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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【護衛】那津

那津が俺と同じように生まれ変わりの記憶を持っているならば、色々尋ねたい事があった。

知りたい事をあれこれ考えていたのだが、そのうち眠ってしまった。


再び目が覚めた時、周囲は闇に暮れていた。油皿に付けた灯が薄く照らす中、お付きの女子が座ったまま居眠りしていた。その手には、温もった(きぬ)が握られていた。俺の側に付き添って如何程の時間そうしていたのだろうか


俺が起き上がった気配に、お付きは慌てて目を覚まし、台所に行って盆に粥を用意した。二人いたお付きのうちの、俺に忘れ物と言って玉の入った小袋を渡したお付きだ。俺は粥を食いながら、八年前俺が去った後の宮地家と那津の様子を聞いた。

那津は二児の母となり、先代当主の商いの手伝いをしていたそうだ。

「那津様はそれはもうあのように賢いお方ですから、商いの飲み込みも早く良く気がつくと、御当主にも大層大事にされてまして。先代御当主は新しい意見述べましても聞き入れてくださる方でしたから」

想像通り、当主はよく那津の能力を見抜いて重用していたようである。話からすると、我が息子よりも那津を高く買っているようにも聞こえるが、あの那津の賢さでは致し方ないだろう。


お付きは俺の話も聞きたがったが、俺の話は鬼退治ばかりで、何も変わり映えしない。

それよりも、お付きの女も今は三児の母となっているそうで、驚いた。花の名を俺にあれこれ聞いて、唐物の装身具を見てはしゃいでいたのだ。八年という年月が一瞬の夢のように、懐かしく感じた。


ご当主に先代の父君の件で謝罪したい旨を伝えると、お付きは、新しいご当主の方が謝罪したいと思っているので、恐らく時間を取るだろうと言った。俺の身体の具合次第でと思っているようだ。俺はもう良くなるので明日にでもと伝えるよう頼んだ。


翌朝、俺が起きると那津が部屋に来た

「ご自分のお身体の事を本当にわかっているのですか」

那津が俺の右肘を抑えると痛みが走る。倒れた時に床に打ち付けたのだろう。顔をしかめると

「まだですね。大人しく寝ていなさいませ。

そもそも、ずっと何も飲み食いせずに動き回っていたのでしょう。己夫(おのづま)には我から良い頃合いに話します故」

俺は大人しく寝た。そう言えば、翠玉の紐が切れてから移動する間に既に二日費やしており、俺は三日程食べてなかったのだった。


那津は暇を見つけては部屋に来て色々世話を焼いてくれた。俺の看病にかこつけて、那津は俺を構いたいというのもあったようだし、俺も話をする機会を得る事も嬉しかった。俺は疑問に思うことを聞いてみた


生まれ変わりの記憶は那津とは異なる人格が持っており普段は那津に助言をするが、時として那津と入れ代わる事がある。特に俺への思いは別人格が話している事が多いそうだ。だが別人格と言えど思いは同じなので、那津が俺を心配するのは全く同じだと強調された。また、ご当主は何者なのかと尋ねた。以前に美代とその子が燕の導きによって天に召された時の事を話し、ご当主も同じだったと伝えた

「愛の元に還ったのだ。ぬしは命の尊厳を守り、最大の敬意を払うと願い、愛はその願いを聞き入れた。それのみよ」

「他の者との違いは何か」

「愛の使命を持つ命よの。器の大きなものは使命をもつ。ぬしも同じよ。では問おう。ぬしの器はどれ程と思う」

俺は鬼退治の使命があるという事か。鬼を斬るだけなので、それ程大きな器が必要だとは思わない。

「しこ(鬼)退治だから器が小さいとお思いか。我の思いはかけらも伝わっておらぬな」

溜息をつき、呆れたような顔で見る

「最も器が大きい。愛が重きをおく使命を果たすぬしを、愛が愛さぬ訳はあらぬと自覚せよ。何故神が直に啓示を降ろす。我が直に話をする。神に尋ねたのであろう、我が何者かと」


俺は己が大きな間違いをしている事に気付いた。神は那津を愛だと答えた。御使すら圧倒的な畏怖と何者も抗えない存在感を持っている。その主人たる神の言う愛が存在するならば、それがいかほどのものであるか想像すら出来ない。俺はその間違いにどうして良いか分からず固まった

「平服しろと言っているのではあらぬ。耐えろと言っているのでもあらぬ。愛されている事を自覚し、その恵を受け取りなされ。ぬしにはその資格がある故。拒むことに(よし)は無し」


那津は少し休む様に言い、俺は一人になった。愛されている事に戸惑いを覚える。多くの鬼を斬り、その家族が、友人が、俺に向けた目と込められた感情を次々思い出す。一方で布師見殿が話してくれた事、美代、鍛冶屋の親方、そして那津の事を思う。使命を果たす事は当然だ。俺は神と約束したのだ。約束はまだ果たされていない。なのに愛されるのは何故かわからない。果たした報酬としてならわかるが。布師見殿は俺を 神の御使である前に人である と言った。己を人と思った事はない様に思う。人なら鬼を斬り続ければ心が折れて当然だ。あの御当主のでさえそうだった。だから俺は人よりも劣ると思っていた。だが那津は愛に愛されているという。人が到底及ばぬ圧倒的な存在が俺を愛する。そんな誉れを受けるに値しないと思っている己が間違っているのか。


俺は己の内側に意識を向け、神にどうすれば受け取れるのか尋ねる


愛は愛すべきものを愛す

己の内にある熱き光を自覚せよ

光持つ者であることを自覚せよ

真に愛の使命を全うする者よ

道は導き(めい)のままに顕現す

我を我たらしめる

その誉は幾世の()を拝し螺旋へと繋がる


俺は唸った。何かとても崇高な事を言われているが良くわからない。そう言えば、あの滝の祠で神と話した時も、質問してもさっぱり答の意味がわからなかった。こんなにものわかりが良くないのにどうして器が大きいと言われるのだろうか。

俺を俺とする誉れとはどういう事なのだろう。そしてそれが長い世の先で螺旋に繋がるとは。どんなに考えてもわかるとは思えなかった。先ずは、己の内に熱い光があるのなら、それを感じられる様にしよう。



しばらくすると那津が来て、荷物はどうしたのか尋ねた。俺は神の啓示が降りた時に何も持たず来たので、その森の中の住処に置いてある事を話した

「その中に何か大事な物が無いならば、またここにて用立てますが。まだ取りに戻れるお身体ではありませぬな」

これを口実に外へ出ることは許しませんよと暗に言われている様だ

俺は貰った玉を大切にしていたが紐が切れ、どこかに落としてなくしたに違いない事を謝った。那津は笑うと言った

「それは役を終えたのです。気にする事はありませぬ」

俺は物に役がある事を驚いた。那津は物にも道具にも、生まれた目的と役があるのだと教えた。


俺は鍋の事を思い出した。八乃屋殿の領地で鍛冶屋から貰った鍋の事を話す。

「鍛冶屋の親方は(かね)の声を聞いてその鍋を作ったと言った。刀を溶かした金が、命を絶つものではなく、糧となるものになりたいと言ったという。それを聞いた時、我も使命を終えたら、何かを生み出す人に生まれ変われる事を赦されるのだろうかと思ったのだ」

那津は俺の顔を暫く見ていた


「ぬしはその鍋の良き事がわかっておらぬな。それは愛の贈り物だ。ぬしが願った何かを生み出す人に生まれ変わる事を、愛が鍋をもってして出来る事を示した。ぬしがその鍋を大切に思うのは軽くて重宝だからではあらぬ。愛の思いを感じるからだ。ぬしは感じているのにそれを認めようとせぬから受け取れない。素直に認めよ」

俺は気づいていなかった。あの鍋がそれほど重要である事を


「素直に認めぬのは己を認めぬからよ。己の内に光持つと自覚し決意せよ」

俺は素直に順おうと思った。そう決意する

「己の感じたものを言葉に表す事も愛である。器の大きいものが感じる事は小さきものにとって成長の糧となる。ぬしが話す旅の話を愛の一つだとは思わぬか」

俺は困惑する。鬼退治の話が愛なのか。単に斬っている話だが

「ぬしは話下手とお思いの様だが、鍋の話知らなかったとはいえ、聞いていて充分に面白いし思い染みた」


「鍋で感じた事はぬしにとって当たり前のことでも、皆はそれを受け取れる器を持たぬ。だから皆心揺さぶられる。心動かし受け取ればその者の器が広がる。これも愛の一つだ」

俺は旅の話は珍しいから皆感動するのだと思っていた。木之下殿のように話が上手い訳でもなく、その時あった事を淡々と綴って話すだけだ

「もっと己が感じた事を素直に話すと宜しい。しこ(鬼)退治が事を皆に話すのもまた使命の一つよの」

そんな意味もあったとは思わなかった



まだ聞きたいことがある。美代とその子供の事だ。二人は命の時の外にいた。だから亡くなった時、鬼になった時のまま留め置かれ、それからどの位の時が流れたのか分からないし、感じない。子供の鬼は何も食べずとも成長できた。どうやってそれが出来るのか。そもそも鬼とは何なのか、それも知りたい


その話をすると、知りたがりよの、と言って那津は笑みを含んだ

「二人が時の外にいたのは確かだ。美代が使命を持っていて、それを終えたから愛へ還った。使命を持つものの子であり、我が子の生存と成長を願った美代の願いが叶ったのも事実。では成長した子供は身体を持つ必要があるのかの」

木之下殿は確かに見たと言った。それは幻なのか

「愛は我が子の願いを叶えるのだ。親は我が子の願いが他愛ないと思っても、叶えたいものなのだ。そもそも、そのものをそのものたらしめるのが愛の力。何故人智を元に考える。(やく)なかろう(:無駄だろう)」


「ぬしの使命がしこ(鬼)退治なのは、ぬしがしこについて知りたいと願ったからだ。ならば己で答えを見つけるのが筋であろう。己の道をゆけ。道は導き(めい)のままに顕現する。ぬしが受け取れば自ずと道はぬしを導き、知りたき事を知る時がくる。それも愛の一つ」


俺は今まで何を見ていたのか。物を捉える視点が大きく異なる。俺は己の見る目の小さきことに愕然とした。言葉一つひとつに俺が思っているよりも深い意味が隠されている。普段から神や愛によって、与えられていることがいかに大きいのか、それを捉えられない己の拙さを感じた


「ぬしが話す旅の話を皆がどう思うのかわかったか。器の大きさしか受け取れぬ。それは恥ではない。ぬしの器は大きい故沢山入るのでわかる為にも時が要る。受け取れ逸彦。愛は愛しき子を抱くのだから」

那津は優しく微笑む。俺は話を受け止めきれない。時をかけて言われた事をじっくり胸の中に落とし込むしかない。ただ(かか)様の愛情は俺の思い描けぬ程大きいものなのだ、という事は良くわかった


それからも俺は厠以外部屋から出る事は許されず、那津やお付きの女に介抱された。那津はその後も俺と色々な話をしてくれ、旅の途中であった事の意味を教えてくれた。老狼に降りて来た御使(みつかい)が龍だと聞かされた時は、見れば良かったと思った。那津はいつかまた龍にも出会えると教えてくれた時、俺が目を輝かしていると笑い、まるで童の様だと微笑んでいた。

俺が伏して七日後、充分活力あるのに動けぬ退屈にも飽きた頃、那津からようやくご当主への面会の許しが出た

この章が欠落していたので、後から足しました。

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