているなら、むしろ構わない。逸彦は嬉しく思った。心が解ける気がした。あれ程互いを話し合い、分かり合えた友は居なかった。

「我は嬉しく思う。宿世でその事を打ち明けた者は瑞明が二人目であった」

「左様か」

水師は嬉しそうに、童のような懐っこい笑みを浮かべた

こういう表情を見ると、確かに瑞明の面影がある。おそらく話すことは沢山あるだろう

それにしても実穂高とは何者なのだろう



二人は風呂から出ると、童部が待っていた。今晩は遅いので討伐の詳しい話は明日朝にする、そのまま休むようにと童部は伝えた。しかし運ばれた夕餉を客間で食べていると、水師が友になった祝いだと言って、酒を持って部屋に乱入して来た。そのまま夜明け近くまで互いを語り合った。やはり彼といると素直に悲しんだり、喜んだりできた

その間ずっと誰かに見られているような気がした

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