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勇者

・麗春の月15日朝 ハーランド王国大聖堂


 この日、珍しくミテスは単独で行動していた。別に重大事ではなく単なるお使いである。レーフィアに貰った菓子のかごを返しに来ただけだ。

 ミテスがその辺の修道女にでも渡して返そうと思っていると、朝の礼拝が終わったばかりでレーフィア本人と出くわした。

 ミテスはできるだけ丁寧な動作でかごをレーフィアに向けて差し出し、自分は用意していた紙を開いて、読み上げ始めた。



「今回はかくべつのごはいりょをたまわり、感謝の念にたえません。ちりょうが上手くいくことをねがっています。ついしん…? きんしんは10日ですみました」

「はい。ありがとう、ミテスちゃん。良かったらお茶にしましょう。任務は今のところないんでしょう?」

「ジラが動けるようになるまで、なにもするなって言われてます」

「あらあら」



 レーフィアはミテスの言葉を嬉しく思った。少なくとも当面の間はミテスが普通の女の子でいられるということだ。

 ミテスを知る征討士は不気味に思うのが半分、哀れに思っているのが半分といったところだ。それも当然というべきか、年齢にそぐわない戦闘能力と呵責の無さはミテスを浮かせる(・・・・)のに十分だった。例外はジラレスぐらいのものだ。


 外からそれを見ているレーフィアとしてはとんでもない。ごく真っ当にミテスのような小さい子が、征討士などという危険な仕事に就いているのを心配していた。

 ジラレスからミテスは強いとは聞いているものの、その光景を見たことはない。仮に強くとも、もっと平和な道を歩ませるべきではないか。

 そうは思うものの、ジラレスが容認している以上、何も言えないレーフィアである。


 奥の部屋にミテスは通され、レーフィアがテキパキとした動作でお茶を淹れるのをぼんやりと見ていた。あっという間にミテスの前にあるカップに茶が満たされた。



「いただきます」

「はい。召し上がれ」



 礼儀も何もない動作だが、ミテスの動きは不快に思われない。音も一切立てないし、こぼすこともない。それは戦いのための動作とぴったりと一致しているからだ。

 それでいて見る分には樹の実にありついたリスのようだから、微笑ましささえ感じさせる。



「ミテスちゃんは……征討士のお仕事、好き?」

「うーん、ジラと一緒のときは楽しいです。誰を殺して良いのかとか、やることをジラが教えてくれるから。それにジラはおかしな目であたしを見ないし」

「おかしな目?」

「ちょっと違うけど、人が魔物を見るような目に似てる。皆、あたしとやってること変わらないのにね」



 レーフィアは少しどきりとした。自分もミテスをそうした目で見てなかったと言えるだろうか? 悪意は無かったと断言できるが、公平な目で見ていたかと言われると自信が揺らぐ。

 どうしてジラレスは彼女に慕われているのか……それが分かったような気がした。


・麗春の月22日朝 平民街区、冒険者通り


 予定通りジラレスの謹慎は解かれたが、“辰砂(しんしゃ)の貝”の再調査からは外されてしまった。もとよりあそこからアレ以上の情報は出るまいと思っていたジラレスは、あっさりとそれを受け入れた。



「しかしまぁ、具体的な任務もなしの見回りとは随分とお見限りだ。ミテスには退屈だろうが、辛抱してくれよ?」

「うーん、死んだほうがいい人がいないっていうのはいいこと?」

「まぁ良いことだが、どこに隠れているか知れたもんじゃないからねぇ。とはいえ……」



 征討士の黒い軍服を着て歩く、ジラレスとミテスに注がれる目は冷たい。考えるまでもなく、冒険者にとって不快な存在であるからには、冒険者通りを歩いていて好意的に見られるはずもない。

 仮に冒険者が一方的に悪い場合でも、仲間意識から悪者は征討士の方になる。冒険者は征討士を“犬”と呼び、蛇蝎のごとく嫌われているといっていいだろう。

 実際、征討士団は個人としても組織としても強くなりすぎた冒険者に対抗するために作られた意図もある。表向きも裏向きも征討士と冒険者は、犬猿の仲といえる。



「刺激されて向こうから喧嘩を売ってくる場合もあるから、見回りも大事な仕事だよ。こっちから仕掛けないようにしないといけないがね」

「あ、ジラの腰がバキって言った」

「運動不足だ。謹慎中に細々としたことを全部やってたから……椅子に座りっぱなしの10日間は流石に不健康だった」



 そんないわば“敵地”にあって、ジラレスとミテスはまるで兄妹のように気安く振る舞っている。これも二人が誰に因縁をつけられようが、戦いの心構えができているからであって、決して気を抜いているからではない。

 ところが思いがけないこともあるもので、二人を見ていた冷めた目線が揃って外れた。誰もが目に熱を通して、あっという間に向かい側に人だかりができたではないか。



「喧嘩でもあったのかな」

「見てみるね」



 そういうとミテスはジラレスの肩に登り、軽業師のように二人分の高さで先を見た。そして再び地面に戻る。



「どうだい、ミテス」

「んん、向こうから来た誰かに……声をかけてるよ。それに人だかりが右と左に分かれてきてる。向きはこっちに来てる」



 次第にジラレスにも事の次第が分かってきた。どうもとんだ有名人が来たらしい。

 と思った次の瞬間に、群衆のあげる声でそれが誰か分かってジラレスのアゴがカクッと開いた。


 ――勇者様! 勇者様! 勇者様!

 ――アラン! アラン! アラン!


 ジラレスはその声に誘われるように前に歩き出した。向こう側から来るのは美しい女冒険者に囲まれた一人の男。光沢を持ったような赤い髪に美形といって良い顔立ちで、目は鋭さと柔和さを見事に両立させている。

 黒の征討士が前から近づいて来たとあって、豊満な女戦士が大斧に手をかけた。神官のような装束をした女性が杖を握りしめた。魔法使いとしか見えない三角帽子を被った美女もそれにならう。

 群衆もそれに気付いて、ジラレスに敵意を向けたが、それら全てを押しのけて“勇者”と呼ばれている赤髪の冒険者がジラレスに向かって走り出した。ジラレスもそれに応えるように走る。誰もがあっけにとられていた。



「アラン! アラン・ハーヴェイ!」

「ジラ! 待ってたのか!? この悪党め!」



 二人はがっしりと抱き合った。征討士と冒険者は不倶戴天のはず。だが例外も存在した。冒険者の最高位、いずれ魔王を討つと目された男アラン・ハーヴェイ。ジラレスの幼馴染である。



・麗春の月22日朝 平民街区、大通り


 むっつりとした女性陣を背後に、並んで歩きながらジラレスとアランは喋りまくっている。ミテスも相棒がこれほどおしゃべりなのは見たことがなかった。



「レーフィアはどうしてる? あいつの性格で“聖女”なんて、いじめられてるんじゃないか」

「いや、どう考えても逆だな。アレが周囲をいじめてる。大聖堂の中はあいつの天下だ。仕事で世話になることも多くてな。この間も……」



 話題が尽きることもない。二人の間には確固とした絆があり、誰も踏み入れることができないような空気を作り出していた。

 こうなると面白くないのは三人の女冒険者達だった。彼女らは明確にアランに対して好意を持っていた。ところがそんな自分達には見せない顔をアランがジラレスに向けるのは面白くない。ただでさえ征討士という相容れない間柄なはずなのに、アランはそれにまったく頓着していない。



「そういえば、そもそも何で帰ってきたんだ? 冬の出征式の時でお別れになるかと思ったよ、俺は」

「ああ、そうだった。僕もそう思っていたんだが、同道している戦士団が予想以上に疲弊してね。王様に呼び戻されたんだ」

「軍の先陣ってのも大変だな。じゃあ、これから王城に?」

「ああ。用事が済んでから、時間が有れば三人でどこかにくり出そう」

「レーフィアに酒を飲ませるのは止せ! この前でこりてないのか、お前は!」

「ハハッ。それなら茶会ぐらいなら構わないだろう?」

「じゃあ一旦、お別れだな。これ以上お前を独り占めすると、絞め殺されそうだ」

「? 誰にだ?」

「気付かないのは幸せなのかね? まぁ俺も謹慎明けであんまり仕事を怠けているのもマズイんだ。後日、誘ってくれ。大聖堂にでも連絡してくれれば、分かりやすい」

「ああ、またなジラ!」



 二人はその強い結びつきとは裏腹に、あっさりと道を分かれた。ミテスも、アランの仲間も拍子抜けした。それはまたすぐ会えると、長年の付き合いで知っている者同士の後悔のない別れ方だった。

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