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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【護衛】彩輝(さき)


翌日の昼前、俺のいる客間に当主と那津が訪ねて来た。俺はそちらに出向くと言ったが、謝罪を受けるべき人を出向かせる事はしませんと那津に窘められた

二人が入ってくる。ご当主を斬った席でお会いしてはいるが、挨拶が出来るような場ではなかったので、互いに挨拶を交わす

「この度は誠に申し訳なく謝罪致す。逸彦殿には大恩があったにも関わらず、この様な狼藉を働いた。如何様なことも受け入れる」

ご当主が頭を下げる

「謝罪を受け入れる。父君を大事に思うご当主の怒り尤もであり、父君を害した我の方こそどれ程謝っても済まぬかもしれぬと思っている」

俺も頭を下げる

頭下げ合っている二人に、那津が鋭く言う


「逸彦殿、ぬし殿が謝ることはございませぬ。己夫(おのづま)は大恩であるぬし殿を害したのです」

俺は何も言えず下を向く。那津は夫を見る

「逸彦殿が宮地の父上に渡された渋柿で、しこ(鬼)になる事を遅らせ我らを守っただけでなく、父上とお別れする時を頂いたのです。

逸彦殿が来られる時が少しでも遅ければ、父上は完全なしことなり、そうなれば我ら自身で手を下さねばならなかった。ぬし様はその様な事、出来たのですか。その様な事をして己はしこに変ずる事なしと言い切れまするか。手を汚す役を逸彦殿が引き受けてくださったから、我ら家族は今こうして居られるのです」


「父上を戸板に縛って運んだ家の男共は、人の姿の主人を見て安堵しました。家の者全員が亡骸へ最後の別れをし、葬儀を滞りなく行う事が出来ました。

主人がしこの姿で亡くなったとあれば家の者や都の者がどれ程怯え動揺するか計り知れませぬ。そして何より父上の人としての尊厳を守って頂けた事は、我らにとってどれ程の恩があるか。我らは父上を人としてお見送り出来たのですから。この地がしこによって全滅しなかった事だけが恩ではないのです」


「この地を預かる者が、それをわからず如何する。その場の感情に任せ、大恩ある方を殴るとは。幸い逸彦殿がお許し頂けたから良いですが、今後もこの地にしこが来て、いつまた逸彦殿のお力を借りるやも知れぬ。もし逸彦殿がお許しにならなぬなら、次は一体誰がしこと戦うのですか」

夫殿は何も言わず叱られた子のように下を向いていた。俺は己を見ているようで気の毒ながら親しみを感じた


「あの導きの燕が父上の命と共に消えた事を、見たではありませぬか。あのように奇しき事、神以外に出来ようもございませぬ。そして、父上は清いお顔でおられました」

那津は俺を見る。その目には強い光があった


「逸彦殿はしこを退治しただけと思われやも知れませぬ。ですが、命あるものにとって、如何にして死ぬるのかは大切な事。父上の命が解放された事はあの最後の様子で確かと思われます。

命が逸彦殿の行いによって恩をもたらされている事をわかって頂きたい。ぬし殿が思われるよりも、ぬし殿がなされた事は深く、広い。それを受け取ってくだされ」

那津は丁寧に俺に頭を下げた。


俺は布師見殿が話してくれた漁師の話を思い出していた。あの漁師は今の俺だ。だが神や愛がなされている事は、もっと大きな計りごとによって動いている。俺はその中にあって道を歩んでいる。俺のやる事の一つひとつがその計りごとの中で役を持っていることを、その役の深い意味を知らずとも、行うことが神や愛にとって恩恵をもたらしている、そう思った。俺が感じ知り得たことは、俺の願いを叶えている報酬でもある。俺の中で何か納得し感謝する思いが込み上げた


俺はご当主に親しみを感じ、話を聞きたいと思った

「ご当主、先代御当主である翁は、どの様なお方であったのか。八年前にお会いした時も、只者ではないと思っておった。できれば少しお話し頂けないだろうか」


「父上か。そうじゃな、豪快の一言に尽きるかの。酒の飲みっぷりも、商いも、何かにのめり込むのも…。昔、寺に務めた事もあったそうだが、思ったのと違うと言うて、俗世に戻ったそうな。やる事がいちいち、派手で 思い付くと直ぐにそうなさる。亡くなった母君も良くぼやいておった」

先代は結局、あまり詳しく己の人生を語らなかった様で、いつどの様にして武術の達人となり得たのかは分からなかった。ただ、大きな御仁だった様だ

俺はあまり他人に興味を持ってそれがどの様な人物かを知りたいなどと思った事も無かったが、今回は己で手を下しておきながら、もっとご本人と話す機会あれば話したかったと思った


もしも次に、心から相手に興味を持つ事があったならば、もう少しその相手と話してみよう。そう言えば布師見殿もあれきりだが、まだお元気にしておられるだろうか。もし近くを通りかかって、神がそれを許すならば、訪ねてみても良いかも知れない


那津は俺とご当主の話する様を笑みを浮かべて眺めていた


俺はさらに二日ばかり世話になって、そこを出ることにした


宮地の家に滞在する二日の間、俺は風呂を使わせて貰い、家の力仕事を手伝ったり、那津とお付きの童らと遊んだりした。

那津の子の男の(をのこ)は俺の話す鬼退治に憧れ、棒切れでの退治ごっこに付き合わされた。俺が伝授した鳩笛もすぐ吹ける様になった(:手を組み合わせて息を吹きこみ鳴らす)

乙子(おとご)(:末の子の意味)の女の(めのこ)は俺に懐いて常に俺の指や袖を掴んで離さず、鳥や花の名を片端から俺に尋ねては喜んだ。

ご当主と一緒に森に行き山菜を採り、ついでに花を摘んで、那津のご機嫌を取る手伝いをした。白くうつくしい山由理(やまゆり)は殊の外、那津を喜ばせた。実はゆり根を食おうと思って他にも採ったのだが、那津は庭に植えようと言い出した。二人で残念がりながら一緒に根を土に埋めた

森への道の行き帰りで、ご当主とはいろんな話をし、同志の様な仲になった。主に那津に対する見解だが


三日目の朝、当主、那津、童らをはじめ宮地家の勤め人が大勢見送りに出ていた。新しく仕立てた藍染めの着物や持ち物、保存食も全て那津が用意された。渡されたのは何が入っているのか、今までより重い荷だ。那津に笑顔で差し出されたら、俺に抗う術はない。大人しく頂戴した。その様子を見ていたご当主は俺に頷く。分かり合える人がいることは心強い

乙子は寂しくて母に抱き上げられ、その胸に泣き顔を伏していた


「次は鶴が鳴く前にお訪ねくださいね」

俺は力強く頷く。もう二度と同じ過ちは犯さぬ

「承知した。ご当主、那津殿、皆お元気で」

俺は歩き出すと、苔色の鳥が飛んで来て俺の肩に止まる

「今回はお前か。頼むぞ相棒」

鳥は一鳴きすると飛び立つ


俺はそれを追って走り出した




心の内で那津は思い、願った

このまま逸彦が(さきは)ゆる先に、()の道が継いで行かれん事を

逸彦が知りたきを知らんとするその旅路が彩られん事を


そして愛する者と再び巡り会わん事を

最後に那津の思いを足しました

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