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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【上京】手握りの石

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。


それから二年が過ぎた

あの後母様を隠岐に残し、俺は再び鳥に導かれて島を出た

いくつかの村、いくつかの町を経たが、未だ(まこと)殿には会えていなかった。陥れた者の一人は(おん)(:鬼)に変わって斬ったものの、その後も陰謀に遭って居ないか少し心配だった。

また種々(くさぐさ)話したいと思っていた。土産話だけが増えて行く。俺はあの時の数日が恋しかった。兄のように思ってくれと言ってくれた事が心底嬉しかった。強引に踏み込んではさり気なく与えてくれる愛の表現が懐かしかった。母様に時について教わったので、これは時と時の間の道程なのだろうと思った


正月を過ぎた頃、上空から鳥の鳴き声がした

「ケーン ケーン」

今まで聞いた事がない鳴き声だった。俺の側に大きな影が出来ると、バサバサと音をたてながら、俺の前の木の枝に降り立った。大きい。俺は困惑して思わず聞いた

「お前が導きなのか」

鳥は当然だと言わんばかりに

「ケケケケ」と鳴く。嘴は曲がり黄色く鋭い。信殿が見せてくれた鷹よりもふた回り位大きい

「よろしくな相棒」

俺は鳥の前に玄米を置いたが、横を向いて食べようとしない。肉の方が良いのかと思い、鹿肉の燻製を数枚置くとガツガツと食べる。米は食わないのかと思ったら、米も食べた。肉が欲しかったようだ。

俺は己の内側の意識にこの鳥は何かを神に聞く


大鷲

神の眷属


あまり聞かない名だが、神の眷属のようだ。大鷲は羽を繕うとバサバサと音をたてて飛び立つ。神の眷属が来ているのなら、今回も何か特別な事がありそうだ。俺は大鷲を追って走り出す

二昼夜走り通しだった。流石に疲れた。目的地についた時、へたり込んだ。大鷲は何ともないようで、俺の前に降りると「ケッケッケッケ」と鳴く。笑われているかのようだ。これしきでへばるのか、とでも言いたげだった。俺は暫く休んでから、鹿肉をかじって大鷲にもやる。大鷲はガツガツ食べた。俺は一息ついてから大鷲に尋ねる

「それでこれから何処へ行く」

大鷲は毛繕いを終えると、近くの崖迄悠然と歩いていき、俺の顔を振り返り見る

俺は鷲のところへ行くと、崖下は開けていて少し遠くに人が数名いた。よく見るとそのうちの一人の手の上に鳥がいた。鷹だ。どうやら鷹狩をしているようだ

突然、大鷲が飛び立つと、その人のところへ飛んでいく。向こうの人達も大鷲に驚いてこちらに気づいたようだ。鷹は怯えて鷹匠の手袋にしがみつく

「いーつーひーこーどーのー」

聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえた。源信殿の声だ。俺は大きく手を振ると、崖から飛び降りた


「久しいの、逸彦殿。(なれ)はいつも崖を飛び降りるのか」

そういえば最初に出会った時も崖を飛び降りた事を思い出す

「信殿。お久しゅう。いつもではないぞ」

俺は笑いながら返す

「一緒にいた鳥は何と申す。我がこのり(鷹狩用の小さめの鷹)と似るが大きい。何とも悠然と立派かな」

「大鷲だ」

大鷲は近くの枝に止まり、毛繕いをしている。一声鳴くと飛び立った。今回は信殿のところに案内したのだろうか


「これが大鷲か。この近くに我の住まいがある。どうだ、一緒に来ぬか」

大鷲が飛び去ったところをみると、今回は信殿と出逢う事が目的のようだ

「 承知した」

俺は信殿と共に住まいへと向かう。京とは別に、鷹狩をする為にこの地に別邸を作ったそうだ。信殿は馬なので一緒に乗るかと誘われたが、俺は走ると答える。男二人を乗せられる馬などいないと笑われた。どうやらからかわれていたようだ。それも何か楽しいと思えるのだから、俺は信殿を好いているのだと思う。

従者を残し、馬と俺は走り出した


着いたのは京のものよりもだいぶ小じんまりした邸だった

このくらいの方が落ち着く。京の邸は広過ぎて迷った。厠へ行く度に、客間に戻るのに時間がかかった

そう言うと、それもそうだと源信殿は笑った

元気そうに見えるがややあの頃よりも痩せたし、髪の白いものも若干増えたようだ

やはり陰謀の心労が祟ったのだろうか

当たり前のように客間に案内され、食事の用意が出来たと呼ばれた


待ち遠しそうに、信殿は浮き浮きした様子で切り出す

「それで、(なれ)は今まで如何致した」

俺は隠岐に流された(ともの)中庸が鬼に変化して斬った話をした

その時に心が暗く覆われていく様をつぶさに見たとも話した

信殿は表情が真剣になり聞いた

「そうか。確かに、伴親子とその周りの者の陰謀で、あの夜我が邸は朝廷の兵に囲まれた。他の者も皆各地に流されたり、処分を受けた。奴等は他にも敵に回していた者も多かった故。その辺りの経緯は幸運であった。汝が我が邸にいたおかげかも知れぬな」

俺は少しやつれたように見える事を尋ね、その後の安息を訊いた

「そうか?やつれて見えるか」

明るい声で言ったが、どこか素ではないと感じた

「まあ、他にもやっかむ者は居る。あそこまで派手な無理をして来る輩は少ないがの。あの件を由に、儂は第一線を退いた。残りは楽しき事したい思うてな」



俺はそれが本心ではあるが、何かやり遂げられなかった無念さを滲ませているように感じた

「麻呂はこの雄家郷(おべごう)の地が好きでの。狩もしやすいから、ここに住まいを設けた。いつでも行けるからな」

信殿は目を細め楽しそうに笑う

「だが一番好きな地は武庫(むこ)(:六甲山の意味)でな。あの山々を見ると胸が晴れる。だから州浜(すはま)で武庫を作ったのだ」

信殿は部屋の床の間にあった州浜台を指す。俺は側まで寄って見る

「なかなかよい趣きであろう。これが作れたのも、宮を退いたからなのだがな」

俺がこれまで記憶している州浜の中でもかなり大きいものだ。山々の峰が白州の中に見事に配置されている。壮大で美しい眺めだった。その中の山に見立てた頂上に緑がかった白色の石が目を引いた

「見事なり。ところでこの石は何か特別なものか」

「その石に目をつけるとはの。それはわが母から生まれてきた時に手に握っていた石だ」

信殿はその石を取ると俺に渡す。石は近くで見ると金色に反射する。だが色は緑がかった白色だ。何とも不思議な石である

「不思議な色だ。金色なのか白色なのか分からぬ」

俺はその石を返す


「武庫にはもう一つ気になる事があっての。逸彦殿も知っているやも知れんが、この地にある寺で鷲林(じゅうりん)寺というところがあって、かの弘法大師が開いたという。麻呂が若い頃の事だ。そこの伝え話を逸彦殿が連れてきた大鷲を見て思い出した」

「そこには先住の土地神の大鷲がいて火を吹いて寺を作るのを邪魔したとある。先程大鷲を見たが、いくらなんでもあの鳥が火を吹くとは考えにくい。もしやそれは龍ではなかったか、と思うのだ」

信殿は俺に酒を注ぎ、己の盃を空ける

「何故龍は火を吐いて邪魔したか。それはその地に寺を建てるべきではないとしたからではないのか、と思ったのだ。様々なものには役がある。それならば地もまた同じでそこに役があろう。もしそれを無理してねじ伏せると何が起こるのか、とな」

「人がその地に住むはその地の役を全うする事でもあるのだろう。地と己の役が調和しているものが人だと」

俺は人がその地に生まれるのは理由があるのか、と思った。地と人の目的が調和するなら、人は地の一部だと思った



「どうじゃ、隠岐に参ったなら母君にも会うたか」

知りたくて堪らないように訊いて来る。この問いの調子はどういう興味なのだろうかとも思ったが、反命の黒い岩を母に促され斬った事、母と話した永遠の時の事を話した

「そうか、相変わらず聡明な母君よの」

信殿は目を瞑ってもの思いに耽る。この癖も懐かしかった

俺は己が喜びの時の側に居る事を嬉しく思った

「母君はその黒い岩で終わりでは無いと言われたのだな、まだ因は他にあると」

俺は頷く

「それはやはり、宮と仏教なのであろうな。だがもう麻呂は政事には力及ばぬ。また他にそのような役の者現れるのかの」

信殿は目を閉じたまま仰向く。

俺は頂いた金の中の紅い石の事を思い出した

それを言うと、信殿は言った

「あれは、子供の頃初めて好きな物を買うて良いと言われ、露店で自ら選んだ物。どうした事か、より価値あると勧められた物よりもあれが気に入り、暫くは取り出しては眺めておった。あの時、売るなりして先々役立つ事あるかと、一緒に入れた。何故か、わにはもう必要あらぬと思われた。愛に賜わりしものだったか」

複雑そうな顔をする

「そうか、儂の覚悟が出来たか。汝を見て覚悟できたか。兵囲まれた事で逆に覚悟できたかも知れぬ。もう今生の役は終わりかと思うたが、まだ何かあるのかの」

俺は今の帝が神と話せない事を母に話したら、信殿が今の世の帝の器であること、様々な因によりそれが歪められている事、隠との戦いは運命を元の姿に戻す為でもあること、役の無いものが政に関わっても真の解決にはならぬと言われた事、を話した

「そうか、麻呂に帝の器があったか」

信殿はふっと笑う。だがその笑みは自嘲を含んでいるように見えた

「だが起こった事はもう戻せぬし、もし篁殿が隠岐に行かなんだら、ぬしのことも知らぬ。恐らくは全てはこれで善かろう」

信殿は後ろに両手をついて天を仰ぎ見た

誰に言って居るのかわからぬ言葉だった

「わが覚悟もっと早ければ、より善くなったのかの…」

二人は黙っていた。静かな中、庭の木々の揺らめきが聴こえて来た

「全ての因は絡みながら完全な調和を持って居る。信殿は気に病まずとも」

「成る程の。全ては神の思し召しという事か」

信殿が何を思っているのかわからなかったが、少し肩の荷が降りたような表情(かお)をしていた


「そうじゃ、思い出した事があっての」

「あの伴親子は妙な物を好んでおった。牛の乳を腐らせた酒だ」

「汝は牛の乳を飲むと言ったら如何に思う」

俺は不思議に思う

「それは、牛の子が飲むものだ。それがそのものの役だと思う」

「じゃろ。だがあの親子は好んでそれを飲んで酔っ払っておった。あのような臭いもの良く飲むと思うたが。何か隠と関わりあろうか」

それは初めて聞く事だが、もしかしたら鬼故に好んでいたのかとも思う

「もしかしたら、隠が好いていたのではないか。そうだと聞いたことはないが」

「そうかも知れぬな。この事、何か役に立つ事あろうか」

俺も信殿も確信はないが、間違いないだろうと思っていた


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