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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【前章 壱】とある村で

そこからの眺めは緩やかだった


木立の葉は風にそよがれながら、柔らかに降り注ぐ日の光をゆらゆらと、まるで影絵をしているかように、動かし楽しんでいた。ふぅーと、時折膨らんだ風が通り抜けると、ヒラヒラとはためく葉は、俺に手を振っているようだった


「気持ちいいな」


誰に話し掛けたわけでない

誰かが聞いているわけでもない

俺はその木立の葉に聞かせるように呟いた

座っている切り株は随分前に切られたのか、少し朽ちている

普通なら子孫を残す為に若芽を出して次へと世代を繋いでいくのだろうが、この切株はその前に朽ちた

きっとこの木の前で多くの人が、木陰で一休みしたり、子供が虫を捕ったり、恋人が逢引 したりしていただろうに。多くがこの木を頼り、感謝され、喜ばれただろう

この木はたくさんの人がいるのを、ここに佇んで見ていただろう

だが、切株が完全に朽ち果てればどこにそれがあったのかさえ、もうわからない


「俺も汝と同類かもな」


鬼は人々に恐れられる

だから最初は人々に感謝された。しかし人々はそれを忘れる

遥か遠い昔には、自分の役割を誇らしく感じた事もあったような気がする

だがいつの間にか、目の前で繰り返し起こる痛ましい光景に、そんな感覚も麻痺した


人が鬼へと変わり、愛するものを殺める姿は人にとって心に大きな傷を負う。またそれがその人を鬼へと変わらせるのだから、これ程見たくないものもなかった。

鬼と対峙した時、この者がかつて優しく穏やかな人だったかもしれないし、妻を愛し、子を見守る優しさを持った者かもしれないと思うと、いたたまれない

その心を堅くし、今いる者のために剣を振るうしかない


顔を歪め、理性をなくした心を濁すような眼で向かってくる姿は、俺も同類なんじゃないかと思うこともある。鬼の眼にも俺の姿はそう映っているのだろう


鬼との戦いがいつからなのか、どれだけ長い月日が立ったのか思い出すことも億劫だ

思い出せる限りでも、今生に生まれる前から始まっているのだ

長く続く戦いに、ただただ臨むしかない。

そしてすがるように、神から授けられた剣とその約束は、俺にとって絶対となった



ふと視線を上げると、少し先で村の子らが歌を歌いながら遊んでいた。確か近所にすむ四〜六歳くらいの子らだろう。みんなで手を繋いで輪になり、真ん中にいるしゃがんだ子は一人両手で目を覆う


鬼退治、鬼退治

あんどはどこの鬼なんやー

くんどのみちは通させぬー

わっしのかかあを見せてみろー

こっちのなかにも相引きよー

こわいながらも

鬼退治、鬼退治


すると真ん中の子は突然立ち上がり

「われ、いつひこがお相手いたす、いざ、いざー」

といつのまにか掴んだのか右手に細い木の枝を掲げて叫んだ

蜘蛛の子散らす様に逃げ出した子供達の後を、叫んだ子が追いかける


「みんな足速いな」


俺は眩しく揺らめく光を手で遮りながら、その後を追う。するとこちらへ向かって逃げてきた子が俺を見つけた


「あ、逸彦がおる!なあ、いつもの見せとくれや!」


その声を聞きつけた他の子供らも逸彦だ、逸彦だ、と叫びながらこちらへ向かって駆け寄ってくる


「逃げているのでなかったのか」

「いいからいいから、なあなあ、見せとよ」


子らは皆俺の所へくると、口々に見せて見せてと囃す

俺は懐から一枚の懐紙を出すと、それを丁寧に折りたたんだ

一枚の紙がたちまち違う姿になるのを見て、期待と驚きに目をみはり、

次に起こることを知っている子らは息を止める

ひとまわり小さくなった紙を口にくわえると、強く息を吹いた

紙が震えてビリビリとした音で蝉の鳴く調子を真似ると、童らは歓声をあげ、自分らもワーワー言いながらそれを真似ようと口笛を吹き出す。そんな音じゃないぞ、こっちの方が似ているなどもう大騒ぎだ。俺は音を出すのを一旦止めて子供達の様子を見る。もし俺が所帯を持っていたら、このくらいの子がいたのだろうかと思いながら


「もう飯時だよー、早く来ーい」

童らの母親だろう。数名の母親が子らを呼びに来た

はーい、と声を揃えたかと思うと一目散に母親の元へと走る

童らは俺にまたねと言って笑顔で手を振ってくれるが、母親達は誰も俺と目を合わせない


「あの人と遊んだら駄目と言うたでしょ。鬼になったらどうする」

「逸彦は鬼で無し、退治して村を守ってくれたんだろう」

「だから鬼がうつるかもしれんでしょ」


母親は子供の手を強く引っ張りながら、俺から離れていく。まるで近くにいたら鬼が憑くかのように


最初に村を訪れたのは、村長から依頼があったからだ。一人、二人と倒した時は感謝された。四人、五人と倒すと、村人の俺を見る目は変わっていく。そこにあったものはやがて計り知れない強さへの恐怖に変わり、忘れたいものを思い出させるものを目障りと思い始める。その村に鬼が出没したということは、村全体にとって一刻も早く無かったことにしたい出来事だ。見た、という事を口にするも禁忌なのだから。

村が穏やかになれば、もはやそこに俺の居場所はなかった


「もう潮時か」


俺はこの村を出て行く時期だと思った。

いずこも同じだ。鬼殺しなんていない方がいいのはわかっている

俺は重い腰をあげて尻についた朽ちた切れ木を手で払うと、村長(むらおさ)の家へと向かう事にした


「やあ、逸彦殿。今日はいい天気だの」

俺が村長の家の前に行くと、庭で野良仕事をしている村長が声をかけてきた。少し背が丸くなってきたとはいえ、身体つきはそれなりにしっかりしている

(おさ)、少し話しがあるのだが、よいか」

俺の顔つきから何を言いたいのか悟ったのだろう。一瞬硬くなった表情をいつもの穏和な顔へ戻す

「家で茶でもどうぞ。いや、もう飯時だから一緒にいかがか」

俺は首を横に振った

「いや、茶もいらない。さほど時間は掛からない」

「左様か。まあ入りくだされ」


家の中に入り、俺は土間に立った。人は鬼殺しが家に入る事を拒む。家族が鬼になっても元は家族だ。それを殺す俺は敵だ。頭でわかっていても心は追いつかない。

村長は囲炉裏の鍋から白湯を(わん)に汲むと、座ったまま俺に差し出した

「どうぞ。今は誰もおらんから上がって」

俺は仕方なく腕を受け取って床座の上がりに腰掛けた

俺の白湯をすする音が、村長の次に起こることを複雑に思う沈黙を、埋めた

「明日、この村を起つ」

村長は何も言わず囲炉裏の火をジッと見ていた。一瞬の後、ゆっくりこちらへ顔を向けた向けた。その視線は俺の目を真っ直ぐには見なかった。辛そうな、それでいて安堵したような表情が窺えた

「わかり申した。ずっとおっても構わんかったのに」

俺は椀を炉縁に置いた

「わかっているだろう、(おさ)

この事は遅かれ早かれ、言い出すのが村長か俺かの違いだ

「ええ、まあ」

村長はのろのろと立ち上がると、部屋の隅にあった荒い繊維の袋を迷いなく手に取った。それから、壁に吊るされたまだ使っていないわらじを一足。村長はそれを持ってきて、俺に向き直って座り、重ねて差し出した

「これは今までの御礼だ。日持ちする食いものなど入れときましたから。道中で食べてくんなさい」

「かたじけない」

俺はその袋とわらじを受け取った。おそらくこの時が来ることを予感して、保存食を作るのに袋に入れて準備していたのだろう

「世話になった」

「こちらこそ、この程度の御礼しかせず申し訳なかった。村が落ち着いたのもぬし殿のお陰と思うております」

俺は立ち上がり村長の家を出た


何度これを繰り返した事か。俺は留まることを知らない、身すがらだ。生まれた家も、両親もいたはずだが、それはどこか遠くて自分のことのように思えない。神と約束を交わした時、俺の家族は神になった。何度生まれても、いつも、その役割を思い出すと同時に戦い続けてきた記録と人格が宿り、それまでの記憶よりも強く俺を動かす。だから行ったことがない場所でもその地を知っているし、様子もわかる


村はずれの森にある宿り木に戻ると、出発の準備を始める。村人は俺が何処に住んでいるのか知らない。これまでも子供達が俺が住んでいる場所を探していたが、見つかりはしない。まさか木の上に住んでいるとは思わないのだろう。大きくしっかりとした枝ぶりの木のまたに寝そべり、屋根は枝に茅を渡して作る

獣も虫も上がって来ないし、風通しもよく結構快適なのだ


その痕跡を適度に崩し、数少ない荷物をまとめる。自分用の炊事用具なんかだ

準備が終わると神から次の地のイメージが降りてきた。そこは以前小さな村だったと思うのだが、今は城主がいるようだ。戦乱はどうしても鬼を生みやすい。本人よりもその家族の心が蝕まれる。人の戦いに巻き込まれる事なく鬼に立ち向かうのは難儀する


次の日の朝、日が出る少し前に荷物を背に括りつける。子供達に見つからないよう、村人が活動を始める前に出発することにしている


俺の肩に一羽の鳥が降りたって ツィー、と鳴いた。神から遣わされた案内役だ。こいつが次の地まで導いてくれる

「よろしくな、相棒」

俺は刀を背にかつぐと、その鳥が飛び立つ方向へと宿り木の枝から隣の木の枝へと渡り始めた

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