【コウと共に】我が道
作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。
食事が始まると、和御坊は早速代変わりについて聞いた
「人格を継承するとはこれいかに。どれほど昔の記憶をお持ちか」
「逸彦は寿命が尽きると人格が神の元へ帰る。次の逸彦となるべき童は生まれてから童としての人格を持つが、やがて時が来ると逸彦の人格が降りてくる。そのうち童の人格は吸収され、逸彦の人格だけになる」
「人が変わるという事か」
「人格が吸収されても記憶が消える訳ではない。思い出そうと思えば思い出せる。ただ薄っすらと思うだけだ。他の人には理解出来ないから、師から弟子へ継承されると言っている」
和御坊は黙って考えている
「それはどの位前から」
「時代が定かではない程だと思う。必要な時だけ過去を思い出す。ない時は何も思い出さない」
「出す、出さないはどうやって決まる」
“神が必要だと定めた時のみだ
過去は今を生きる上で必要ない
今必要な事は今に全てあるからだ
逸彦は大きな使命を持つ故に特殊だ
汝に過去は必要ない”
逸彦はコウの言葉を伝える
「何と申して良いやら。逸彦殿の大きさは高く聳える山の如しであるな」
「ケケケケケケ」
突然大鷲が鳴き出す。まるで笑うような鳴き声だった。もちろん金剛は大笑いしていた
“和御坊、汝も逸彦と同じ
何故我の事をわからぬ
汝は陰陽師として力がないと思っているが
力があり過ぎるから気づかない
汝が女子を守る為に掛けた術は完全な結界となって
京に迫った隠を退け迂回させた
それが謀を行う者をどれ程憤らせたか
汝の結界を誰も解く事が出来んし
女子に結界がある事にも気付けぬ
これを笑わずしてなんとする”
コウの笑い声が聞こえる
“汝らは良く似ておる”
逸彦は和御坊に話す。和御坊は信じられないという顔で逸彦を見ていた
「いや、我は力がないから勘当され申した。そんなはずはない」
“和御坊、汝は実直だ。真に己を進もうとする
だが汝の兄弟や陰陽寮は違う
汝のように力が強く実直な者がいると困るのだ
だから勘当された
本来の陰陽寮を継ぐべきは汝だった
それが本来の神の意志だ”
和御坊は目が見開き驚いた表情をしたり、何か思って顔を顰めたり、嬉しそうな喜びを表す顔になったりと百面相していた。それを見ていた逸彦は言う
「和御坊殿、素直に喜べば良いのではないか」
「そうなのだが、今の話が我の事様に思えなくて困っているのである」
「その気持ち良くわかる」
やはり似た者同士である
「和御坊、いや安倍瑞明殿、陰陽寮とは何をしているとこなのだ」
和御坊は驚く
「何故我の名をご存知か」
「先日名乗ったではないか」
和御坊は逸彦をじっと見て首を傾げた。思い出せないようだった。逸彦は寺泊での事を話す
「覚えておらぬ」
本人は興奮していて気づいていなかった。和御坊は言ってしまった事は仕方ないと自分の生い立ちを話し始める
「我は安倍晴明の子で三男だ。幼き頃から陰陽師としての習いをさせられたが、父上のやり方がどうにも嫌で仕方なかった」
「何が嫌なのだ」
「意味がない事を沢山させるからだ。術を使う際、必要な事は数語で済む。だが、やたらと意味のない祝や動作をつける。他の者に真似されない様にと言われたが、真似されて困る理由がわからない」
和御坊は困惑した様子で話す
「真似される様な事しか出来ないなら、そんな有り難い事でもない。市で売られる野菜と同じ。だが頼まれる者に偉そうに接し高価な銭を出させる。これでは盗人と同じだ。我はその事を父上に話すと、汝は陰陽師に向いていないと言われた」
“確かに術の本質は数語だが、それを知る者は少ない
術を数回聞いただけでその本質がわかるのは汝が天才で非凡故だ
汝の父はその域に達するまで数十年の時を要した”
逸彦は和御坊にコウの言う事を伝え、言った
「流石に市の野菜と同じではないだろう。それは和御坊殿の力が強いので、他の者がそこまで及ぶのに長い修練が必要だという事ではないか」
和御坊はうーんと唸って考えている
「まだ俄かには受け容れられないが、一つ分かり申した事がある」
「父上は拙僧の師の手柄を我の者として記録を改竄したのだ。我が師は父上ではなく、違う流派の女だった。賀茂の当主が通っていたお方だ。幼い頃、父上に師の所に連れて行かれ、そのお方から学ぶよう言われた。師の仕事先へ着いて行き術を行うのを近くで見ていた。術のやり方、その意味、相手の話から読み取るべき事、問うべき事、薬草の知識など実に明解に教えて頂いた。見ていて思いついた事を話すと話を最後まで聞いて、何時も気づいた事を褒めてくださった」
和御坊は何かを思い出すように目を閉じている
「ある時、父上が兄と我を供に仕事に行った時だ。見ていると、父上の術は師に比べ遠く及ばないばかりか、意味のない祝が沢山入っていた。終わった後、兄が父上は凄いだろうと自慢し、女だてらに陰陽師の真似事と言って師を侮辱した。我は父上の術の何が不要なのかについて話したが、兄は理解できないばかりか我を嘘つきだと言う。直ぐに父上が我らを諌めてその場は終わった」
和御坊は怒りを抑える為か、少し深呼吸してから続きを話す
「我は悔しくて、師がいかに凄いかを兄に示そうと陰陽寮の仕事の記録を読んだ。記録を読めば如何に師が凄いのかわかるからだ。ところが師が行なった仕事が父上の名になっている。どこを探しても師の名がない。拙僧は師と共に行った仕事は全て記憶していたので、全部調べたが、全て父上の名になっている」
「我は記録の名が間違っている事を師に話した。師は笑いながらそれは間違いではない、恐れだと言った。大きくなれば分かるだろうと言われたのだ」
逸彦は
「それで父上の仕方が嫌いだと申したのか」
「そうだ。師の術は実に簡素で分かり易い上に効果が高い。余計なものが一切なかった。術の構築もその時必要なものだけで構成される。父上は昔の術を幾重にも合わせるから、不要なものばかりで効果が低い」
和御坊は納得した顔になった
「父上は師より実力が劣る事を悟られたくなかった、知られる事を恐れた。何とも卑屈であるな」
“違う
汝の父は汝よりも力が劣る事を
汝に知られたくなかった
故に汝に陰陽師に向いていないと言い
師の記録を消して勘当したのだ
それだけ汝は恐れられたのだ
その実力と非凡さに
汝の師は愛だ”
逸彦は和御坊に伝え、師が愛だと言う言葉が引っかかって尋ねた
「汝が師の名は何という」
「那由殿だ」
逸彦から殺気が漏れる
「ケッケッケッケ」
大鷲は笑い転げる様に羽をばたつかせる
“逸彦 殺気を抑えろ
那由は汝の為に和御坊を育てた
汝の仲間となれる実力を持つ者を
愛されていることがわからぬか”
和御坊は逸彦の様子に訳が分からず
「逸彦殿は師の事をご存知か。大切な方と見受けるが」
「那由は宿世で我が母だったのだ」
「そうであるか。我は那由殿を師として尊敬していた。偉大な御方だった」
和御坊は懐かしむように話す。彼にそれ以外の感情はないことに逸彦は安堵した。逸彦は気付いていないが、彼の殺気を受けて平然としている和御坊は普通ではない。常人なら殺気に失神していた筈である。同じ方を向いていなければ友にはなれない。これも那由の愛だ
“愛するものを愛しく思うは
そのものが真に愛であるからだ
螺旋を紐解く鍵は愛である
真の己を体験せよ”
和御坊は何か己が内で鐘の音のようなものを聴いた気がした。この偶然が偶然ではない事を悟った
「我らは同じ御方に育てられたのですな。これは誠に図り得ぬ調和。あの師ならば、我らの出逢いを喜んでくれるでありましょう。拙僧は心より嬉しく思いまする」
和御坊は泣いて喜んだ
逸彦は、己を差し置いて母様に育てられた和御坊に少なからず嫉妬を覚えた。しかし純粋に感動して泣いている和御坊を見ていると、そんな気も失せたし、それは確かに目的あっての事だろう。己にわからせる為に故意に宿世と同じ名を名告ったのだろうとも思った。あの母様ならそうする。そして、わざわざこの様に巡り合わせるということはこの出逢いには、おそらく未だわかっていない深い意味があるのだろう。逸彦は心を開いてこれから起こる事を受け入れようと決めた
大鷲が鳴いた
あたかも逸彦の内なる思いを聞いて肯定するかのように
人物紹介
逸彦…鬼退治を使命とする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している
コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃を動かしている。
和御坊こと安倍瑞明…目指す相手の居所をわかる特技がある。安倍家の三男だったが性格が正直過ぎるので親兄弟に勘当され、陰陽寮から追い出された。その後、仏道を志すが色々あって寺から逃げた
宿世の登場人物
那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。愛の化身。「流刑」「上京」に登場