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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【上京】貝合わせ

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。

貝合わせ


翌朝は、信殿は宮に上がった。俺は午前中いっぱいは、一人でいる時間が出来た。信殿と居るのは楽しかった。毎回うまく俺の話を引き出し、他愛もないと思う俺の体験を価値あるものの様に受け止めてくれる。俺が本当に欲しいものを知っているかのように、それをさり気なく叶えつつ、決して己の欲望を裏切らない。彼がこれをやると言い出す事は必ずそのように運ばれてしまうが、結果的にそれに文句ある者は誰も居ない。其々の言い分も丸く納めて満足させてしまう

人として、大いに魅力ある人物だった。


朝差し入れられた軽食を食べた後に、昨夜言われた事を考えてみる


何故隠は生まれたか

何故それは関わった者をも隠に変えてしまうのか

命ある者が命の時から出たいと願う事


鬼が命の時の外にあると気づいた時に何を見たのか思い出した

茸だ、朽ちた木に生える茸は鬼と同じと思ったのだった

ならば鬼は茸なのか?人の身体に取り憑いて、その命を喰う。喰われると、肉体も鬼に変化する。しっくりする

そう。だが、何をきっかけにそれは起こるのだ。

その因は光遮り心を翳らせ暗くする事。

それはどういう意味なのだ



やがて源信(みなもとのまこと)殿が帰宅した。それと同時に俺も広間に呼ばれた

信殿はやや不機嫌そうにどすどす音を立てて歩いていた。粗雑に座るが、それでもやはり信殿の立ち振る舞いは優雅に見えた

信殿は台所に食事を用意させた

此処に来て以来笑みを絶やさずいつも飄々としていたが、このような信殿を見るのは初めてだった。

信殿はしかし、俺の顔を見ると表情を緩めた

「失礼致した。全く、出廷すると碌な事がない」

杯を煽る

彼奴(あやつ)、篁の悪口を言いよった。恩義あるを忘るるか」

そして俺を見た

「純粋な(なれ)に、このような話聞かせるは偲びぬな。政事に関わるは実に煩わしい。しかしこれは汝の母君に頂いた柿渋の事」

柿渋の事は先日聞いた

「昨夜も言うたが、篁殿は己の裁定が正しかったのか大いに心痛めていた。言い分正しいと思った者が腹に陰謀持っており、その結果刑に処された者が沢山居た。それでそれ以上その者に権力が渡らぬよう画策していたのだ。そんな折、其奴の息子が病に罹ったと聞き、柿渋の丸薬を飲ませたのだ」

柿渋と言う事は、病は鬼化の事だ

「そうだ。隠になる兆候があったのだ。自らも柿渋を入手して飲ませ続けた結果、息子は回復したそうだ。しかし、篁が根回しして其奴の行いが誠実さを欠いて居る事は大分知れ渡っての。動きづらくなり、恨んでおった。麻呂もその対象よの、左大臣の座を奪いたいのだ」


「彼奴にはそこまでの権力はもう無いが、篁殿と最後会うた時、窮鼠猫を噛むと言われるからお気をつけよ と言われた。まあ、今のところ噂立てられる以外何事も無いがの」


俺は言った

「柿渋は変化を遅らせる事が出来ても、完全に止めることは出来ない筈。誠に、その者は回復したのであろうか」


「麻呂もそう思う。その事は那由殿にも念押されたそうだ」

「身体が隠にならずとも、なりかけのまま長く何年も過ごすと、その者は何となるのであろうか。或いはその者と共に居る者は」


「兎に角、其奴らには心に温かみがあらぬ。恩も慈しみもわからぬのだ」


その言葉にはっとした


光遮り心を翳らせ暗くする事。それは愛が遮られていると言う事か


俺は今朝考えていた事と、今思いついた事伝えた


「成る程、茸か。麻呂もそれに似たものを知っている。(かび)じゃ。湿った暗い所に生える」

信殿は一人続ける

「うん、柿渋だの。確かに。不用意に、雨の時節行李(こうり)や籠をしまい込むと黴生えるが、柿渋を塗った行李には生えぬの」

合点がいっているらしい。


「命を愛し、育むものが愛。それを遮らるると心は翳り暗くなる。茸や黴の様なものが心に憑いて覆い暗くし、隠に変化させるのか」

「麻呂も左様に思う」

「肉親が隠になると家族が巻き込まれるのも、親兄弟を大事に思う己の心裏切らねばならぬ葛藤故、心を一層暗くしよう。精神強靭な者も、隠となった同じ街のものを斬り続けていたら最後は変化した」

「全くその通り。然りと思う。だがの」

信殿は俺の顔をじっと見た

何故汝(なれ)は変化せぬ、それ程多くの隠斬り続けても」

俺は黙った。俺は人の心をわからぬ、人より劣る者と思っている。だがこの考えはきっと那津にも母様にも叱られるのだ

「我は、神の憑代であるからかと思うてた。ずっと長らく、隠を斬る間は意識が無く、いつの間にか身体が動いていた。しかし二代前の逸彦より、意識を持ったまま、戦う事が出来るようなった」

「ほう、それはどんな感じなのだ」

信殿は先程とはまた違う興味で食い付いて来る

「我が本体が剣にあって、それに着いて身体が動くような感じだ。まるで他の誰かが剣を動かすのを見るかの様な。そして戦いが終わると、身体と意識は元に戻る」


信殿は俺の話を聞いて目を瞑り、また目を開けると言った

「汝はその使命故か、はたまた特別な方故その使命帯びて居るのか。神の憑代である他にも何かあるのやも知れぬが、儂にもそれより先はわからぬの」


そして、またいつもの様に、思い立った事を言い出した

「それでは解合わせも済んだ事だし、これから篁殿の墓参りよ。汝も行きたかろう、すぐ準備させる故」

そして俺を部屋に残して出て行き、従者を呼び立てた

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