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初ゴブリン

仲夏(ちゅうか)の月21日 ハーランド王国 アトフォード


 朝早くジラレスは目を覚ました。ミテスとローレンはまだ寝ている。誰も起こさないようにしながら、簡単な身支度を整えて外へと出ようとした。

 宿屋の主は少し驚いた顔でジラレスを見てくる。朝食の仕込みなどを行っていると、早起きする必要があるらしい。中々世の中で皆が落ち着いている時間というのは無かった。



「あら、ジラレスさん。あんた早起きだね」

「野宿に慣れると、こうなりますよ。散歩がてら街の通りを覚えていこうと思いましてね」

「朝食までには帰っておいでよ」

「こうも良い匂いだと、帰らないといけない気になってきますね」



 ジラレスは何となく暖かい気分になった。征討士として仕事をしていると、成果を持ち帰る以外に帰りを期待されるというのはほぼない。

 冒険者もそれなりに荒くれ者扱いされる仕事だが、表向き温厚な性格と金払いのよさで気に入られたらしい。そこまで見越して斡旋所が宿を紹介したわけではないだろうが。


 さて、宿屋で言ったことは嘘ではない。この街の地理に精通するのは冒険者でも征討士でも必須とジラレスは考えている。追う側と追われる側どちらになるにせよ、道を知りませんでは笑えない。

 一日で覚えられるわけもないので時間をかけることになるが、冒険者稼業をしながらでも見ることはできる。それにわずかな努力をプラスするだけだ。


 朝の清涼な空気を味わいながら宿屋のある通りの店の名を覚えつつ、ジラレスは戻っていった。


 戻るとローレンが起きてきたところだった。ミテスが起きないということだったが、ジラレスとローレンにとっては旅の間で当たり前になっていた。

 この日も仕方なくジラレスがほとんど寝ているミテスを背負って下に運んだ。辛うじて目は覚めているらしいが、寝ぼけのような状態だ。そのまま椅子に乗せると、半分以上目を開けたまま器用に座っている。



「あらまぁ。この子は目が覚めてないんじゃないかね」

「一応、起きてはいるんです。この状態で飯も食いますよ」

「うちの娘だったらぶっ叩いてるところだよ。でも綺麗な顔をしてるしねぇ」



 朝食はおおぶりなパンと、肉と芋のスープだった。パンには何か工夫がしてあるのか、香ばしさとともにしっかりと味が感じられた。

 これまで旅を続けてきただけあって、温かい飯が用意されているだけでもありがたいというのに、味もかなりのものなのだからジラレスはもう宿を変える気は無くなっていた。いつの間にかミテスもしっかりと起きていた。

 チップとして料理人に銅貨を握らせた後、三人は出発の準備を始めた。



「冒険者としての在り方とか心構えってあるんですか?」

「油断しない。死なないようにする」

「それって凄く当たり前のことなんじゃ……」

「だから大事なんだよ。どっちの仕事もね。いや、冒険者は人間以外を相手にすることが多いから特にだな。死んでる相手の首を刎ねてちょうど良いぐらいだ」

「はぁ……何だか実感が湧かないですね」

「これに関しては実際に味わってみないと、なんともな……ミテスもそうだぞ。人間と違って相手は一発で死んでくれないこともある」

「何度も刺す? 楽しみだね、ジラ」



 笑顔で物騒なことを言い出すミテスだが、苦笑いする他ない。あながち間違ってもいないのだが、楽しめるかどうかはミテスの好みの範疇によるだろう。

 征討士と冒険者の危険は種類が違う。ローレンも筋が良い。単純に強さを言うなら一人でもある程度任せられるのだが……そう上手くはいかないはずだ。願わくば冒険者としても才能があって、力を十全に発揮して欲しいが、あまりに虫の良い話だろう。

 当面は冒険者に専念して、ジラレスが二人の面倒を見ることになるだろう。



「さぁ、初仕事に行ってみようか。死なないようにする、忘れないことだ」



 それが本当に大事か、ミテスとローレンは理解できているだろうか? おおっぴらに口にはできないが冒険者稼業はあくまで征討士としての仕事に含まれているのだ。

 征討士として名をあげるのではない。冒険者として名をあげて、この地において麻薬製造の材料を確保している連中を見つけ出すのだ。それまでは死ぬに死ねない。

 だが、ジラレスはいちいち詳細を語らなかった。無邪気な二人の新人は良い隠れ蓑になる。武術の腕も立つので、地位が上がるのも早いはずだ。上手く行けば汚れ仕事は自分一人で済む……ジラレスはそう考えていた。



仲夏(ちゅうか)の月21日 ハーランド王国 アトフォード 冒険者の酒場


 昨日とは違う時間に来たためか、酒場はそれなりに賑わっていた。柄の悪さはそれほどではないが、少しばかり秘密主義的な面が強いようで、銀の腕輪をしているジラレスを見るたびにどのテーブルもヒソヒソとささやきあっていた。



「一部の冒険者は伝手(ツテ)があるか、名声で依頼が直接来ることもあるけれど、そうでない大部分はこういう掲示板に貼ってある依頼を受けてこなしていくんだ。そうしているうちに評価が上がっていき、この腕輪を採用している冒険者組合は位階を上げていく」

「はぁ……木の次はなんです?」

「石。そこから鉄、銅、銀、金と上がっていく。とりあえず鉄を目標に頑張って貰おうかな」

「ここの紙はどれでもいいの?」

「駄目な場合はなんか書いてあるから読めば良い。とりあえずは王道でこれ行っとくかねぇ」



 ジラレスは一際みすぼらしい紙を取った。これだけはどこに行ってもある依頼なのである。大抵の冒険者がこれをスタートとして成長するのだ。



「ゴブリン退治だ」



仲夏(ちゅうか)の月21日 ハーランド王国 アトフォード近郊


 ゴブリンというのは小鬼だとか呼ばれる矮躯の人間型魔物である。人語を解する場合もあるが、有益な関係は築けないため魔物に分類されている。



「人間との違いは何かを発明したりはしないこと。同じなのは道具を使うことだ。力も弱いし、集団の数もバラバラだから脅威度は低く見られている。協調性も低いみたいだからな」



 アトフォードの近くにある林で、ジラレスは二人に講釈を垂れていた。理由は早く魔物相手の戦いに順応して欲しいことと、説明の必要があるからだ。

 ジラレスの長剣がスラリと抜かれた。そこに矢が一本飛んできて、剣で払いのけられた。



「同時に怖いのも道具を使ってくることだ。特に弓矢や投石には気をつけないと、こちらが格上殺しを食らう側になる。さ、二人で片付けて来てごらん」

「えっはっ、はい! もう!?」

「きゃははははっ!」



 流石にミテスは矢が来た方向へと既に走り始めていた。ゴブリン達の体色は様々だが、この日出くわした3体は灰色だった。遅れてローレンも続く。

 ……ジラレスが最初の依頼をゴブリン退治にしたのは、通常と逆の理由。人に近い姿格好だからだ。冒険者の中には小さいとはいえ人の姿をしているのでトドメを刺せなかった初心者もいる。

 逆にローレン達にとっては人型の方がやりやすい。元は征討士であるためだが、最初を成功体験で埋めてやりたかったのだ。


 小柄なミテスはゴブリンにとって悪夢のような存在だった。スティレットを目に埋め込まれ、瞬く間に二体が痙攣する肉塊になる。

 遅れて到着したローレンは、山賊退治の洗礼が効いたのか怖気づくこと無く、剣を上から振った後の二撃目でゴブリンを分割した。その横ではミテスがゴブリンにトドメを刺していた。


 依頼は大成功といっていいだろう。だがジラレスは二人を微笑で迎え入れながら、内心で冷や汗をかいていた。


 ……次はどうしよう。



 ジラレスは教えるのが下手だった。

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