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お茶会

・麗春の月25日夕刻 ハーランド王国大聖堂


 日が徐々に傾き始めた時間帯に、ジラレスは幼馴染の“勇者”アランに呼び出された。アランは帰ってきてから数日空けて、ようやくわずかな時間の隙間を見つけることができたのだった。

 かくして、もうひとりの幼馴染“聖女”レーフィアの主催のもとでお茶会と相成った。ジラレスもミテスは伴ってないし、アランも仲間を連れていなかった。

 相変わらず派手な大聖堂から、レーフィアの執務室へと通されたジラレスとアランは少し苦笑いした。どうにか派手さから逃れようとしたかのように、整然とした室内に幼馴染が変わっていないことを思ったのだ。



「ではアランの帰りと、再会を祝して……乾杯ではありませんね。この場合、なんと言ったら良いのでしょうか?」

「まぁ茶会だしな。普通にやれば良いんじゃないか?」

「普通が分からないから困っているんじゃないですか」



 カップにスーッとした匂いがする茶を注がれた。菓子も素朴なものだが、レーフィアの手製だろう。“聖女”が台所に立つとあって少し揉めただろうなと思うと、笑いを誘った。



「なんです?」

「いや、なにも。なぁアラン」

「確かに何でもないな。レーフィアが変わらなくて安心したって話だ」



 釈然としない顔をしたレーフィアとも合わせて、3人はカップを高く上げた。乾杯の代わりである。レーフィアの白くて細い指と、男二人のごつごつした手が印象的である。



「それにしても時間ができるまで、こうもかかるとは忙しいねアランは」

「いや、単なるご機嫌伺いだよ。しょうもないことに軍議は一回開かれただけだ。あとはおべっか使って恐縮してみせたり、夕食で戦いの様子を誇張して語ったりとか……マナーについてはある程度多めに見てくれるだけありがたいがな」

「へぇ、勇者も大変だね。俺はお目見えじゃないから王様やらに一生会うこともないだろう。楽でいい」



 勇者といってもしがらみから抜け出せるわけでもないものだった。数々の武勇伝に彩られ、大功もあげてアランは勇者と呼ばれるようになったわけだが、お城の人々からすれば貴族から輩出したかったのではないだろうか。

 アランに断絶したハーヴェイ家を名乗らせたのも、平民を敬いたくないという貴族の妥協点のように思える。そのあたりをつつかれて、アランはレーフィアを巻き込んだ。



「レーフィアも王様とは会うんだろう? その辺、やっぱり面倒じゃないか?」

「神事のときはお会いしますが、口を利くのはそう多くないですね。私の場合、聖堂が後ろ盾にありますから、どちらかというと警戒しあうような形になってしまって」 



 国王は確かに頂点に立つものだが、それも盤石というものではない。特に聖堂はけが人や病院の治療にあたることもあって、国民の人気が高い。しかし、様々な儀式に欠かせない存在であることから切り離せない。どちらも気苦労していることだろう。


 話を聞いているうちにジラレスはおかしくなって、喉を鳴らすような笑いをもらした。



「どうした? ジラ?」

「いや、親なし三人組のうち二人が国王陛下を困らすとは、偉くなったもんだなと思ってさ。生まれが全てと思ってるような連中は、さぞ嫌な時代に生まれてきたと嘆いているだろう。そんなふうに考えるとおかしくってね」

「ジラだって騎士じゃないか」

「1代限りだし、嫌われ者だ。団長にでもなれば別だけどね……絶対務まらないよ。だが、俺はそれでいい。お前達が掃き清めた道に、汚れは絶対許さない」



 ジラレスはすでに上級征討士。年齢を考えれば異常だが、組織内での出世は頭打ちだ。なぜなら征討士の刃は常に国内に向けられ、得る土地だとかそういったものが一切ない。褒美を出そうにも出すものがない。

 勲章や報奨金にでも期待するしかないが、当のジラレスが見返りに無頓着だった。



「ジラ……」

「おしゃべりが過ぎたね。レーフィア、このお茶に酒とか混ぜてない? 口が軽くなってしょうがない」

「入れてませんよ。ジラレスのそういうところは徳ですが、自虐と紙一重です。卑屈なようにならないでくださいね。部下を持つ身なんですから、周囲にも影響しますよ」

「部下っていうと、あのちっさい女の子か。あんなに華奢で、あらごとなんか務まるのか?」

「むしろ、務まりすぎてて困ってる。どうやって育てたら良いのやら。純粋な殺し合いなら俺より上手いんじゃないかなってほどだが、中級に上げるには一般常識がなくてなぁ……」



 話は段々と明るい方向へと移っていった。自分の周囲はどうだとか、旅先での面白い出来事などにだ。こうなると話はアランの独壇場だ。ジラレスとレーフィアが基本的に王都内にいるのに対し、アランは人間の勢力圏を広げようとする最前線にいるのだから。



「やっぱり困るのは糧食だな。基本的に魔獣やら魔族だのの生息域では、現地採集はしないことになってるんだ。食べたら死ぬリンゴとか、どこのおとぎ話だ! っていうのが本当に生えてるからな。そりゃ食えるものもあるんだろうが、試す気にはなれない。結局、堅焼きパンや干し肉なんかで飢えをしのぐことになる」

「勇者様の華々しい活躍も、間は地味で質素というわけか。世知辛いね……魔獣は郊外にたまに出たり、冒険者が討伐してきたりもするが、魔族っていうのは見たことないなぁ」

「会わないにこしたことはない。なまじ会話が成立する分、戦い辛いんだよ」



 会話が成立すると戦い辛いと聞いて、ジラレスはアランの優しい性根が残っていることを嬉しく感じた。ジラレスなぞ同じ人間を殺しているのだ。確かに後味は悪いが、躊躇したことはない。

 奇妙な感慨だが、アランが自分とは違うということがジラレスにはたまらなく誇らしいのだ。



「食い物といえば騎士団生活ってどんな感じだよ」

「生活自体は見習い期間が終われば、別に普通だよ。寮内の飯は質素で不味いから、外回りの時にその辺で済ませるのも楽しみの一つかな。流石に冒険者通りでは楽しめないけど、他の店に行けば中々」

「くそっ、羨ましいな。レーフィアは……聞くまでもないか」

「そうでもありませんよ。チーズやバターは各修道院で作られていますから、全く味気ないということはありません。確かに肉や魚はほとんど食べませんが、それ以外は知恵をしぼって色々な食べ方を試していますよ」

「じゃあなんだ? 食い物に苦しんでいるのは俺だけか?」

「別にそういう訳じゃないよ。任務で王都の外に行くときは俺も似たようなものだし。大体アランは王城に帰った時は豪勢だろう?」

「豪勢過ぎる上に、人の目があるから食った気がしねぇんだよ! アレだな、次に会う時はどっかの飯屋にしよう」

「顔を隠して行くことになる気が……食い物ついでに聞くが、今日は晩餐会みたいなのは無いのか?」



 既に日は傾いている。明るさは夜の闇に取って代わろうとしていた。それを見たアランはあたふたと立ち上がる。



「いっけね。忘れてた。じゃあ俺はこれで失礼する! 今度帰ってきたときも3人で集まろうぜ! 絶対だぞ!」

「無理矢理にでも連れて行くから安心しなよ。次はもうちょっと落ち着いた時が良いな」

「神のご加護がありますように……」



 三者三様の短い別れを交わす。無事に帰ってくるだろうと、皆が信頼している。だからこそ、アランはそれに応える“勇者”なのだ。

 嵐のようにやってきて、同じように去っていった幼馴染を寂寥とともに見送る。明日からまたそれぞれの生活が始まる。ジラレスはあの幼馴染のためにも悪の冒険者を許さない決意を、再び硬く誓った。

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