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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【上京】鷹狩

作中に歴史上の人物が登場しますが、この物語はフィクションです。


俺は川辺に座っていた。今日は風もなく穏やかな日の光が川に反射している。それでも周囲はまだ雪で覆われていて、寒々しい。日向では雪は少しずつ溶けているが、日陰はまだ雪が凍り硬くなっている。掌の上で玄米を鳥に食べさせる。静かな中、川の細れ水の音だけが周囲に微かにこだまする

「まだまだ寒いな。日が出てるだけ暖かいが」

掌の米を食べ終えた鳥は地面に降りて、ちょんちょん跳ねて溢れ落ちた米を拾う


その時、何かが目の前を通り過ぎ己に触れたように思った。それは懐かしい匂いがした。己の内側の意識に尋ねると、小野篁が愛の元に還ったと答えた。かつてギョクだった頃の人格の懐かしく寂しい顔が見えた

「篁殿が還られたか。随分と世話になったな」

俺は背負っていた刀を外した。これは篁に貰ったものだ。あれから数多(あまた)の鬼を斬ったが、ずっと健在だ。刀の格もかなりのもので、行く先々で良いものをお持ちだと褒められた

隠岐の島を出てから足掛け五年、それから様々な地へ赴いたが、京の都へ行くことはなかった。機会があれば訪ねてみたかったが、神から啓示はなかったので、会う必要がなかったという事か


「チチ チチ」

鳥は飛んで目の前の岩に止まる

「出発だな。頼むぞ相棒」

鳥はひと声鳴くと、飛び立つ。俺はその後を追って走った





冬が去り、木々はもう我らが季節と言わんばかりに、身に纏う緑を瑞々しく輝かせている。俺は鳥に導かれて森を走っていた

鳥は森の中を通り抜けると大きな街道へ出た。遠くに大きな街が見える。鳥は肩に止まると街と俺の顔を交互に見て一鳴する

「このまま進めばいいのか」

俺は走り出す。いくつもの街を通り抜け、途中から森に入る。見晴らし良い高台から見えた街並みは京の都だった。これまでの記憶でも近くにきた事はあるが、中に入ったことはない

「まさか京の都に鬼が出ているのか」

「ヂヂヂヂ」

鳥はそんな訳ないだろとでも言いたげに逸彦に返す。その時逸彦は鬼の気配を感じる。それも一人ではなく、複数の気配だ。刀を抜いてその方向に走り出す。鬼を視界に捉えた時、崖下で集まっている人々が見えた。鬼はそこへ向かっている。俺は崖を降りる道に通っては間に合わないと思い、刀を抜くと崖から飛び降りた。


崖下にいた人々は狩をしていた。公家が集まって鷹狩りに興じていたのだ。森の上を飛んでいた鷹が急にあらぬ方向へと行く。鷹匠は慌てて呼び戻したが、何かに怯えるように飛び去った。すると森がざわめき鳥たちが一斉に飛び立つ。何事かと思ったら、崖の上から何やら神々しい光を帯びた剣と人が落ちてくる。その人は木の枝に掴まり一旦衝撃を和らげるとそのまま幹を滑り降りて着地し、森の方へ走りだす。そこへ森から得体のしれないものが数体飛び出してくる


「何だあれは」

男は叫ぶ

「これは隠(鬼)だ。逃げなされ」

それを聞いた人々は一斉に走りだす。そのうちの一人の公家は逸彦に気を取られたようで、一瞬立ち止まって振り返った。そこに鬼が襲い来て彼は倒れ、すんでのところで光る剣はその鬼を斬った。

剣は次々と他の鬼を斬っていく。最後の一人を斬ると、剣は光を失う。剣を鞘に戻しかつぎ直すと、鬼に手を合わせた


俺は未だ腰を降ろして両手を着いている公家の男に手を伸ばす

「無事か。何故直ぐ逃げぬ」

助け起こそうと彼の手を掴んでぐいっと引っ張った

その瞬間、己の目の奥で何かが音なき音を立てて開くのを感じた

男が頭に被っていた頭巾が、立ち上がる勢いで落ちた


「いやはや凄いものだな。もしや汝が隠退治の逸彦殿か。あまりの剣のうつくしさに、見惚れてしもうた」

だが、俺の目は男の頭に釘付けだった

その白髪混じりの頭には、雄鹿のような枝分かれした角が生えていた

「角…?いや、でもしこではないな。鹿の角のようだ」

つい独り言が漏れた

「ああ、これ、見えたか。失礼した」

男は頭巾を拾い、被り直した。たった今恐ろしい思いをした筈なのに、何処か悠然とした仕草だった

その人は立派な狩衣を纏っていた。手には鷹を止まらせる手袋をつけ、言葉遣いは平民のように親しげだ。歳はそれなりで俺より二十は上だろう。高貴な方のようだが気さくな男だ

「いかにも我は逸彦だ。どこかでお会いしたか」

「いや、お初にお目にかかる。麻呂は源信(みなもとのまこと)と申す。逸彦殿の事は小野篁殿から伺ってな。いつか出会えると思うてたが、まさかこの時とは」

初めて会うのに、旧知のように妙に近い。それから俺にぐっと顔を寄せて囁いた

「種々(くさぐさ)話をしたい、角の件も含めて。他の者に言うでないぞ」


逃げた者が戻ってくる草分けの音がした

「信殿ー、ご無事かー」

連れや従者らしい。

「いや、何事もなし。この御方は隠を退治していなさる逸彦殿だ。命を救って頂いた礼をしたいので、我が邸にご案内したい。無論宜しいであろう、逸彦殿」

そう言うと俺に目配せをした

他の者の口を一切挟ませぬうちに、信は話を進めてしまう


見上げると導きの鳥は飛び去っている。信の誘いに順って良いという事なのだろう

「わかり申した。お邪魔致す」

それに逸彦も訊きたいことがあった



鬼の亡骸を森に運び入れると、鷹が戻ってきた。信殿は手に止まらせると、籠に入れ、従者に持たせた。それから一行は信殿のお屋敷を目指す。ここまで馬で来たようだが、逃げてしまったようだ。皆徒歩で移動である

「なあに、馬は厩に戻っているさ」

信殿はあまり気にせず、優雅に歩く。信殿はずっと喋っていて、今日の獲物は良かったとか、この鷹の親は優秀な親から生まれたとか、俺が鬼を斬った様子を大袈裟に話す。皆、感心して聞いているが、信殿以外誰も見ていないのに、話を鵜呑みにして良いのかと心配になる。そうこうする内に屋敷についた。やはり高貴な方なのだろう。かなり大きな屋敷だ。俺は御所が何処にあるのか知らないが、直ぐ近くではないだろうか。



「戻ったぞ。誰そおるか」

門に入る。屋敷から数名の人が出てきた

(あるじ)様、ご無事でございましたか。馬が誰も乗せず戻って参りましたので、何事かあったかと心配しておりました」

「おお、狩場で(おん)が出てな。すんでのところで、こちらの逸彦殿に助けられた。しばらく逗留される故、準備致せ」

いや、逗留するとは言ってない。驚いて信殿を見ると、別に良いだろうという顔でこちらを見る

「宴の準備は整えてございます。本日の成果は如何ですか」

「これを頼むぞ」

信殿は(うずら)三羽と兎を二羽差し出す。家臣はそれを受け取り中へと入っていく。心配していたという割に宴の準備をしているのだから、良くある事とでも思っているのだろうか。隠など良く会ったら命いくつあっても足らぬが

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