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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
33/96

【コウと共に】満ちる湖

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。


導きの鳥の飛ぶ後を逸彦が続く。和御坊はとっくに追いつけず見えぬ程遥か後方だ。逸彦は気にすることなく駆けていく。峠を越えると湖が見え始める。星明かりに照らされ湖面が輝いている。日が暮れてから随分と経つが湖面に反射する光は薄く姿を浮き彫りにし、逸彦の行先を示す。向こうにちらちらと光るものがいくつかある。やがて湖尻に近づくとそれは松明の火であり、そこに人の叫び声や隠の唸り声が漂っていた。


逸彦は鬼の影を見つけると斬り倒した。人々の持つ松明の光と唸り声を頼りに、次々と鬼を斬っていく。人々は突然の事に何が起きたのかわからないようだった。

だが、全ての鬼が倒れると、松明の光が逸彦の元に集まってきた

「我は(おん)(:鬼)退治の逸彦と申す」

集まった灯の中から一人の壮年の男が出てくる

「我は立鼻(たてがはな)村の村長(むらおさ)だす。助かり申した。なして良いか分からなくてただ皆逃げ惑うばかりでおりました」


村長は夜更けに突然鬼の唸り声が聞こえてきて、隣近所と合流しながら皆で逃げだしたと言い、まだ近くに鬼がいるかも知れないと語る

「承知した。周りを見てくる。火を焚いて皆その周囲にいてくれ。もし隠が出たら四方に分かれて逃げろ」


逸彦は湖の湖岸に沿って森の中を、気配を頼りに駆けて行く。数名の鬼に出会い退治したが、それ以上は見つからず気配もなかった。他の岸を回って見ても、他の集落で騒がれ松明が出ている様子も無かった。鬼がいるのはこの村周辺のみと思い、ひとまず先程の人々の集まる所へ戻った

村長にこの近く鬼はいないと伝え皆を安心させる。今日はこのまま夜を明かし、明朝家に帰ることになった。逸彦は仮眠をとろうと思い皆と共に横になった



逸彦聞こえるか

湖面を見よ

水満たされた器は役を終え

新たな器をこしらえる

新たなる道 始まる


声が聞こえた

俺は驚き目を開ける。あたりは明るく紅くなってきており、差し込む光が一筋湖面に照り映え踊っていた。誰が話しかけたのかわからないが、はっきり聞こえた。逸彦は周囲を見回すがそれらしき者は誰もいないようだった


村長が皆に、村に戻ると声を掛けた。逸彦はその後について行きながら、村の周りを改め見回る。村の者で鬼になった者はいないか村人達に聞いたが、居ないようだ。この辺りは鬼が出た事がなく、昨夜は何が起きたのかわからなかったようだ。朝になって斬られた鬼を見て、皆驚いた。

「村長、隠になった者の衣を見て、他の村の知り合いなど居らぬか皆に聞いてみてくれないか。我はこの辺りを見回る」

「ええ、わがり申した」

逸彦は周りの森の中を歩いて気配を探る。やはり鬼はいないようだ。彼らが何処から来たのかわからない。近隣の村もいくつか見て歩いたが、特に変わりがある様子はなかった

逸彦が村に戻るといつ着いたのか、和御坊が村長と話しているのが見えた。

「和御坊」

その声に和御坊が振り返る

「逸彦殿、ご無事で何より。今、村長に空き家を借りた故、飯を作りましょう」

和御坊は近くの家に入ると囲炉裏に火を付け鍋を作り出す。何処で手に入れたのか、アワやヒエ、干し肉を入れて煮込み出す

感心したように逸彦に言った

「流石早いですな。夜通し走られたのか」

「いや、夜更けにはこちらに着いた」


逸彦はそれからの事を話す。黙って聞いていた和御坊は鍋をかき混ぜながら

「此処ではない所から来た隠か。長の話によると、峠を越えた小谷村で見かけた者と同じ衣をまとった隠がいたと申していた。そこから来たのではないかと」

早い。逸彦が訊こうと思った情報を、もう集めてくれたようである


鬼は人がいる所を好まない。普通は森の中にいるのだが、追われたりすると街道や人里に降りてくる事がある。人を見ると襲うので凶暴ではあるが、普段は隠れているので村や町で生活するものは森に入らぬ限り出会う事は殆どない


「そこに行ってみる必要があるか」

どうすべきか考えこんでいる逸彦の目の前に、和御坊が椀に粥を入れて差し出す

「考えるはそこまでじゃ、逸彦殿。今は食べるが先」

鍋は出来上がったようである。和御坊も自分の椀に入れ、ふうふう言いながら食べ始める

「逸彦殿は腹が減っている事を見過ごし過ぎでございます。親しい方に言われなんだか。もっと己を大切にせよと。命に関わりますぞ」

逸彦は那津の悲しげに涙を流していた顔を思い出す

「言われた。己が命を大切にせよと」


「然り、然り」

和御坊は深く頷き、箸で逸彦を指し示し諭すように言う

「退治が終わったら、己自身を助けてくだされ。拙僧がいれば飯炊きくらい造作もない。互い頼れば良いことですぞ」

食べ始めると身体は腹が減っていた事を思い出したかのようにがつがつ食べる。逸彦はこの時、那津がこの男に乗り移っているのかと思ったが、それはあながち間違いではない。那津の願いを逸彦が受け止めたので、愛がこの男を遣わしたからだ。何事も受け取る事が肝要である


それから二人は村を出る。逸彦は峠を直線で移動するが、和御坊はそうはいかない。迂回していくので合流するのは先になるし、恐らく小谷村も他の場所から鬼が来ていると思われる。

「拙僧が合流するのは先になると思いまする。携えの食い物をお渡し致す」

この男、本当に良く気が利く。何日分かの携帯食を渡し、毎日一日分を必ず食べるよう念を押す。きちんと一日分ずつ分包されている。歩きながらでも食える干し肉や干し果物も揃えてある

「必ず食べてくだされ。出来れば道中にも何か食べられれば尚良し。決してお忘れなきよう」

逸彦は那津に叱られているような気がして、何も言えない。そう言えばあの時那津が用立ててくれた妙に重い荷物の中身も、こんな風になっていた

「承知した。走りながらでも食す」

逸彦は荷をくくり森の中に入ると木に登り、枝を伝いながら移動していく。峠を越え小谷村に近くなると度々鬼が出てくる。逸彦は鬼に遭遇する度に斬り倒し、また村を目指す

村に着くと、周りに鬼が徘徊している。次々に斬り伏せながら周囲を巡った。数が多い。此処の村人は殆ど鬼になってしまったようだ。一軒一軒中の気配を見ては確認していく。中心部から少し離れた数件の家に人と思われる気配があった。


逸彦はそのうちの一軒の家の戸を叩く

「我は隠退治の逸彦と申す。周りの鬼は斬った故、外に出てきてくれぬか。話を聞きたい」

家の戸板が少し開き、男が様子を伺う

「何が聞きてえだ」

男は怯えた目で逸彦を上から下まで確認する

「何があったか知りたい」

男はようやく警戒を解いて、表に出てきた


西の方角から鬼が一人やって来たので村人総出でやっとの事で岩室に閉じ込めた。だがその後に鬼が次々と村の中心地にやって来た。その数は対処できなかった。男は恐ろしくなって他の村人を放って置いて家に逃げ帰り、家族と家に篭っていたと話す

「他の皆はどうなった」

「村外れの此方周辺の家にいる者以外は隠になったようだ。周りにはもういない」

男は安堵したが、同時に悲愴な顔をした。男は家に再び入って行った。これからこの男と家族はどうなるのだろう。鬼からは命拾いしたとはいえ、村者は殆ど居らず、生活の再建は辛いだろう。もしかしたら廃村となるかも知れない。逸彦は重くなった気分を振り払うように、己がやるべき事を考える

逸彦はもう此処には鬼はいないと判断し、西の方角を目指して移動を開始した


西へ西へと移動し、いくつもの村や都を見て回る。小さい村は似たような(さま)でほぼ全滅していた。大きい村や都は柵や堀の防御のお陰で中に入れなかった。だがその為にそこを迂回して拡がりながら次へ及んでいくような流れになっていた。鬼がどのくらい拡散したのかわからないが、大きな流れは東へ移動したと思われ、逸彦がほぼ全滅させたと言える。何日か鬼の群れの足跡を辿って遡って行くうちに、逸彦が着いた先は琵琶湖だった


逸彦は塩津で足止めされた。大雨により身動きが取れない。旅籠に入り雨が止むのを待つ事にした。この宿には風呂がある。逸彦は嬉々として風呂に癒された。

二日目、風呂に入っていると和御坊が風呂に入って来た


「やはり此処であったか、逸彦殿。この旅籠を選ばれるとは流石風呂好きであるな」

「ああ、此処の風呂はいい。和御坊殿の教えてくれた通りだった」

「この地では一番でしょうな。いや実に爽快」

以前酒屋でお互い風呂好きであることがわかり、何処の風呂が良かったかで盛り上がった事がある。お互い日の本の各所を旅しているので、話は尽きなかった。この旅籠を選んだのは和御坊お気に入りなのを逸彦が覚えていたからだ。


風呂から出ると、部屋に戻る。和御坊も部屋に着いて来る。何故か同室になっている。後から着いた和御坊が連れだとでも言ったのだろう。

部屋に入ると和御坊が早速荷物から食べ物を取り出す


「和御坊殿がくれた食は毎日欠かさず食べた。お陰で移動が早く出来て助かった」

「それは良かったでござる。が、まだ足りておりませなんだ。ささ、これを食べると元気がでますぞ」

小さい壺に入っていたのは木苺、茱萸(ぐみ)、草苺が蜂蜜に漬けられたものだった

「どこで手に入れた。高価ではないのか」

和御坊はそれを木匙ですくって何かを焼き固めた餅のようなものに乗せて逸彦に渡す


「なに、道すがらにあったもののあり合わせでござる。この餅のような固物(かたもの)はどんぐりを潰して焼いたものだが、商人に台所を貸り、目の前で作り方教えて、礼として蜂蜜とこの作った固物を貰って参りました」

なんとも器用な御仁である。逸彦を追いかけながら商売までしてくる坊主なぞ聞いたことがない


「高僧がこの固物が好きで良く作り申した。蜂蜜も随分と採取して蜂蜜漬けを市で売っては酒を買い申した。あの時は嫌々だったが、人生、何が役に立つかわからないものですな」

ははと笑う和御坊は楽しげである。逸彦は滅多に食べない甘いものに閉口しながら、差し出されるまま仕方なしに食べる

「これで明日は回復している。もう休まれるが良い。我も休みます故」


翌朝、逸彦は目覚めると、何時もと違う身体の感覚に気付いた。軽い、とにかく軽い。これなら幾らでも走れる気がした。

「普段から身体の疲れに気づければ、もっと楽に移動出来ますぞ」

和御坊は逸彦の己自身への無頓着に少し呆れていた


逸彦…鬼退治を使命とする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している

和御坊(わごぼう)こと安倍瑞明(あべのずいめい)…目指す相手の居所をわかる特技がある。安倍家の三男だったが性格が正直過ぎるので親兄弟に勘当され、陰陽寮から追い出された。その後、仏道を志すが色々あって寺から逃げた


宿世(しゅくせ)の登場人物

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場


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