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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【コウと共に】響合す

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。



微睡(まどろ)みながら、意識はとても冴えているようだった。目の前に人の姿があった。誰にも言われぬがそれがコウなのだとわかっていた。逸彦はコウと友のように親しげに語り合っている。つい先日まで、聞こえなかった声。我が命だと名告ったコウ。しかし今親しげに話し合う己はずっと以前からの旧知のように思っている。何故だ。何処で会ったのか。いつから汝はいたのだ

「汝が汝となった時からだ。わからぬ奴だな」

「子供の頃もよく話したな」

「ほらあの時にも話した」

急に思い出されたのは布師見殿に魚を採っては逃す漁師の話を聞き、己が誉れを受け取られよと諭された夜の事だ。床につきながら、偉大なものに抱かれ、神があらゆるものを通じて語りかけているのだろうかと感じた時。我は全てを知っていると感じた時

「あの時、我を感じたろう。全てを知っていると」


「それ故に、あの剣はより強く神を現わせるようになった」

初めて布師見殿に頂いた剣を振るった時に、記憶が飛ばなくなった

「そうだ、汝が我に近づいたからだ。汝が我を見るようになったのが由だ」

「それまで汝が外方(そっぽ)向いていたのだ、ひどいのう」

コウの人物はからからと笑い飛ばす。己も一緒に笑っている。そしてそれを見ていて妙な気分の己も居る

「剣を振るうは我の役。我の剣技は凄かろう」


「我は地上で至高のもの、我が(いのち)をもって斬れぬものは無し」

初めて聞く話と思うのに、聞くとそうだったとすんなり思い、全く不思議に思わない。ずっと前から知っていたのに、忘れていた事を思い出しているかのように聞こえる。それを奇しく感じる己も同時に居る

「だから汝は石頭というのだ」

「わかっている事を素直に認めるが良い」

「我は汝であり、汝は我である。我は汝が命。我は汝と神の間に在るもの。然り、それはすなわち…」


目が覚めた

辺りは明るくなっていた。傍らには既に目覚めた和御坊が膝を抱え座っていた

「起きられたか」

その顔は少し翳っていた

「昨日の地揺れはそれなりに大きなものだった。あの女子は無事なのかと気になって」


逸彦の顔を見て言う

「コウ殿にお尋ねできるか」


“無論無事だ

汝の結界にて守られる それに

金剛の起こした地揺れは命ある者には害を為さぬ”


「無事なのか良かった」

和御坊は安堵する。しかしやはり気がかりなのは確かだろう

「命ある者には害がないのか。では生きようとせぬ者、命の時から出ようとする者にはどうなのだ」


“己が目で確かめたら良かろう

大地統合の言祝(ことほ)ぎをその目で見るが良い”


二人は急ぎ山を降った。まず目に入ったのは鷲林寺だった。建物が半壊しているようだ。二人が驚いて止まろうとすると、コウは先を促し行くように言う。京に向かって走っている途中、崖崩れや地滑りの跡などがあちらこちらにあり、揺れの大きさがわかる。村に差し掛かると大きく壊れた家や変わりなく普通に建っている家が混在している。二人は京へと向かう街道に入り、その道をひた走る。峠をこえると京の街が見え始めるところで、地に大きな亀裂と陥没が起きているのが左側に見えた。

「なくなっている!」

和御坊は絶句し、その場所へと近づくと中を覗き込んだ。逸彦もそれに続く。陥没はかなりの深さがあり、簡単には降りられない。底の方には何かの残骸が見えるが、見ただけでは何かわからない程崩壊している

「何がないのだ」

「ここに乳酒の蔵があった。あんなに堅牢な建物が地に埋まるのか」


二人ともそこを離れろ


コウの声に逸彦は慌てて和御坊の袖を引いてその場を離れる。また揺れが起こった。揺れが収まり再び中を覗くと、底には土しか見えなかった。今の揺れでさらに土に埋もれたようだ

「埋まって何もないな」

「此処に蔵があったなど誰も信じまい」


二人は唖然としていた。こんな事が起こり得るのか、夢でも見ているのか、そう思った


“愛が調和をもたらすことは人智を越える

そのものがそのものであるのは愛だ

金剛が大地に戻り

大地は大地となった

大地の歪み直すに必要な事が起こっただけだ”


目の前で奇跡を見た。それに己を立ち会わせてくれた事に感謝した。この巡り合わせが、愛の計画通りに成されたのならば、その計画の中に紡がれていた己の存在もまた尊く思えた。

逸彦は愛に愛されることの意味を少し知れた様に思った。愛は言葉では到底言い表せぬ圧倒的なものであり、愛としか表現できないのだと悟った


「何と言って良いのやら言葉に出来ませぬな。いや、する必要が無いのか」


“その通りだ和御坊

心に響くそのものをそのまま受け入れよ

それが最も相応しい”


逸彦がコウの言葉を伝えると、和御坊は子供のように言葉にならない叫び声をあげた。逸彦は和御坊の気持ちがわかった。金剛の最後の咆哮が、言葉を超えて我が心に届いて伝わった事と同じだった



コウは二人に此処で野宿するように言った。辺りは夕闇に包まれ、もうすぐ何も見えなくなる。和御坊は先を急ぎたい様子だったが、地震で道の状態もわからないのに夜道を行くのは危険だ。逸彦は和御坊を説得する。二人は急ぎ竃を作りと火をつける。鍋を作って食べ始めた

お腹が膨れると、今日の出来事について話した

「こんなに簡単に解決できるなら、もっと早くやれば良かったと思うのだが」

「そうだな」


“今でなければ出来なかったのだ

表に現すことのみが愛ではない

事が成されるまでには見えぬところで

様々な事が起こっていたのだ

愛は調和である”


“己ら二人が出会い

互いに心を通じ合わせ満たされるを知り

己が道を知り

過去を禊いだ

それが必要だった”



逸彦が伝えると、二人は黙り込んでこれまでもことを思い返す。二人は出会ってから互いを知り、相手を通じて己を知った。語り、得て、失い、涙した。心動かされる時を共有した。だが最も共鳴できた事は、愛に愛されるとは何かという事だろう。二人は何も言葉を発しないが、心が触れ合い重なり鳴り響く()を確かに聞いたと思った


その夜、二人が眠るとコウは愛が祝福の鐘のを鳴らすのを聞いていた

その音は世に響き渡り、音なき音が闇の内を震わせた

全ての生きとし生きるものは眼を閉じ眠りながら、真の夜明けが起こる兆しに微笑んだ


人物紹介 コウと共に


逸彦…鬼退治を使命とする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃を動かしている。

和御坊(わごぼう)こと安倍瑞明(あべのずいめい)…目指す相手の居所をわかる特技がある。安倍家の三男だったが性格が正直過ぎるので親兄弟に勘当され、陰陽寮から追い出された。その後、仏道を志すが色々あって寺から逃げた


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