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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【城】屋敷にて

「我が主君、布師見は奥の屋敷におわす。一緒に参られよ」

「承知した」


そう言えば、前の逸彦は老齢の時に訪れたが、当時の領主には娘がいた。お美代という若い娘が気になっていた事を覚えている。俺は恋しいような懐かしいような複雑な思いを抱いた。そしてかの女子もまた俺に何かを感じていたに違いない。そぶりにそのような様子が見てとれた。それ以上の事は何もなかったが。數十年過ぎているので、今は存命では無いだろう

申しわけ程度の細い堀に囲まれた屋敷に着くと、足を洗うよう水を汲んで勧められた。客間へ通される。木之下は主君に報告へ行っているのだろう、一人で待つ。俺は己の内側へ意識を向け、神へすべき事を尋ねる。この家の先祖を辿り鬼になった者が誰か聞き出す事、この地に封印されている祠へ行くこと、だった。名前は誰かに聞けば良いが、封印された祠はどうすれば良いか。そこが禁忌の地だった場合、尋ねれば行くと怪しまれるだろう。


「お待たせした。我が主君が逸彦殿にお会いしたいと申されておる。お疲れのところかたじけないがよろしいか」

「勿論。御目通り致す」


俺は当主へ拝謁する。当主の布師見殿はさっぱりとした品の良い男で、俺より十以上歳上かと思われた。挨拶の後、鬼退治の御礼を言われ今晩は此処に泊まるよう勧められる。風呂に入った後で、戦勝の宴に参加して欲しいと言われたので、酒が入れば先祖の事も聞きやすいと思い承知した


この地は昔から温泉が湧き出ていた。川の中や水辺から何箇所も湧き出ているから、簡単な小屋を作り温泉の湯気を部屋に満たして湯気を浴びる。俺は風呂が好きなので、ゆっくりと身体を温め丹念に身体を擦る。頭も髪を解いて洗い清める。風呂を堪能し客間へ戻ると、小間使いの童部が入り口で待っていた


「主より本日の宴は合戦へ出たものが戻り次第始めるとの事でございます。しばらくかかります故、用意が整い次第お呼び致します。それまでごゆるりとお寛ぎください」

童から男に変わる前の少し高い声だ。髪もみずらに結っている

「儂を案内された木之下殿は戻られているのではないのか」

「いえ、主へ報告の後に合戦の地へ馬で再度出向きました」

それは申し訳ないことをした。俺を案内する為にわざわざここへ戻って来たようだ

「承知した」

その童は頭を下げると退出した


「失礼致します」

女の声がした。戸板が開き年配の少しだけ膨よかな女が頭を下げた。その後ろから、緊張した面持ちの若い女子(めなご)が盆を持って入ってくる。成人した頃くらいだろうか

「粗茶にございます。また当地で作りました干し柿にございます」

先に入った女が言って、若い女子を促した

湯のみと干し柿が俺の前に置かれた

「かたじけない。頂く」

俺は茶を一口飲むと干し柿を齧る。貴重なものを頂く程、働いたようにも思わないのだが断るのも失礼になるので頂く

「美味い」

それを聞いた歳上の女は愛想良い笑顔を浮かべた。つられて若い女も表情を崩した

「この干し柿は当地自慢の干し柿にございます。先代主君の妹(いも、妻のこと)であらせられたお美代の方様がご指導され、当地の名物となりました」

美代の方様とはあの美代だろうか。俺は己の内側へ意識を向け神に尋ねるとそうだと返ってきた。

「今のご当主は先代の嫡男に当たる方か」

「はい、そうにございます。先代主君はご子息がお二人いらっしゃり、現主君は長男にございます。次男様は幼い頃に流行り病で亡くなられました」

「そうか。先代のご子息はそのお二人だけか」

「そうにございます」

まさか美代が関係していると思わなかった。美代はこの地で、婿入りした当主を支え、この領地を大きくした事になる。俺はお美代の時代の鬼はわかっているから、神が俺に調べろとは言わない筈だ。現当主が鬼でない事はさっき拝謁してわかっているので、鬼になったのは次男という事になる。流行り病という事になっているのは、それを隠す為か。幼い童が鬼になるには滅多にないから、領地の民も疑いを持たなかったに違いない


それから女は旅の道中で面白い話はないか聞いてきた

「我らはここから出た事がないので、珍しいお話でもお聞かせ頂けたら嬉しゅうございます」

女はそう言うと若い女の背中を軽く肘で急かすようにつついた。若い女子も言った

「はい、われも是非聞きとうございます」


前にいた村の事を話すと、楽しそうに聞いている。旅人自体が珍しいので、どこに行っても旅の話は聞かれる。俺も慣れているので、色々話す。若い女子は自分の方から言葉を差し挟んだりはしないものの、初めて聴く事を心から物珍しそうに、頷いたり、素直に驚いたりするので、ついつい話していた。器量も良く人の話を聞くのは上手いなら、領地でも人気があるに違いない


「逸彦殿、宴の準備が整いましたにございます。主君よりお越し頂きたいとの事でございます」

小間使いが呼びに来た

「承知した」

俺は返事をすると、二人に礼を言って席を立ち小間使いについていく


小間使いが戸板を開けると、部屋に当主や将、その他何人かの人々が料理が並んだ席に着いているのが見えた。足を踏み入れると重たい空気が漂っていた。俺が呼ばれる前に亡くなった仲間や鬼になってしまった者の話をしていたのだろう。身内の恥を俺のいる場で話たりはしない筈だ。俺が案内された席に進むと、皆落ち込んだ気持ちを取り直し、期待を込めて俺の顔を見た。席に着くと、当主は俺を皆に紹介し、俺に言った

「此度は領内で牛が居なくなる件が発生した故、戦さには参加しなかったのだ。逸彦殿の活躍ぶりを見られず誠に残念であった。是非ともどのように戦ったのか話してはくれまいか」


宴が始った。大きな甕が真ん中にどんと置かれ、男達は懐から取り出しためいめいの自前の(わん)や枡や焼物の杯に白く濁った酒を注いだ。当主も周りの者も俺に対する関心のまま戦いの話を促すが、俺は戦いの最中(さなか)には意識がないので特に話すこともなく、言葉を濁していた


すると、木之下が己がお話しすると申し出て、立ち上がった


「…そこへ、崖の上から走り降りて来た逸彦殿が、いつの間にか抜いていた刀を持って下から上へと切り上げた。振り返ったしこ(鬼)は振り返ると同時にその半身を削がれて倒れた。」

「その時そのものと相対していたのはわれじゃ。逸彦殿が加勢せねば、我が半身が鬼の爪に削がれているところであった」

灰色の麻衣を羽織った男が言った。鬼の爪が鋭いのは確かだが、そこまでではないので、大袈裟に話を盛り上げて楽しんでいるのだろう

「そこですぐに次のしこの爪が逸彦殿の左手から襲いかかったが、切り上げた刀を再び振り下ろす一太刀にて、倒れた」

おお、と当主は感嘆の声をあげ、周りの男達もうんうんと頷いた

「すぐさま目立つ逸彦殿を敵視して、一番大柄のしこが突進して行ったのだ。我らが三人がかりで相手しておった奴だ。ああ、敵の頭が変身してしまった奴だった」

酒が入っているもあるのか木之下は大きな身振りで話している

「大きい身体を全て投げ打つ様に、逸彦殿におっ被さっていったのだが、一瞬のうちに逸彦殿の姿は消えた」

そこで男は間をとった。

当主は息を呑んでじれったそうに話の続きを待った

「どこにいったのだ」

「高く跳ね上がった逸彦殿は、そのままの体勢で、刃を今度は上から下へと、しこの首後ろに突き立てたのでござる。本当にもう、こんな戦いは見た事がない」

当主はうめき、周りの者達もその時の光景を思い出してか、目を閉じる者、唸っている者、様々である

「風の如くしこを斬られる様は正に風神ですな」

そこに灰色の着物の男が畳み掛けるように勢いよく言った

「それに、目で追うも追いつかない剣さばき。風神に加えて雷神も宿っているに違いないと思われるあの閃く白刃の光、忘れようもしない」


まるで英雄の武勇伝の様な話しになっているが、俺はもう居た堪れない思いでいっぱいだ。自分では外から見ることのできない戦いぶりを聞けて、他者の目からはそう映るのかと思わなくもないが、鬼を退治したのはあくまで神の御技だ。それをここで話す訳にもいかず、俺は居心地悪くてそわそわしだした。


当主の布師見殿は俯むく俺に酒を勧める

「その様に切れる刀はさぞ名刀に違いない。一度お見せ頂けないか」

「名刀ではないし、見せる程のものでもない」

「どのようにして入手したものか是非知りたい」

「何処かの都で鍛冶屋から購入したもの。さほど高価ではなかった」


神技の時の剣は普段の剣と同じではない。神によって別物に変わっている。剣自体が何かを纏っていて、切れないものがない。俺の意識が戻ると剣も元に戻る。俺にもその時の剣が何になっているのか判らない。だがそれを話す訳にもいかず困っていると、突然神が俺の身体を使って話し始めた


「逸彦の剣は神が授けたもの。その云われを信じよ」

俺の声とは全く違う声がその場に響く。圧倒的で有無を言わさない響きはその場にいたもの全てをひれ伏しさせた

「誠に申し訳ない。深くお詫び申し上げる」

当主は俺に両手をついて頭を下げる。神からこの場で封印された祠の場所を聞き出し、明朝そこへ行くように啓示が降る


「ご当主、神は怒っているわけではない、儂もだ。安心されよ」

当主は明らかに安心した様子になる。皆も緊張した顔が緩み口々に安堵したと言い合うと、いつしか宴の続きが始まる


「ご当主、我が剣は本当にお見せするに及ばぬ。切れ味も悪い剣だ。ただ鬼と対峙した時だけ、神が宿るのだ」

「左様でござるか、本当に失礼した。しかしさすが神のお使い」

当主は一度言葉を切った。少し俺の顔色を伺っているのは、本当に怒っていないのかを心配しているからだろう。取り繕うように少し早口に続けた

「我が母は、しこ退治の逸彦殿に会った事がある。万一諸国を歩いている逸彦なる者が現れたならば、神のお使いの方であるから、丁重にお迎えなさいと何度ともなく言われた」


「失礼ながら、ご当主の母上は名をなんと申されるか」

「母の名は美代と言う。まさか逸彦殿はご存知か」

当主は俺だけに聞こえるように声を低めた。あちらこちらで盛り上がっているから、話を聞いているものもいないが

やっぱり、あの当時俺を見て思うところがある様子は、気のせいではなかった。美代が俺の正体に気づくほどのものならば、神の声を聴けたのだろうか。ならば、祠の封印も美代が行なったということだろうか

「歴代の逸彦より、若き頃の美代という名の方にお会いしたことがあると口伝されている。御墓を参らせ頂いてよろしいか」


「是非にと言いたいのだが、困った事があっての。あまり大きな声では言えないのだが」

話すべきか迷っているようにも見えたが、先程の件の後ろめたさも手伝ってか、何か

決意するように顔を堅くすると、より一層声をひそめて話した

「我が弟は、実は…しこになり申した。まだ幼かったのだが。その時直ぐに母上が薬を飲ませ、北にある風穴に閉じ込め祠を建てて封印し、そこは禁忌の地となった。母上がお隠れになられる際、その祠の隣りに葬るよう遺言があって本当の御墓はそこにあるのだ」

ああ、あそこか。風穴から少し離れた場所に大きな滝があり、神の啓示で滝を上がる修行をしたことがある。

「葬儀の際は先祖代々の墓所に母上も弟も墓を作った。表向きの墓で、無論どちらも空だ」

「そうであるか。なら近いうちにご先祖の墓所にある御墓を参らせて頂こう」

俺は話を変えた

「ここに向かう途中に立派な滝を見た。実は先代の逸彦はここに滞在する間、あそこで修行をしたそうなので、我もどんなところか見に行こうと思うが」

「左様か。確かに、あれは領地で自慢の滝だ。是非行かれると良いぞ。一緒に行きたいところだが、明日は戦さの場に残して来たしこ等の死骸を埋めねばばらぬし、亡くなった者達の弔いの準備もある・・・」

「場所も見て見当ついているし、森の道は慣れている。気遣いご無用だ」

明朝一人で見に行くと告げた


後ろにいつの間に部屋に来たのか、当主と顔近く話していたので気づかなかったが、先程干し柿を持って来た歳上の女がいた

女は追加の酒の入った柄杓を持っていた。

「どうぞ」

座って俺と当主の椀に注ぎ加えた

木之下が俺の近くにきた。顔が赤くなっておりかなり酔っていた。

「これは己妻(おのづま)だ。ここの台所を任されておる」

「先程お目にかかった」

「逸彦殿、干し柿は如何だった。われから逸彦殿にお出しするよう申し付けておいたが」

「頂いた。実に美味い」

木之下は嬉しそうだ

「そうであろう。そうであろう。わが妻に言って娘と届けさせたのだ。娘は器量が良いじゃろう」

俺は呆れた。あの忙しい最中に妻に言いつけるとは

「ああ、そうだな。他の地でもあまり見かけぬ程の器量だ」

「自慢の娘だ。どうじゃ、逸彦殿なら貰ってくれても構わんぞ。わははは」

娘自慢がしたかったのだろう。親とはそういうものらしい。俺には経験がないのでわからないが


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