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ポーション

・麗春の月7日午前 征討士本部


 ハーランド王国、その首都。征討士(せいとうし)本部の自室でジラレスは目覚めた。黒い髪を適当に撫で付けながら、緑色の目が完全に開くまで、しばらくの時間を要した。


 征討士は力を付けすぎた冒険者という個人。そして冒険者組合に対するカウンターとして作られた。要はあくどかったり、反国家的な手合を処断するのだ。


 次の任務は翌日からで、今日は非番であるはずのジラレスだが……起きて団服に着替えると資料の束を持ったまま食堂に向かった。そして朝の素朴な食事を片手で食べながら、もう片方の手で資料を読む。豆やら何やらの味は全く感じていないだろう。

 まだまだ若いジラレスだが、上級の冠をいただいているのには理由がある。どうにもこの男は仕事中毒じみた悪癖を持っているのだ。

 ちなみに征討士は下級、中級、上級と単純な構造になっている。



「“真紅のサソリ”……“真紅のサソリ”……おっかしぃな。非合法の薬物に手を出すような集団には見えんがねぇ。うーん」



 資料を見る限りでは“真紅のサソリ”はモンスターを倒して報酬を得る。いわば武闘派であり、同時に子供がイメージするようなわかりやすい集団だ。

 冒険者にも多くの種類があり、貴重な資源を採取する集団もある。だが、“真紅のサソリ”はそうではないし、手を出すノウハウがあるようにも思えないのだ。



「そいつらが扱っているのは水薬(ポーション)なんだが、売り方がおかしかった。素人丸出しだが、まるで借金に追われるように売り買いしていた」

「タース。そういえば元々あなたの受け持ちだったな。してやられるとは珍しい」

「面目もない。あの“カワセミ”とかいうヤツの素早いこと! 一網打尽にしてやるつもりだったが、連絡を許す隙を作らせてしまって、“真紅のサソリ”を捕らえる計画がおじゃんだ」




 向かいの木椅子に金髪を刈り上げた男が座っていた。タースである。

 年の頃はジラレスの一回り上だが、未だ中級征討士である。だが無能ではなく、見た目に反して人を使うのが上手い。集団を運用できる男であることから、自分より上等な人間とジラレスは考えている。

 階級はジラレスが上だが、年齢はタースの方が上なので、知らずのうちにかバランスをとって親しげな会話になってしまう。



「そのポーションは確保してないか?」

「いや……ちょっと先走ってしまったな」

「団長はその“カワセミ”を生け捕りにする方針のようだが……」

「まぁ連絡役かも知れんからな。時間をかけて捕まえる気なのだろうさ。その間に構成員の何人かは逃げちまうだろうによ」

「ふーん。団長は書類畑の人だからなぁ。だからこそ俺が勝手にできるんだが……できるだけやってみるかね、一網打尽とやらを」



 ジラレスは立ち上がって軍服の外衣をはおった。非番の日にどこかへと行き、調査しようとする彼をタースは呆れたように見上げた。



「どこかアテがあるのか?」

「水薬を売っているんだろう? いや売り買いと言っていたな……どっちにしろ、聞くなら一番詳しいやつに聞くのが一番だ」



 ジラレスはそのまま扉へと向かっていってしまった。タースの手元には食器が残され、短い悪態が吐き出された。


 この世界には傷を癒やす手段がいくつもある。錬金術師や聖職者が特殊な薬草を使って作り出すポーションと呼ばれる霊水薬。あるいは魔法、これも聖職者が主な使い手だ。最近になって研究が始まった技術的な手法、などなど。

 色々あるが、結局は宗教が元締めだ。つまりは聖職者へ会いに行くのが手っ取り早い。



・麗春の月7日正午 ハーランド王国大聖堂


「最近になって、要治療者が減ってるようなところとか……ポーションの流通で揉めたところはないかな?」

「会うなり、いきなりですね。いいですかジラレス、貴方のそういったところが誤解を招くのです。過度の装飾は確かにつつしむべきですが、同時に挨拶ぐらいは忘れてはいけません。貴方も本当は優しい人だということを理解してくれる人は必ずいるのですから」



 “聖女”レーフィアの説教にジラレスは頬をかいた。こうなると長いことは身にしみて知っていた。

 “聖女”という称号はレーフィアが尼僧(にそう)の中で最も神に近く、力量があることを示している。そして驚くべきことにジラレスに二人しかいない幼馴染の一人である。


 きらびやかという言葉がそのまま具現化したような大聖堂。その一室でのことである。

 レーフィアは真白い髪を長髪にして、滝のような威厳を誇っている。顔立ちも整っており、どこぞの王様が不躾に結婚を申し込んだという話も嘘ではないような気がする。



「私でも街の全てを把握しているわけではありませんよ。ただ……毒の治療が増えたような気はしますね」

「聖堂の中は把握しているわけね……毒? 毒を盛られたら駆け込んでいる暇なんか無いだろう」

「毒といっても様々な種類がありますから。動悸が止まらなくなったとか、熱が下がらないとかそういった種類でした」

「ははーん。なるほど、それが噂の違法薬物か」

「……麻薬の類でしたか。もっと話を聞くべきでしたね。しかし、そういった代物は普通なら治してほしくないのが、快楽による堕落ではないですか?」

「ちょっと妙なところがあるんだよ。今回の担当任務は……って本当は明日からなんだがな」

「それでミテスちゃんがいないのですね。いいですかジラレス。貴方の仕事は他人より理解しているつもりですが、熱心さも過ぎれば毒です。私の解釈ですが、神は命を削ってまでの奉仕は望んでいませんよ」

「分かってはいるが、お前やアランのことを考えるとな……お前達が通った後に悪が残るのは許せんのだ。俺にできる範囲は限られているが、こればっかりは性分だな」

「はぁ……私だけではなくアランの名まで出されれば、何も言えないではありませんか。本来は秘匿ですが症状を訴え出た人々の街区を後で届けさせます。くれぐれも無理はしないよう」

「分かっているさ。礼を言う」



 外衣のシワを伸ばしてジラレスは出ていく。その背中に向けて呆れたような目線が突き刺さった。本当は分かっていないだろう、そう言われた気がしてジラレスは苦笑いした。



・麗春の月8日午前 平民街区


 大聖堂を訪ねた翌日から任務が正式に始まった。レーフィアから届いたリストをもとにして、治療を受けた男を尋ねると案外に素直に話が進んだ。



「すげぇ効くって噂だったんですよ。冒険者でもちょいと名の売れた人たちが売ってるってんで、安心しましてね。それが飲んでみりゃ、確かに体はカッカするんですが目がくらむような……そうそう、大昔の酒を飲んで悪酔いしたようになりましてね」

「なるほど。その薬、残ってはいないかね?」

「ええと、飲みかけでしたら半分ぐらい……それでいいなら持っていってくださいや。俺も表立って悪口を言う度胸はねぇですが、調べてくださるんならスッとしまさ」



 男は一度室内に引っ込むと、紫色の液体が入ったガラス瓶を持ってきてくれた。ジラレスはそれを受け取って、代わりに服の内側から出した金貨一枚を握らせる。



「ありがとう。少ないが取っといてくれ」

「へぇ! これなら治療費も元が取れまさぁ……ところで、お役人様。その子供は……」

「ああ、気にしないでというのも無理な話だが、これでも同僚なんだ。天才ってやつだね」

「へぇ……あ、じゃあ俺はこれで……」

「ああ、ありがとう」



 好奇心半分、関わりたくなさ半分といった感じで男は家の扉を閉めた。


 ジラレスは手に入れた瓶を太陽の光にかざしながら揺らしてみる。入れ物のガラスは他のポーションが入ってる瓶と変わらないのが気にかかる。

 そうしているとミテスに服の裾を引かれた。



「ジラ。それ、飲むの?」

「いや、流石に飲みかけはちょっと……」

「それがいいよ、それ何だかおかしな匂いがする」

「おかしな? 君も普通のポーションは飲んだことがあるだろうに……だが、ミテスの感覚を信じよう。ふぅむ普通と違う? 匂いで分かるくらいに……確かに紫色というのも、ないわけではないが珍しい……」



 その時、ジラレスの頭にピンと来るものがあった。任務は“カワセミ”ソーンの捕縛だ。それは間違いなく優先するが、おまけがあっても良いだろう。絵図を脳内に描きながらジラレスはミテスの髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

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