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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【護衛】大業

ここから海を渡り島に着く。徒歩で道を歩き二日、その反対側から更に船に乗った。この海峡は距離は近いが渦が荒いので、船はおおいに揺れ、慣れぬ荷運びと護衛の一人はかなり蒼い顔をしていた。陸地へ渡り、再び徒歩で進むが、途中で雨足が強く旅籠から動けない日が二日あった。動けない間、俺は皆から旅の話をせがまれ、ずっと話しをしていた。鬼退治の話しを聞いてそんなに面白いのかと思うのだが、皆は鬼が倒れるたびに歓声を上げる。俺たちが賑やかなのを聞きつけ、暇なのか他の旅人も加わり、最後のほうは他の泊まりの殆どの客やら女中、小間使いやらがたくさん集まって聞いていた。それでその日の夕餉は大幅に遅れたが、文句を言う者は誰も居なかった。庖丁者(ほうちょうじゃ)までが盛り上がる間を覗きに来ていたのだから、仕方ない


そこを出ると、先は峠につぐ峠の道をひたすら歩く。道はつづら折りで狭く、急な坂道がいくつもあり、俺は荷車を後ろから押していく。那津が駕籠から降りて自ら歩くことも何度かあった。それでも道なき道を行くわけではなく日暮れ頃には旅籠に辿り着けるので、交易路として整備された道だとうかがえた。俺一人なら木の枝を伝って真っ直ぐ峠を上がり下がりするので、余り時間はかからないが、そうもいかない。四日かけていくつもの峠を越えた


旅籠を出て直ぐにまた大きな峠に差し掛かる。ここを抜ければあと少しだと亮野祐が皆を励ます。すると道の向こうから人らしき影が多数こちらに向かって走ってくる。影に見える人らは、俺たちを見つけると

「しこ(鬼)だ、しこが大勢でたぞ。逃げよー」

「亮野祐殿、皆を連れて逃げよ。俺は向かう」

俺はそちらに向かって全力で走る。

「シィーーーー」

すぐに鳥が俺と並走して飛ぶ。導きの鳥が来るなら鬼の数が多い

「頼むぞ相棒。礼は終わってからだ」

鳥は一声鳴くと左に逸れていく。俺はそれを追いながら剣を抜いた。


以前は戦っている間意識はなかったが、今はどのように刀を振るっているのかを見ることができるようになった。俺は無心で鬼を斬り続ける。そしてまた俺の普段の身体感覚に戻っては、移動のため鳥が導く方へ移動する。数人の鬼の集団があちらこちらにいる為、斬っては移動、斬っては移動の繰り返しだ。鳥は飛び続ける。俺も走り続ける。どれ程の時が過ぎたかわからない。鳥が俺の前に降りたのは、空が夕日で紅く染まった頃だった。鳥と並走をはじめた場所だ

「大変だったな相棒。礼は弾むぞ」

俺は何時もよりも多い玄米を鳥の前に置く。旅の道を導く鳥より大きく、胴だけでも俺の握り拳位ある。鳥はガツガツ食べると一仕事終わったかのように飛び去った。

俺も腹が減ったので腰に下げていた袋から干し柿を出して食べる。来た道を戻り始めると向こうから亮野佑がやって来た

「逸彦殿、ご無事か」

俺は手を挙げる

「ご無事で何より。しこ(鬼)退治は終わり申したか」

「ああ、終わった。明日は出立出来る」

俺は亮野佑と歩き、その後の事を尋ねる。一行は旅籠より先にある高台に避難していて、俺が鬼退治をしているのを見ていたようだ

「森の中なのに良く戦っている場所がわかるな」

「森で閃く光があるところが戦いの場だと那津殿が申されて。刀が光るでな。皆でここが光った、あそこが光ったとずっと見ていた。途中走るお姿も見えたのでな。それにしても良く走られた」

空が紅くなる少し前に、那津がもうすぐ退治は終わるから今日は元の旅籠へ泊まると言って亮野佑を残し荷車も牽いて移動したらしい。亮野佑は俺が鳥に何かやっているのを見て終わったと察しこちらへ来た


旅籠へ戻ると皆俺の無事を喜んでくれ、那津が来て言う

「お勤めご苦労にございます。お身体に障りはございませんか」

俺は大丈夫だと答えると、那津は嬉しそうに頷く

「それはようございました。丘の上からその見事な戦いぶり拝見しました。旅籠でのお話以上であったと皆で話していました」

俺は木之下殿のように上手く話せない。起こった事をただ淡々と話すだけだ。そんな話でも聞いてもらえるのはもの珍しいからであり、よく聞く話であれば、誰も俺の話は聞きたがらないだろうと思っていた

俺の身体を労ってか、話をせがまれる事もなく夕餉をとり早く横になるよう勧められた


翌朝は日が出る少し前から出立する。鬼との戦いの殆どは森の中だったが、道で斬ったものもいるので、見つけては亡骸を脇に避けて森に運び入れ、手を合わせた。また鬼が出るやもと思い何時もよりも気配を深く注意しつつも、道中は順調に進み、その日は何事もなく次の旅籠に着いた。

旅籠を出ると、やっと与津の都が見えてくる。出立してから丁度十三日になった。明日は与津の都にある旅籠に宿泊する。


いよいよ与津の都に到着する

俺は荷車を後ろから押しながら、皆が都を見てもうすぐ旅が終わりになる事を喜んでいるのを聞いていた。それは那津や女子にとって新しい生活がはじまり、その他の者には帰郷を意味する。それぞれが思いを馳せている中で、俺は何故あそこで鬼が大量に出たのかずっと考えていた。俺が考えても意味がない事だが、那津の住む都が襲われるのは嫌だ。目的地に着いたら周りの様子を見てみようと思った


与津の都に入る前、昼食の為に小休止をとる。少し開けた平地があり、皆で休む。近くに小川もあるので水も飲める。那津や女子(めなご)は身だしなみを整える為、小川に向かい、残った者は煮炊きの準備をする。保存食をここで全て食べ、荷を軽くする為だ。帰りの分は都で仕入れる事になる。亮野佑は手慣れた様子で鍋を作っていると那津と女子が帰ってきた。

「ではここで旅路の最後となる八乃屋鍋を皆で食べようぞ。此度の那津様の御婚姻に際し、ここまでの旅の無事、誠にめでたい。最後に皆で祝おうぞ」

亮野佑は宣言すると鍋から汁をすくい皆に配る。八乃屋ではここで宴を催す事が恒例になっているらしい。酒はないが。

「では那津様、ご挨拶を頂戴致す」

那津は立ち上がり挨拶する

「皆様、我の為にここまでお付き合い下された事、御礼申し上げます。我と女子はこの地で暮らして参りますが、皆様は帰りもございます。道中の安全をお祈りしております。最後に逸彦殿、しこ(鬼)から我をお守りくださり御礼申し上げます。我はこの地の鶴となり安全をお祈りしております」

「では頂こう」

亮野佑の掛け声で椀を掲げ、食事をはじめる。他の皆は鶴を睦じい番いの事と受け取ったが、俺は那津が言ったその言葉に対し気持ちを抑えるのに難儀した。那津は俺を見るとその苦労している心を見透かすように微笑んだ



翌日、与津の国にある八乃屋殿が贔屓にしている旅籠に着いた。一行はよく来たと歓迎され、鬼を退治した事を話すと一様に礼を言われる

「最近少し行った峠でしこ(鬼)が出たと旅人が話しておりました故、皆さんご無事かと案じておりました。逸彦殿が退治されたのなら、安心でありますな」

旅籠の店主が俺に愛想を崩す。俺は鬼がいつ頃からこの辺りに出るようになったのかと尋ねると、ここ最近のことらしい。あちらこちらの峠で鬼を見かけたとか、追いかけられたなど旅人からの話しに都の人々は恐れていたらしい

「我も全ての地を見た訳ではないから、あまり安心だと周囲に言い召されるな」

「左様でありますな」

店主は頭を下げると那津の部屋へと歩いていった

二日程、旅の疲れを癒し、宮地家へと行くことになった。既に先触れは出ているので、準備期間だろう。婚姻式はまた別の日になるので、当日は宮地家の身内だけで宴会が催される。婚儀には八乃屋殿も参加される事になっているから、随分先の日になるのだろう


俺は永らく入れなかった風呂を満喫する為、早速風呂場へ向かう。この旅籠は日暮れまで好きな時間に入れる。風呂場に入ると中央にお湯が溢れて出ている四角い槽があり、周りに(たらい)が置かれている。既に数名の人が盥に湯を張って身体を洗っている。俺もそれに習い身体を洗い始める。槽から少し離れたところに板で仕切られた四角い小屋があり、上から湯気が上がっている。風呂があるようだ。早速中に入り温まる。中で一息ついていると、どこからか滝の音がしてくる。風音もいいが水音もいい。眼を瞑り水音を聴きながら俺はいつの間にか那津の事を考えていた

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