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新人

仲夏(ちゅうか)の月 1日 征討士本部


 月が改まった。日頃ならば特にどうということもないことだが、この月は違う。麗春の月に初期訓練を終えた新人が本部に出入りを許される月なのだ。

 征討士が嫌われ者なのは今までにも述べたとおりだが、人の気持は勝手というか、成る(・・)分になると話は違ってくる。


 なにせ征討士が正式には征討騎士というように、1代限りとはいえ騎士なのだ。平民が騎士位を名乗れる機会なぞ、それこそ戦場で功績をあげて、良い主人を持った時ぐらいだろう。

 それが毎年行われる試験に合格すれば、成れる(・・・)というのだ。日頃の言い草を放り投げて、気合を入れて受かろうとする者が絶たない。要は職業としての人気で言えば、冒険者より余程高いのだ。


 しかし、そこは国の機関だ。征討士の試験は生半(なまなか)のものではない。特に武芸の壁はかなり高い。だからまずはどこぞの道場で剣を学ぶか、兵士にでもなって腕を磨くかして、挑むのだ。

 ちなみに、ジラレスとミテスなぞは試験教官を叩きのめして合格しているが、これは例外というものだ。


 そうして合格した者達が、今度は征討士としての在り方などの座学を経て、正式に配属されるのだ。


 といってもジラレスは至ってのんきに構えていた。今年は中々豊作だったらしいと耳にはしたが、人使いの上手い中級征討士のところに配属されるのが常なのだ。タースなどがそうで、毎年中々の人材にしたて上げる。

 そう思っていたのだが、自室の前にまだノリがかかった真新しい軍服を着た女が立っていた。栗色の髪の毛を後ろに束ね、小柄な顔はリスのように可愛らしい。腰には標準的な剣を帯びている。

 彼女は胸に手を当て、ぎこちなく一礼をすると、元気な声でジラレスが聞きたくなかった言葉を口にした。



「下級征討士ローレンと申します! ジラレス班に配属となりました! よろしくお願いいたします!」

「……ああ、ジラレスだ。よろしく頼む」



 後刻、団長室で抗議の声をあげるジラレスを見ることができる。



「なんだって、うちの班に新人が配属されるんですか!? 本人のためにもなりませんよ!」

「まぁ落ち着け、ジラレス」



 征討士団長アーレはそら来たとばかりに、面倒そうに応じた。ジラレスが抗議に来ることを事前に予想していたであろうことは落ち着いた態度から分かる。



「そもそも、極めて優れた成績で試験を通過した者は、上級征討士の班に配属されること。これは不文律のようなものだ。あと、君のせいでローレン君は配属先が決まったとも言える」

「俺、いや、私の?」

「君とミテス君が問題児なのは、私も知っている。だが君への評価は極めて高い。なにせ紙に書けば“武勇に優れ、極めて職務熱心。あげた功績は数しれず~”とまぁこんな風になってしまう。上の人事からすれば、これは今まで二人でいたほうがおかしい、とそうなる。君は知るまいが、今までは私ものらりくらりと躱して来たが、まぁなんだ運が悪かったな」

「運で配属先が決まったと?」

「正確には上の方が身を入れて騎士団の再編にとりかかったのと、時期が重なったというべきだな。勇者殿はじめ、数多の英雄たちが冒険者から出ているのに対抗してのことだろうが……まぁなんだそうなると、私もいくらか流れに乗らねばならん。それとも首がすげ変わった方が良かったか?」

「むぅ……アーレ団長には恩がありますので、引き下がるを終えないということですか」



 職務熱心(・・・・)なジラレスと、騎士らしさを欠片も持ち合わせていないミテスが、これまで思うがままに行動してこれたのはアーレが成果主義だからだ。騎士らしさを求める団長に変わったら、それこそたまらない。結局ジラレスは折れることになった。



仲夏(ちゅうか)の月 1日 征討士本部、ジラレス班室


 その部屋はジラレスが上級征討士に上がった(・・・・)時に貰った部屋だったが、今までは単なる物置として使われていた。

 書きつけの書類がホコリにまみれて、角には蜘蛛が巣を作っている。これまではミテスと二人だったのでこのような部屋は必要なかったのだが、アーレの態度からすると4人目、5人目とさらに増えるかも知れない。

 月の初めはまずこの部屋の汚れと戦わなくてはならないが、幸いなのは調度品などもそのまま残っていることだった。ジラレスとローレンは平服に着替えて、整理を始めた。



「掃除が初任務とはツイてないねローレン」

「いえ! 一から積み上げるようで光栄です!」



 正気かコイツは、というジラレスの目線を受けながらローレンは、ホコリにまみれながら猛然と掃除を進めている。

 ミテスは軍服姿のまま、窓に腰掛けている。はなから手伝うつもりはないのだ。それなら来なければいいものを仲間外れは嫌なのだ。



「とりあえず使えれば良いから、ザッとやっちゃってくれ。俺は書類と備品の整理をするから」

「了解しました!」



 書類の束を何も入っていない本棚へと移していく。それはジラレスの活動の歴史でもあった。ミテスは報告書など書かないので、最後に署名だけしてある。

 次に部屋の隅でひっくり返っていた丸いテーブルを設置して、ハーランド王国の地図を貼り付ける。

 そうやっている内に、ジラレスも何となく楽しくなってあっという間にジラレス班室はその機能を取り戻した。


 武器かけにいくつも剣が並ぶことになったのはジラレスも驚いた。何かのきっかけで貰った物を放置していたのだ。そのうちの一つにジラレスは目を留めた。



「ローレン、銀の武器はもう貰ったかな?」

「? いいえ、そういったものは支給されておりません!」

「じゃあ、貰うまでこれを持っておきなさい。死霊何かを相手にする時に使う武器だ。俺は特殊能力(アビリティ)があるから使わないんだ」

「ははーっ! 光栄です!」

「君の受けた教育、なにか間違ってない?」



 銀には浄化の力があり、アンデッドを相手にする場合は銀の武器を持つのが普通だった。人間を相手にするのが征討士の基本とはいえ、遠出をする時は必須となる。

 ローレンは銀剣を抱きしめるようにして抱えている。こうも素直な征討士を見るのは、ジラレスにとっても初めてだった。人間的には好感が持てても、相手は冒険者だ。嘘もつけば、平気で卑屈になれる者もいる。そうした場合、いかにも心もとない気がする。



「ミテス……初めての後輩に何か言うことはないのか」

「……死なないよう、がんばる」

「はい! 頑張ります!」



 ミテスは新人にもあまり興味をひかれなかったらしい。言葉とは裏腹にいつ死んでも構わないような態度である。

 その時、開きっぱなしだった部屋の扉が叩かれた。タースだった。



「ジラレス。アーレ団長が一段落したら来いってさ。新しい任務だろう……うん、見ない顔が一人いるな。とうとう入ることになった新人ってのはそいつか」

「初めまして! 下級征討士のローレンです!」

「中級征討士のタースだ。ジラレスは硬いことは言わないし、なにより強い。色々見て学ぶと良い」

「……じゃあ、今から行くか。二人共、俺は団長室に行ってくる。その間、仲良くな」



 軍服に着替え直して、団長室へ向かおうとすると、タースがまだ立っていた。口元がにやにやとしており、ジラレスをげんなりさせる。



「かわいい嬢ちゃんじゃないか」

「可愛げが有りすぎる。うちの班は特に荒ごとが多いんだから、ならずものみたいなやつの方が良かったな。タースは引き取る気はないか?」

「ないね。贅沢言うな、うちの班なんて新人3人入ってきたんだぞ。手一杯だ。思うに団長もそろそろお前にも上に立つ人間になる準備をさせておこうって肚だろう」

「なんのために?」

「跡目のために。上級はおまえさん以外、いい年したおっさんの上人数も少ない。ここらで次の団長を育てようってなっても不思議じゃねぇ」

「悪い冗談だ。団長にはタースの方が向いてるよ。何人いても上手くまとめるじゃないか」

「団長に何を求められるか知らんが、俺の能力は前線指揮官ってやつだからな。騎士団を動かすのに向いているとはおもえねぇ。いいじゃないか、俺はおまえさんにならこき使われても納得する」

「本当に悪い冗談だ」



 タースはジラレスの肩を二度叩くと、団長室の前で別れた。別に合同任務というわけでもないらしい。ジラレスはもう一度悪い冗談だと呟いて、団長室の扉を叩いた。



 

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