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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【桃語る】鬼ヶ島

この物語はフィクションです

醜、醜つモノ、モノーいずれも鬼の事を指す


鳶に導かれ、ある村に着いた

そこに人々は居たが、雰囲気は異様だった。村全体が暗く無気力で、何か災い事に遭ったと窺い知れた。毘古はその一人に尋ねた

「一つ月の巡り前に、村が醜つモノに襲われた。それから暫くして、村長(むらおさ)と村のいくらかの者が居なくなってしまったのだ。皆は村長を頼っていたので、吾らは如何したら良いのかわからぬ」


「何故居なくなったのだ」

毘古が尋ねると、一人の女が進み出た。女は毘古の担ぐ太刀を一瞥した。女は猿女(さるめ)と名告った

()がこの村に来たのはその頃だ。来て間も無く醜つモノに襲われた。村長はそのモノに止めを刺したが、村長の息子がまたその呪いを受け、モノになる様子を見せた。村長は息子を殺さずに何処かに隠したのだ。そのまま行方知れずだ。村の者の多くが消えたのも同時だ。これを見るに、村長が皆を(そそのか)し惑わし、引き連れて何処かに逃げてしまったのだ」


呪いが本当にあるのだろうか。しかし醜つモノを隠すとは。家族を大切に思う気持ちはわかるが被害が広がるのは目に見えている。早々に見つけ出し退治した方が良いのだろう。ただ、毘古はその女に違和感を感じた。それでも、嘘を言っているようにも見えなかった。何に引っ掛かったのかわからなかった


村人らも毘古が退治に行く事を喜び、賛同した。吾らも行こうと、三人の男が言った

そこで四人で消えた村人を探しに行こうと決めた

しかし何処かへ行けば良いのか

猿女は言った


「あの岸から漕ぎ出すと、向こうに島がある。そこへ渡ったのだ」

毘古がこの女は何故そのような事を知って居るのだろうかと不思議に思うと、共に行く内のサカシナが答えた

「猿女は占いをするのだ。占いの技を携え、この村に来たのだ」

「そうだ、その女の言うことは当たる。言う通りにモノが来た。だから備えていて早くに対処できて吾らは助かった。女の言うことは信用できる」

灰狗(はいぬ)も言った。久支(くし)は添えた

「村長の息子がモノになるのは言わなかったがな」


四人は武器と荷を携え、女の言う海岸に出た。海岸には、村の者が使う舟が何艘か繋いであったが、この頃漁には出ていないようだった。


四人は互いに交代しながら舟を漕いだ

やがて島が見えて来た。半日漕いで、やっと島に着いた

そろそろ夕暮れが迫る。四人は奥に踏み込まず、その夜を浜辺で過ごす事にした。

野宿の準備をした。火を起こし、前の村で貰った干し肉と塩を少しと米を入れ、粥を作り、四人で食べた

「猿女の占いとは如何なるものか」

毘古は尋ねた

「亀の甲羅を火にくべて、そのひびを読むのだ」

「ひびを読む?それでこの島に来た事がわかるのか」

「然り。モノが来る事も読んで当てたのだ」

毘古は腑に落ちなかった。ひびの何をもって其れ程の詳細な事を知り得よう。それでは()の内の声は一体何であろう。鳶が吾を行くべき方へ導くのは何であろう


「汝らは何故共に来たのだ」


()の妻は襲い来たモノに殺されたのだ」

久支は言った。毘古は一瞬太刀をくれた男を思い出し、その心を思った

「仇を討ってやる」

毘古は首を傾げた

「されど、そのモノは村長が止めを刺したのであろう」

「だが、吾が妻は死に、村長はモノになる息子を庇うなど、許せぬ」

毘古は否定こそしないが、そういうものなのだろうかと思った


()はな、正しき事をせねばと思う」

身体が大きく、如何にも強そうなサカシナは言った


皆は横になり眠った

毘古は皆の話を聞いて少し不思議な気がした。神にこの退治が(めい)であると言われたのは()しか居らぬから、と思った。皆はそれぞれの気持ちで動いていて、それはそれで良いのだが、己が来ようと思った理由とは何かが違うと思った


朝日は遮るものの無い海岸を、真っ先に照らす。

四人は起き出して火種に砂をかけ、出発した。モノが潜みそうなところを探そうと話しあった。隠れられそうなところは、森や岩陰だ。

森へと向かうと、森の向こう側から細く煙がいくつか立っているのが見えた。森の木々に遮られ煙の元は見えないが、誰か住んでいるのだろうか


そちらへ気を取られていると、突然近くの森が揺れた。木立の揺れの移動は、そのまま何かが此方に近づいて来る事を知らせた。三人は武器に手をかけ身構えた。


モノが沢山出て来た。五体はいる。各々太刀を抜いたり弓をつがえたりしたが、毘古はまだ太刀を抜かなかった。人の声がしたからだ

一人の壮年の男がモノを追って現れた。刀を持っている。彼はモノに斬りかかった。

毘古も太刀を抜いて、応戦した。


意識が戻ると、五体の醜つモノは倒れて骸になっていた。

他の三人はその男を知っていた

「村長。かような所で何を致して居られる」

居なくなった村長だった。

「おう、サカシナ、灰狗、久支。(なんじ)ら、何故此処に来た」

「村の者皆村長が居なくなって困っとる」

「他にも村の者が居なくなったが、知っておるか」

「猿女が此処に居ると言うたのだ」

「村長が唆したと猿女は言うたが本当か」

村長は少し黙った

「話してやるからこの後家に来う」

それから四人にモノを葬る手伝いをさせた

三人は嫌な顔をしたが、村長の言うことに従った


「して(なむち)はどなたか。奇しき剣の使い手だ」

それが終わると毘古に向き直り問うた

()は桃木の毘古だ。()(めい)を導く声と鳥に順い、醜つモノを退治しておる」

村長は毘古の顔を見つめた。毘古も村長の目を見つめ返した

「左様か。此処まで来て頂き誠に礼を言う。まずは家に」


村長は家に案内した。森の向こう側には、やはり集落があり、家々から煙が立ち昇っていた。ただその規模は小さく、家はどれも最低限の小さなものだった。


村長は順々家々に声をかけた。様子の変わった者が居ないか、安否を確認しているようだった。家の中の者は応答し、或いは表まで出て来た。出た者は一緒にいる四人に気づき、頭を下げたり挨拶をしたりした。


村長の家に着いたが、それもまた小さく、必要なものを取り急ぎ持って来ただけのようだった。

「さて、訳を聞かせてくれ」

「そうじゃ、息子がモノになるのを庇って隠したと言うのは本当か」

村長はしばらく黙って、目を瞑った

「本当だ」

「そのモノは何処に居る」

村長は目を開けずに言った

「先程斬った内の一人だ」


一同は驚いた

「息子を斬れるものなのか。心なしだの」

息子を庇って隠したと先日責めていた久支が言う

村長は静かに息を吐いた

毘古はその心内で激しい葛藤と、哀しみ、逆らえないものを受け入れ全うせんとする強い意志が混在するのを感じた。この方は哀しみを堪えて息子を斬ったのだろう


それから、村長は此処に移った訳を話し始めた

村長は村に襲い来たモノと、息子を含め村の数人の者と戦った。斬った後に、息子は異様に怖がり始めた。様子がおかしいと思ううちに、若干毛が濃くなり始めた。それで、息子はいずれ醜つモノへと変ずるだろうと予期した。だが、息子は激しく感情が揺れ動き我を忘れるかと思うと、いつもの彼に戻ったりもした。戻ると、混乱した気持ちの間の出来事を覚えて居らぬ。他にも戦いに参加した者のうち、激しく怒りを感じたり、怯えたりする者が居た。彼らにも同じような兆候は見られた。

村長は、これは病のように伝染するのだと直感した。兆候のある者は著しく感情が負に揺れ動いてはそのことを覚えていないという事も分かったので、村中の者全員と少し話して、その兆候の見られた者が己を失う前に、村の他の者へと伝染する前に、村から出た方が良かろうと判断した


それは十五人ばかりだった。内密に行われたのは、家族の者は必ず止めるだろうと思われたからだ。村の者が突然居なくなった彼らの行為に戸惑う事も分かっていたが、それもおそらく時が解決する。村長はそう思った。自分らは此処で残された時を穏やかに過ごし、人の心忘れ変化(へんげ)した者あらば己が責任もってその者を斬る事を、村長は心に強く決めていた


他の三人は村長を口々に責めたり、なじったりしたが、毘古は村長の強き心に胸打たれた。その行いの根底に愛がある事を悟った。村長はそれしか方法が無い上での苦渋の決断だった。かつて大切な仲間だった者を自らの手であやめなければならぬという、その最も重く苦しい責務を村長は受け負うつもりだった


「しかし、これではっきりした。吾らのすべき事が」

久支は立ち上がりながら言った

「此処に居ると全員を、さっさと斬ってしまえば良いのだな。さすれば直ぐに帰る事ができる」

久支は刀を抜いて村長に斬りかかろうとした。

毘古は彼を取り押さえた。制止しようとしたが聞かぬようなので、毘古と村長は久支を縄で縛って動けぬようにした


「こんな事は御免だ」

サカシナは言う

「此処に居たら吾らも感染するかもしれぬという事であろう。一刻も早くこの島を出るのだ」

毘古は雲に日の光を遮られたような気分でサカシナを見つめたが言った

「わかった。汝ら二人は島を出て元の村へ帰れ。その方が良かろう。久支は縛ったまま舟に運ぶが、舟が島から離れたら縄を解いてくれ。久支、縛ったりなどして悪かったな」


それから彼らはまた海岸に戻り、来た舟に久支を乗せるのを手伝うと海へと送り出した


「灰狗、汝も行って構わぬが、残って良いのか」

()は残る」


島には村長と毘古と灰狗と、醜つモノへの変化(へんげ)を待つ村人が残された

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