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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【コウと共に】命光の刃

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。


雨は降り始めた時のように急に止んだ。既に青空が見え始める。

二人は濡れた衣を乾かす為に、連れ立って近くの川に行く。ここで衣を脱いで絞り、枝に干した

「飯にしましょう」

和御坊は鍋の準備を始め、逸彦は川に入り魚を獲る。竃を作り薪をくべると和御坊は鍋を作り始める。少し汗ばむような気温だが、川辺なので少し涼しい。日差しが木々で遮られてたところは心地よい風が吹く。何処からか気の早い蝉の鳴き声もしていた

「風が気持ちよいですな」

和御坊は竃の火をフーフーした後、立ち上がり伸びをする


逸彦は獲った魚を串で刺しながら言う

「先程の雨は何であったろう。龍が降らせたのだろうが。雨に打たれながら、昨夜話した篁殿を思い出した」

「小野篁殿と言えば、かの空海とも交流お有りですな。篁殿から空海の話をお聞きになった事はおありか」

「あるが、子供の頃で我は覚えておらぬが、人格が答えていたそうだ。己を救えぬ者が他者を救える筈なしと」

「そうなのですか。空海の教えを読み、憧れて高野山の門を叩いたのであるが」

和御坊は困った顔をした

「那由が我が母である時に空海の話を篁殿に話したそうだ。それは信殿に聞いたのだが。空海は実在かと篁殿に問うたそうだ。永遠に生きるを求め即身成仏するは、命の時から出ようとする行いだと。存在とは(めい)を生きる(さま)であり(さち)。それを捨てるは存在するを捨てると同じだと。隠も寿命が無く命の時の外にあるのと同じだと」


「何と言う事だ。寺の中では今も弘法大師が生きており、その世話に衣類の交換を行っている。されどそれが本当なら、今生きているにせよ、死んでいるにせよ、時の外に行くを推奨している事になるのでしょうか」

和御坊は疑問が次々湧いて来たようだった

「仏の教えでは、業から出る事が悟りで解脱と言うが、それは果たしてそうなのでしょうか。もう一つ言うならば、逸彦殿の話では生まれ変わりは、いつも逸彦殿となると言うが、虫や獣や鳥になったりはしないという事でしょうか」


“ 生まれ変わる度に

より高みに行かねば

生まれ変わる由が無かろう

一体誰が汝の罪を罪と決め

罰を決めると言うのであろう”


逸彦はコウの話を伝えた


「逸彦殿と最初に出会った浜辺で倒れている時、このまま死んだら果たして極楽へ行けるのかと危惧致した。あの高僧らに仕えていたのでは無理と思い、諦めておりました。我は専ら使い走りのようなものではあるが、出て良かったのですな」

和御坊は鍋の様子を見た。出来上がったようである

「山にいた時は高僧のお使いでよく酒や魚を買い出しに行かされ、途中の川辺でこんな風に飯を食べ申した」

よそった椀を逸彦に差し出す

「高僧は随分金を持っているのだな」

「いやいや、買い出しと言っても金をくれる訳ではありませんぞ。高僧の使いであれば誰でも喜んで寄進するから金はいらんと言って何もくれませんぞ」

逸彦は驚く

「ならどうやって買うのだ」

「工面するのです。寺泊の時のように薬草や売れるものを採って売り、その金で買うのですぞ」

逸彦は和御坊が商売人のような逞しさがある理由を知った。外つ国の船と交渉したり、薬草や野の食べ物の知識が豊富なのは、やむにやまれね事だったと


「それは随分と苦労されたな」

「何、最初は戸惑ったが、慣れれば意外と面白いもの」

和御坊は笑う。高僧のお使いは金持ちの子供にさせる。子供が金に困れば親が出すので、ただ酒が飲めると踏んでいるのだ。実際そうだった。だから高僧は和御坊も親から金を貰っていると思っていた。勘当しても子は可愛いのだろうと軽く考えていた。まさか商売をして稼いでいたとは露ほど思っていない


「高僧は金持ちですぞ。部屋の隅に納戸があり大きな錠がついていた。毎朝高僧はその部屋に入る。何をしているのか見せてはくれなんだが、ある時少しだけ中を覗く機会があった。中に人の丈と同じく位の甕がいくつもあり、高僧がそこから宋銭を持って笑っている姿を見たことがある。今思えば世も末ですな」

それを聞いて逸彦もやりきれない気持ちになった


「昨晩思ったのだが、コウ殿が話された京の結界によって謀が成されず憤った者とは一体誰か」

和御坊は昨晩愛しい女子の事を思って幸せだった。その時そう言えば謀を行った者がいると言っていた事を思い出したのである



“高野山の者だ

隠を京へ誘導し

朝廷の混乱と陰陽寮の権威を弱らせる為だ”


二人は驚いた

「山が朝廷の陰陽師を毛嫌いしている事を知っていたが、そこまでとは」

和御坊は絶句する。高野山が和御坊を受け入れたのは、陰陽師を莫迦(ばか)にする為であり、内部で使い潰せばそれで良いと考えていた。最もこの御仁がその程度で潰せるはずはなく、逆に自分達の首を締める事になるのだが

「京に隠が入れば混乱する位では済まんぞ。多くのものが隠となり京周辺は立ち入ることすら出来なくなる。一体何を考えている」

逸彦には理解出来なかった



“京が弱体化すれば

高野山が中心になれると思った

奴らは己らだけで隠を退治出来ると思い上がっている

乳酒で隠の因子を持つものを隠にし暗示をかけた

京へ真っ直ぐ行くよう誘導したのだ

だが和御坊の結界により京を避けて琵琶湖へと上がった

奴らはその理由が分からず内輪揉めになった

陰陽寮は我らが隠を防いだと意気揚々だ”



コウは笑っている。何もしていないのに防いだとは抱腹絶倒である。しかも琵琶湖に上がった鬼の始末は逸彦が行なった。その為に全滅した村がいくつもある。逸彦はいつになく憤りを覚えた

「高野山も陰陽寮もこの責任は必ず取らせる」

逸彦は己の内側に意識を向け神に願う。この者達に責任を取らせたいと


全ての調和は愛によって紡がれる

愛しきものはその在により出で立ち環わる

()はその中に道を来たり印される


神のお言葉は何時も難しい、と逸彦は思う。



“神はそれは汝が願う事ではないと言っている

調和は愛がする

愛の中にいるものは愛の循環の中にいる

汝はその与えられし道を行けば自ずとその理由を知ることになる”


那由も言っていた。「裁くは我らのする事非ず」と

しかしコウは龍との間だけではなく神の言う事も噛み砕いてくれるのか


“それはそうだ

我は神と己の間に在る者”


そうなのか。神の言う事が難しく思っていたので助かる、と逸彦は思った


「それで、我らはそれに対し如何すれば良いのだ」


“神の答えた通り

汝の道を行け

それだけだ

汝達が人智を持ってして思い悩む事ではない”


逸彦が伝えると、二人は顔を見合わせる。ならどうすれば良いのか


“汝達に問おう

逸彦、汝は剣で何を斬っている”


逸彦は考える。鬼を斬る為で、それは使命。愛の使命あるものは斬っても人に戻るがないものは鬼のままだ。なぜそうなのか、逸彦は前から不思議に思っていた。コウが聞いているのはこの理由だと思った。俺は一体鬼の何を斬っているのだろうと。逸彦は隠岐で斬った者を思い出す。心にもう光が届かなくなり、命を忘れ時から離れる。あの時、那由は命は愛の大元へ還らぬと言った。完全に消滅すると


「隠の心を覆うものだろうか」



“そうだ

心を覆う闇の幻想だ

ならば剣の光は何ぞや

最も輝き光り愛が(いと)しいと思うもの

それは何ぞ”



逸彦は分からなかった



“命だ

愛は命を愛しいと思うが故に愛で照らす

命はその輝きをもって道を行く

この輝きに勝るものなし

故に剣の光は命でありコウである”


「コウ?コウは命なのか」

逸彦は単に鬼を斬るという事が使命ではなく、命の輝きをもって命を救い出す事だと悟った



“命は不滅だ

愛の大元と此の世を循環しつつ

その光をより輝かせるを使命とする

道にある体験は命を輝き増す為のもの

そこから外れたものは消滅する

それは単に肉体を失う事ではなく

愛から外れる事を意味する

隠や即身成仏が循環から外れる事を

愛は命を粗末にする事だと受け取る

愛の調和は完全だ

故に愛が全ての責任をもつ”


揺さぶるように笑う声がする


“我はコウ

汝逸彦が命であり

その光

我が輝きは()が輝き

我は(やいば)

その光の剣は闇を祓う”


逸彦は己が愛という大きな中のどこにいて、何故いるのかを朧げながらわかった気がした。コウが言っている此の世の体験は、思っている以上に濃厚で意味深であり、愛の懐に深く抱かれているのだと思った。今、見ているもの、聞こえるものなど五感が伝えて来るものだけでなく、それを感じる心や感情が体験であり、命の輝きを放つ物だと思った

人物紹介


逸彦…鬼退治を使命とする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃を動かしている。

和御坊(わごぼう)こと安倍瑞明(あべのずいめい)…目指す相手の居所をわかる特技がある。安倍家の三男だったが性格が正直過ぎるので親兄弟に勘当され、陰陽寮から追い出された。その後、仏道を志すが色々あって寺から逃げた


宿世の登場人物


小野篁(おののたかむら)…逸彦の幼き頃、隠岐の島に島流しになった篁と出会う。篁は那由に恋心を抱きながらもこの母子との関わりで心眼を開き、京に戻り己の使命を果たさんと政事に関わった 「流刑」に登場

那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。愛の化身。「流刑」「上京」に登場




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