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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
29/96

【上京】黒い岩

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。



翌朝、母様と二人で荷を持って出掛けた

船着場に行き、昨日の守部に、逃走した罪人が(おん)(:鬼)に変じたので退治した旨を伝えた。亡骸の場所も教えた

「なんと。隠ですと。恐ろしや。道理で様子おかしかったの」

亡骸を確認すると言っていたので、処理を任せる事にした


母様は小さな舟の船頭に金を渡し、島後島(とうごのしま)に行くように頼んだ

船頭は渋った。

「今日中に帰れねえと思んます」

「二日分払います。送り届けて、また四日後に同じ浜に迎えに来てくだされ」

浜に着くと、母様は先立って歩く


持って来た荷は、保存食と野宿の道具だ。それを全部俺に背負わせて居るとはいえ、女の足での長距離はきつかろう。しかし母様は同じ調子で、急ぎもせず、緩めもせず歩いて行く

俺が母様を背負おうと思ったが、少し決まり悪いので黙っていた

日が高く上がる頃に一回休憩をし、食事を作って食べた。いつも俺はそのようにしているが、母様と一緒の日があるとは思わなかった

心の隅で、嬉しいと感じている己がいた


夕刻になり、母様は持って来た茣蓙を敷き、そこに横になった

俺も集めた草を敷いてその隣に横になった

何やら子供の頃に母様に遠出に連れて行って貰った時のような感覚があった

目の前にはちらほら星が見えていて、まるで己が闇に落っこちそうだ、と子供の頃に思った事を再び思う。ギョクに戻ったかの様だ


「母様」

「何です」

「時というのは不思議だ」


「こうして居ると、まるで子供の頃から時は流れて居らぬようだ」

この島に居なかった間の事はまるで夢のように遠く感じる

そしてまた旅先では、この島の事を遠く感じるのであろう


それがとても不思議に思えた

母様は黙っていた

そして呟くように言う

「ぬしは我が心ではずっと幼な児。母とはそういうもの」

恐らく独り言なのだろう。すぐに続ける

「時は永遠なのだ、時の内に完全に入った時には」

何を言っているのかわからなかった

「命はいつも喜んで居る。喜びと喜びの間は、次の喜びに行く為の道程に過ぎぬ。在るのは喜びのみ。深い純粋な喜びは心に刻まれ、忘らるる事はない」


俺は少し考えた

「喜んで居ない時は、本当は存在しないのか」

「そのように思っても構わぬ。されど、喜びを喜びたらしめるためには、その道すがら出逢う物事が必要だ」

俺は黙っていた。これは直ぐには答えを出せぬものだ。その意味を本当にわかる迄、心に留めておかねばならぬと思った


「受け止めるのが上手くなりよった」

母様は向こう向いてくつくつ笑っていた

俺は寝返りを打って母様に背を向け、目を瞑った

この喜びを喜びと知るには、確かに一度島を離れたからこそわかっただろう。昔の俺はわからなかった。しかし、母様が言うのはもっと深い意味を含んでいるに違いない。いつもそうだ


闇と眠りが心地良く、身体の重みを包みこんだ



夜明けと共に目覚め、道具を片付けてまた歩き出す

また昼頃に食事をし、歩く。夕刻に浜に着いた。

母様は浜を歩き、やがて大きな黒い岩の前に立った。しめ縄が掛けてあるその岩は、角角して半ば透明な光沢に不思議な様子に見えた。見た目は美しいように見えるが、腹の奥が靄がかかり禍々しく感じた。母様は手近な石を拾うとその岩を叩いた。すると破片が飛び散る。それを拾うと俺に見せた。

薄く削がれる様なその破片は、端が鋭く、刃物の様に鋭利だった

「これは昔、刃物の代わりに用いられた石。これを棒の先端につけて矢尻にしたり、槍にしたりした。しめ縄を張ったのは()だ」

声が低くなった。話しているのは愛の人格とも、那由の人格とも違うように感じた

(なれ)、この岩を斬れ。愛の光をわかった今なら、出来る」

「岩を斬った事はない」

しかし神剣だ。母が言うからにはきっと斬れるのだろう


「愛の光を感じ、それに繋がれ。さすれば愛がその剣に更に力与える」

俺は荷を全て下ろすと、剣のみを手に取った。母様は俺の背に手を当てた。その温かい掌が俺の内の光を強く誘うようだった。目を瞑り、心の奥の光を感じる。愛を感じた瞬間を思い出す。繋がる感覚がある

鞘から抜き、俺は目を閉じたまま剣を振るった。

手応えがあった。目を開けると岩にはひびが入って、黒色が少し濁って見えた。もうそこらに転がっている普通の石のようになった。


「母様、これは何だったのだ」

「これは古代に生きた人々の、命への怨念が宿った岩。だからこれを使うと命を絶つ事が出来る」


「命は永遠故に、本当は死なぬ。生まれ変わる。我や汝のように」

だがそれを望まぬ者が、命の時を止め、運命から出たいと思った

そこから反命(はんめい)の意識を作り出した

ここで昔、この石に触れ続けた者から、隠は生まれた

その者が最初のしこ(鬼)になった。それから徐々に、その意識の影響を受くる者が増えていった

母様はこの岩を封じ続ける為に、隠岐からあまり離れられなかったという


「これを斬れば、隠は増えぬのか」

「残念ながら、そうではない。供給源が無くなっただけだ。今居る隠は全部斬らねばならぬだろう。また、違う供給源がある」


母様は母様に戻り、はらはらと涙を流した

「まだぬしには苦労を掛けねばならぬ。許してくれ」


俺は心を殴られたように思った。母様が俺に許しを乞うなど考えられない。


「俺はこの為に生まれた。それしかできぬ、考えられぬ。これがやるべき事ならばやる迄だ。そのように結びを交わした。母様とも交わした」

「わかって居る。しかし本当は子に苦労などかけたくないと思いもする」


それから俺達は黙って浜を歩いた。海は同じく続いている筈なのに、どの場所から見るのかによって全く別の国のようだ。住んでいた島とはまた少し違う景色を見せる。日が暮れ始め、少し固い地面を見つけて、野宿の準備をした


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