表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
49/96

【桃語る】帰還

この物語はフィクションです

醜、醜つモノ、モノーいずれも鬼の事を指す



村に着くと、知った顔が嬉しそうに出迎えた。だがすぐに表情を曇らせた

「毘古よ。爺と婆が…」

「爺と婆がどうしたのだ」

少し前に醜つモノが現れ、爺と婆が襲われたそうだった

爺と婆は既にその亡骸を山に葬ったと村人は言った

「済まぬ。モノが来ると言われたのに備えが足りず」

一体どういう事か詳しく聞くと、占いをする女が訪れて此処をモノが襲うだろうと言ったそうだ

猿女だった


モノはまだ周辺にいて、森奥へ逃げ込んだと聞き、毘古は森へと入った


懐かしい森だが、爺と婆を失った毘古は、その森が前とは違って見えた。爺と婆が居てこそ、その森は()が庭であった。今は他所者のように、感じた。


毘古はがむしゃらにモノの痕跡を追った

やがてモノを見つけると太刀を抜いた

記憶が飛んだ


気づくとモノが倒れて居る

毘古はそれはかつて人だったという事を思い出した


村長としたように、せめて森の中になきがらを運び入れ、軽く落ち葉をはらはらと被せ、弔った


かの者も苦しかったのであろう

己が己でなくなる事に怯えながら、幾日かを過ごしたのであろう


村長が己を斬ってくれと頼んだ時を思い出して、また毘古は涙した


毘古は家に帰った

村人にモノは斬ったので安心するよう伝えて、吾が家に入った

そこには誰も居らず、火も絶えていた


毘古は火を起こした

火が灯っても、何をしようという気も起こらず、ぼうっと火が揺らめくを見ていた


どれくらいそうしていただろうか、誰かが入り口の戸を叩いた

開くと女がいた。猿女だった

「汝か…」

猿女は入り口をくぐった

他に誰かが居るだけでも、少しほっとした。誰も居ない家は火が灯っても寒々しい


()は忠告したが、村人は信用せなんだ。爺と婆亡くしたそうで、桃木の毘古、不幸であったのう」

不幸、不幸とは何であろう

毘古は己を不幸と思った事は無かった。起こる事は起こるべくして起こるのみで、それが不幸という受け止め方があるとは思っていなかった

だが、確かに、爺と婆が居なくなって、二人が居る事がそれだけでも既に幸いだった事は知り得た。それは恵みだと思った

「寂しいであろう。()が慰めてやろう」


女は座っていた場所を変え、毘古に身体を近づけて来た。その腕を毘古の首に回し、もう片方の手を背に添わせた

寂しいとは何であろう

爺と婆が居らず確かに寂しいが、それは己が心である。他人によって己が心がどうにか変わる事があるのだろうか

毘古が考えていると、毘古の身体には冷たい感触が走った

背には短刀が刺さっていた


身体を離した女の手首に、朱い瑪瑙の玉が草の緒に通して巻いてあるのが目に入った

ああ、あの男は探していた女だったか…亡くなっていたのではなかったのか

身体に力が入らなくなった。毘古は横倒しに身を崩した。


(なむち)吾が夫だった男にその太刀を譲り受けたか。言うていた。先楽しみな童に出会うたと」

二人が会えたなら良かったと思い、吐く息と共に言った

「会えたのか」

「ああ。()を見て去った。

病に伏した吾を死から逃れさせようと願うたのは彼の男だ。吾が生くるは彼の望み。そもそも、吾を一人きりにして防人して長く帰って来ぬから吾は患ったのだ」

女は笑った。その笑みは少しも楽しそうではなかった

「浜の黒岩に吾を触れさせた。神気(かみげ)ある言うてな。それで知ったのだ。全てを知るようになった。己が命の道に囚われているとわかり、そこからの解放され死から逃れるを求めた」


「吾に触れた者は変化(へんげ)する。それは命の定めからの解放。命の定めを疑う者が増えれば吾が力も増す。吾は神のようではあらぬか」

女は倒れている毘古に顔を寄せ、囁いた

「汝は神であろう、桃木の毘古。汝亡ければ神に成り変われよう」

「吾は神ではあらぬ…」


目を開けているのも辛くなった。その耳に女の耳障りな声が届く

「モノ共は()の言う事を聞く。此処にもモノを向かわせて、汝の帰りを歓迎しておいたぞ」

何か恐ろしい事を聞いた。この女が爺と婆を襲わせたのか

「毘古よ。その光る太刀貰って行く」

鞘の金具の鳴る音がした。遠のいて行く足音と、戸の開かれる音がした

しかしもう目も開かなかった。口をきく力も残されていなかった。もう、考える事もできなかった。ただ、命を成し得なかった後悔だけがあった。声はやる事は沢山あると言っていたのに



翌朝、隣人は毘古の亡骸を見つけた。毘古は村人にも愛されていた

毘古の亡骸は村人らの手で山頂に運ばれ、そこに置かれ、弔われた。鳥葬にふすのである


冷たい骸が山の頂きに横たえられていた

鳶は山頂の上を周りながら飛び、亡骸の傍らに降り立った

鳶はその冷たい頬に己が顔を擦りよせた

毘古の意識は鳶に告げた


申し訳あらぬ

(めい)成し遂げ得ず…


その後悔は深かった。鳶は泣く事は出来なかったが、その内の大元は切なく、哀しい想いで一杯だった。愛する毘古の死を悼んだ


還りましょう


鳶は羽ばたくと身を起こした

すると毘古の身体は輝く光に包まれた

光が天に向かって消えていくと、その後には毘古の骸は無かった

残された着物がそこに何者かがいた事を物語った


のち、そこを訪れた村人は着物のみが残され、毘古の身体の骨すらも見当たらないのを見た。彼はやはり桃木の毘古は神の御使だったのだろうと思い畏み、石をその場所に置いた





汝は知るや

我が根から生まれしその者を

愛の愛たるを愛し

命が命たるを知らんとした

その身を愛の道に捧げた者を

我が分身たるその者を…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ