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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【桃語る】結び

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。


醜、醜つモノ、モノーいずれも鬼の事を指す



毘古(ひこ)は内の声に順い、嫗に弁当を作ってもらい、旅支度をした。嫗は遂に訪れたこの日を哀しんだが、翁と共に喜ばしく旅立たせようと話し合った。


火打石や、一番小さい鍋、干し肉などを布で包み持つと、太刀を己に託した男がしていたように腰に差した。だが思い直し、背に担いだ。内の声がそうした方が動きやすいと言ったからだ。また、声に言われ、着物の上に二枚の毛皮を巻いた。


それから家を出た。翁も嫗も笑顔で手を振ったが、嫗は姿が見えなくなると家に入ってこっそり泣いていた。どうか無事に帰って欲しいと願った



声は毘古を導いた

この道を真っ直ぐに行けとか、右手に行けとか指示した。

道々、毘古は尋ねた

()のすべきは(しこ)つモノの退治であるか」


それもそうだがそれだけではない

大元を放つのだ


何を言っているのかわからないが、醜つモノも退治するのだろうと思った





道を行く途中で何かがいた。毘古は森に詳しく獣は多く知っていたがそのようなものを見た事は無かった。それは黒く、蛾の幼虫のような姿だが腕程も大きく、毛とも脚ともつかぬものが無数に生えていた。声はそれを斬るよう言った

毘古が鞘から太刀を抜くと、身体を自分では無く他者が動かしているような感覚にとらわれた。意識が遠のき、気がつくと、奇妙なものの骸と斬った手応えが身体に残った。太刀を鞘に納めた


抜けば()が剣を振るう

()が身に危なき事は無い


そうなのか。こんな事なら、何故覚悟が要るのだろう

毘古の疑問に声は やる事は沢山あると答える


それから沢山の奇妙な生き物に会う度に、太刀を抜いて斬った。

やたらに長い脚の横向きに歩くモノ。四方八方に長い棒のようなものが突き出た丸いモノ。長い尻尾で、堅い丸い甲羅に包まれたモノ。魚のようであるが尾が引き摺る程長く、目が無く脚で歩くモノ。全体が柔らかくぐにゃぐにゃとして、波打つように動くモノ。何匹も斬った

そうしながら、何処か特定の場所に近づく程に奇妙な生き物は増え、離れると少なくなるようだと思い始めた



そうするうちに、毘古はとある森に辿り着いた

どうやってそこへ来たのか覚えていなかった。歩いている間にいつしか、周囲の景色が変わっている

声の通りに奥に進んでいく。森は次第に深くなった

木は大きく、背が高く、古代から生えているものばかりになった。このような場所に踏み入れたのは初めてだった。今まで知っているどんな森とも違っていた。

此処には神聖な気配があった。空気は澄み、あらゆる音が静謐(せいひつ)にその周辺を覆っている

周囲に光が浮遊している。全てがその奥に含む輝きを、表に現しているかのような輝きだった

美しさに、周囲を見渡した


此処だ


声が言う

木々が開けた中心に、見た事も無い程の巨木が立っていた。上に伸びた枝ぶりは見事で、天蓋となり、空は見えなかった。木の元には澄んだ湖が広がっている

いや、木なのだろうか。木とも言い切れ無かった。木は火を灯しているかのように内側から光って見えた。木の元の湖も湖とは言い切れ無かった。水がこのように動くのは見た事がなかった。それは風が無くとも微かに動き、木を中心にさざ波が寄せていた。またしばらくするとその波が木を中心に外へ広がって行った。水の中には何も無かった。通常あるような、魚も、藻も、無かった。これ程透明な水は見た事が無い。湖底が容易に透けて見えた。それ自体が発光するような根がほんのり湖底を照らすので、そこまで良く見えるのだった

その姿は神々しく、圧倒的な存在感が溢れていて、思わず膝をついた

此処においては全てが確かであり、全てが懐かしく、全てが()りし中の(ざい)であった。むしろ育った村の方が夢のように霞んで思えた


毘古

良く見ろ


見ると、その美しい木肌には黒ずんだ蔓が絡んでいて、そのものの輝きを損ねていた

声の指示を待たなくとも、やるべき事はわかった。毘古は太刀を抜くと、蔓を薙ぎ払った。その根元を斬って、木に張り付いている蔓を剥ぎ取った。一つ外れる毎に木は息を吹き返し、呼吸を楽にしているかのように見えた

木は言った


桃木の毘古

声を聴いて此処に来た事礼を言う


それは女の声だった。神が女だとは知らなかった

聴いた事もない美しく心惹かれる声は、あたかもこの世の全ての美の鐘を鳴らしたかのようだった。毘古の心は愛の喜びに満ちた。毘古は木肌に手を置いた。時間は止まり、永遠の奥行きを感じる。伝わりくる清らかさに、我が身も先程の水の如く透明になり、周囲の気とひとつに溶けて広がっていくような感覚を覚えた

「汝は木なのか」


木ではあらぬ

()はしんなるもの

世の真中(まなか)にあるもの

全ての命の大元にして…


毘古は内容が良く分からなかった

だが毘古の心はたった一つの抗えない思いに占められた


()と結ばれ賜う」(:結婚してくれ)


これには内の声も驚いた


何言う

己の言う事わかっておるのか


「わかっておる。婆は()を愛しと言う。()は今その意味を知った。

真に愛し者と結ばれるは至上の幸せと婆は言う。婆は爺と共にいて幸せと言うた。それを結びと言うのだと。この蔓払いながら()は思うた。たとえ此処に通うのみでも構わぬ。此処に来る事を()に許し乞う。吾は此処に来る度蔓を払おう」


今まで黙っていた大元は言った


わかり申した

(なれ)と結ばれよう


「それは誠か」

毘古は喜んだ。その純粋な心には愛の愛たるがたちまち沁み及んだ


(なれ)(めい)を成し遂げたなら

そう致そう

その証を授ける


毘古の身体は光に包まれた。胸が苦しくなり、そのままそこに伏せて気を失った

大元は己が心の臓と毘古の心の臓を取り替えた

これで二人は絆で結ばれ、尚且つ毘古を醜なるモノの因から守る事ができる

愛により内側から照らされたなら、心に届く光妨げられることは無いからだ

大元は言われなくても、そもそも毘古を愛していた

毘古の為に出来る事は全てやるつもりだった

これから彼に重い使命を託さなくてはならない

その報いは全て与えるつもりだった


大元は毘古の身体を運んだ

此処は導き無ければ来れぬ処だ。

毘古は内なる声によって辿り着けた。此処は世のどこにも非ず、また世の何処にでも成り得た

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