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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【上京】宴

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。

俺は中に入り客間へ通される。今まで様々な家や屋敷の客間に通されたが、ここまで贅を尽くした部屋は見た事がない。しばらくすると風呂の用意が出来たと知らせに来てくれたので、その後についていく。長い廊下を歩き、浴室についた。中に入ると、男が一人いて、浴室の角にあった風呂に案内される。中は湯気で暑いくらいだ。俺は腰掛けに座ると外から「加減は如何ですか」

「丁度よい」

外で火を焚いて湯気を出しているようだ。温泉とは違い、これもいい。俺は満喫すると浴室に出る。先程の男の側に湯気が出ている(たらい)と腰掛けがある


「身体を洗いますんで、そこにお座りくだされ」

どうすれば良いのかわからないが、言われた通り、座った。その男は俺の身体を擦り、垢を落としてくれる。人にやってもらうことに慣れないので居心地が悪い。一通り終わると身体はすっきりした。確かに己でやるよりも行き届く。俺は礼を言い、浴室を出て着物を着、部屋に戻る。部屋で篁殿に頂いた狩衣に着替えた。これは大事にしていて、そうそう常には着てはいない


火照った身体が冷えた頃、宴の準備が出来たと呼びに来た。俺は後について行く

「逸彦殿をお連れしました」

中から信殿の声で返事があった。戸板が開くと、宴だと言うのに、そこにいたのは立ち烏帽子を被った信殿お一人だった

「おお、逸彦殿。こちらだ」

俺は中に入り信殿の前に座る

「他の方は」

「もう帰した。何、腹一杯食わしたから心配いらん。まずは一献」

俺の盃が白い酒で満たされた



「話したいことが沢山あるな。先ず(なれ)が知りたいのは篁殿のことだろう」

十年以上前に篁は亡くなったが、信殿は友であり、死の直前に隠岐で那由とギョクの母子と会った話を聞いたそうだ。島でギョクが鬼を倒した時に逸彦と名告ったという


「篁殿から逸彦殿の話を聞いた時には、もう心踊ってな。わは絶対にこのお人に巡り会うとすんなり思うとった。麻呂はそういう勘は必ず当たるぞな」

俺は驚く。俺に会いたい人など存在するも意外だ


「篁殿がぼやいておったぞ。曲者(くせもの)の童に恋路を邪魔されたとな」

俺は少しきまり悪い

「篁殿は、那由殿は己になど興味の欠片もなかったとも言うておったからの。特に悪気にとっては居らぬよ、気になさるな」

信殿は声を立てて笑った

「然れど、母君は相当な趣きと麗しさだったのであろうな、一目見てみたいものよ」

俺は笑い事ではない。俺の幼少を誰かに話題にされたなど、かなり恥ずかしい。


下を向いていると、信殿は言った。

(なれ)の目から見て篁殿はどんな男だったのじゃ、どのように出会った」

俺はギョクの人格の記憶を思い出し、しこと言って飛びかかった事を話した

信殿はさも面白そうに聞いて、笑った。その他にも、思い出せるのは剣術と読み書きを教わった事、最後の数日は俺の遊び場所を連れ回した事だ。

信殿は感慨深そうに聞いていた。

「無邪気な男だった。儂が心を許せた唯一の友だ。聞きし限り、当時の汝は篁殿を好いておったな」

「そのように思う。篁殿は正直で、子供ながら、童のような純粋な心を持ったお人と思い、己らしく振る舞えたと思っておる」


「最後に、太刀と衣を母に託してくれて、今も身に着けている」

信殿は目を好奇心で光らせて俺を見た

「あの刀、先程の隠を斬った時、確かに光っているように見えた。何故なのだ。篁殿はギョクが隠を斬った時、手に持っていたのは変哲無い木の棒だと言った」

俺は一瞬躊躇ったが、その事をこの人物に明かすのを、不可と言う感じはしなかった

「それは神に授かった剣。俺が何を持っていようと、憑代(よりしろ)となって神剣と成り得る」


「左様か。神の憑代とな」

信殿は目を閉じ、少しの間思い廻らせるようだった

「もう一つだな、その狩衣、公家の使うものと少し違う。もしや那由殿が手を加えたのか」

「そのように思います」

「少し見せて貰っても良いか」

そう言った時には俺の側ににじり寄り、袖の先に触れていた

俺に警戒を起こさせずに近くに寄って来た事に驚いたが、信殿にそのまま袖を差し出した。

何を検めているのかわからないが、感心しきりに狩衣に通してある緒を良く見ている。袖を細く詰めてある事を確認し、後ろに下がった

「誠に失礼した」

信殿は先程と同じように目を閉じ、何か思っている

「感心した。汝の母、那由は、物の役を良くわかっておる方。どうじゃ、この狩衣と何が違うかわかるか」

己の衣を両手で広げ見せる。


物の役。宿世(すくせ)の何処かで、ものや道具にも役があると言われた、あれの事だろうか。しかし、公家の華やかな狩衣と、俺の動きやすいように仕立てた違いしかわからない。そう述べると、信殿は言った

「この袖を絞る為の緒は、この位置に付くと、力を封じる意を持つのじゃ。だが那由殿はそれをわかった上で、逸彦殿の力を封じる事の無いよう、指貫(さしぬき)部分には手を触れず、うまく袖を細めて仕立ててある」

俺は驚いた

「他の狩衣も、召すと力封じられるのか」

「その事をわからぬ者、霊力の無き者が仕立てる分にはあまり関係あらぬ。だが、那由殿や麻呂の様な者は、どのような意図を持って物に触れ、使うのかを知っていると言うことになろう。そのような者が我の他に居るとわかって嬉しく思うぞ。麻呂のは敢えて力を封じるように己で手を加えてある。あまりに目立ち過ぎると目を付けられるからの」


それから、話に入り込んであまり進んでいない食事を示した

「だから麻呂は食も五月蝿い。話ばかりして悪かったの、さあ食べなされ」

信殿は笑って促した

俺は食べてみる。成る程、食べ物に違和感が無い。ついつい箸が伸びてしまう。他の屋敷で頂いた食事とは違うようだ、何が違うのかわからないが。母様の料理とも似ていると思った

その様子を笑みを含んで見ていた信殿は言った。

「食材の役と言うものを聞こえていたならば、自ずとこのような食事になる。庖丁者に言って、食材をこのように調理せよと指示をするのだ」

俺の中でばらけていた糸がつながるような感覚があった。

俺の刀を溶かして鍋にした親方、母様が篁に話した焼いて食べて欲しかったが干物になった魚、薬師をしながら話されていた草の効能


それぞれが別の事ながら一つ事を話されて来たとわかった

俺はまた己の物分かりの遅さに打ちのめされた


またそれは、人それぞれの使命ともそう変わらぬとも感じた。その大小あろうとも、それぞれ役があり、人はその相応しい役を与えられ生きているのだと思った


「信殿は如何にしてこのような事を知り得たのだ」

「ふうむ。如何にしたかの。心に正直に、心惹かれる興味の赴くままに、逆らわなかった事かの」

「それ故に、那由殿が篁殿に伝授した価値がよくわかった」

そして俺に向き直り、篁殿と信殿が親密になった経緯を話した



「麻呂は角を隠す為に立ち烏帽子をいつも被っておる。見る能力の無い者には見えぬが、見える者もおる。その為の用心だ。角を持つ者は滅多に居らぬ。知る限り篁殿の他にはもう一人、我が妹人だけ。篁殿は角があったが由わからぬ故、ずっと警戒しておった。島流しになり、もう会う事もあるまいと思うとったが、恩赦で帰ってきて、しかも意気揚々と宮中に入り、より一層の活躍を見せた。判断力は以前にも増して鋭い」


「これは何かあると思って見てた頃、篁が儂に角がある事を見破って近づいて来たのだ。宮中の怪しい者が権力強くすのを阻止したいと思い、味方になる者が欲しかったようなのだ。話してみると意気投合してな。何でも、流された先で出会った閻魔様が、角あるは大きな役割ある証として教えたと。それ以外は教えてくれぬ。

その閻魔様が誰なのかずっと気になっていたのだが、()らされての。死に際になってようやくすっかり聞き出した」


その時、ギョクが鬼を倒した時、逸彦の名を出したこと、那由とギョクが神と話ができること、柿渋の丸薬を渡された事、など細かに話され、角と使命の話をされたそうである。


「母様の角など見たことあらぬ」

俺は言った。

「左様か。篁殿は確かに雄鹿よりも立派な角があったと申した」

俺は先程信殿を助け起こそうと触れた時の不思議な感覚を思い出した

「信殿に触れた時、目の奥で何か開いたような感触があった」

「ふうむ、わが霊力で汝が反応し、力を思い出して開眼したかの。しかし麻呂にも汝には角は見えぬ。何故かの」

俺は己の内側の神に角が無い由を問うた


必要無い

身体が憑代だ

(なんじ)そのものが角だ


俺自身が角だから必要無いようだ。信殿にそう伝える

「身体が憑代だからか」

また信殿は目を瞑って唸った。目を閉じるのがこの方の思案する時の癖なのだ


「要するに、汝はその身体そのものが神祝(かみほ)ぎなのだな」

俺は何か凄い事を言われていると思った

いつも、素晴らしいのは神で、俺はその憑代に過ぎぬ、大した事をしたわけではないと思っていた。だが憑代になれる事自体が、役割として素晴らしいのかも知れない、と思わせてくれる言葉だった


それからまた沢山話をした。鬼退治の話ばかりではなく、今までで覚えている、出会った人々の話、先程気づいた物の役の話、鍋の話。信殿は俺の話に心底興味があるようで、時折質問をしては、その時俺が感じた事をより鮮明に思い出させた。信殿はうわべの展開ではなく、その出来事の意味を深く受け止めようとするようで、一つの話が終わる度に、目を閉じては思案に耽った。


そんな風に話をしていたから、いつの間にか夜も更け、夕暮れに付けた油皿も空になり、火も消えそうになった


信殿は俺に休むように勧めた

「麻呂の興味に付き合わせて悪いの。話はまた明日続きを聞こう。旅の疲れ、癒すと良い。まだ当分居られるのだからな」

信殿の中では当分滞在することになっているらしい。しかし俺もこんなに深く話せる相手は滅多にいなかったので、また話せると思うと楽しみでもあった

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