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初陣

仲夏(ちゅうか)の月 9日 西街道 宿場町(しゅくばまち)


 携帯食料ではない朝食を楽しんでいたローレンだったが、ジラレスの発言に飛び上がらんほど驚いた。



「今日は依頼で山賊退治に行く。場所は道ぞいの丘。人数は多分10人くらいだろう」

「うん。ちょっと楽しみ」

「え、ええっ」

「何を慌ててるんだローレン。こんな場所にいる山賊なんだから、君でも十分倒せると思うよ」

「で、でもいきなり実戦なんて、心の準備が!」

「実戦はいつもいきなりだ。それとも俺の影に隠れて見ておくだけにするかい?」



 山賊といってもピンキリだが、ここで通行料をせしめようとしている輩だ。昨日聞いた話で判断する限り大したことのない連中だろう。ジラレスは正直なところ自分一人でも全滅させられると思っているが、ローレンに2,3人は仕留めて欲しいと願っている。



「それもその……」

「決まりだ。食事が済んだらすぐ行くぞ」

「うん」



 ローレンは未だ煮えきらないようだ。しかし、戦い自体できなければ何のための征討士か。といってもいきなり実戦に放り込むのが良いのかはジラレス自身にも分からない。ミテスは最初から天才的な殺人技巧の持ち主だったため、部下を育てるということを本格的にしたことはない。

 タースならどうするかな、手負いの敵を狩らせただろうか? 答えは出ない。



仲夏(ちゅうか)の月 9日 西街道 、草原の丘


 ジラレス達はさも、これから出立のように見せかけて道を進んだ。天気は快晴だが、ローレンは緊張でガチガチになっている。



「ローレン、君は試験(・・)に合格した口なんだから緊張することはないぞ。持てる力を振り絞れ、そうすれば山賊程度二人同時に相手をしても遅れをとることはない」

「は、はい……」

「……人間相手ならちょっと突いたら死ぬ。頑張れ」



 珍しくミテスが励ましのような言葉を贈っている。これは何かの前兆か? そう思った矢先に角笛の音が響き渡った。たかが山賊の癖に大仰な連中だった。


 それと同時にヒゲや髪を伸び放題にしたむくつけき男たちがこちらへ駆けてくる。馬も持っていないらしい。馬上相手なら少しは手こずるが、それすらなくなった。



「お前達! 金目のものと武器を置いていけ。そうすりゃ命だけは助けてやる!」

「……凄いな。こんな劇のようなセリフを実際言っている」

「頭! こいつら女だ!」

「よーし、よし。なら……」

「男の俺は反抗するわけだ」



 頭、と呼ばれていた男の首は気がつけば、胴から離れていた。山賊たちは何が起こったかも気付かずにニヤニヤ笑ったままだ。ジラレスの長剣はあまりに速かった。見えているのはミテスだけだっただろう。

 次にジラレスは剣を地面に突き立てて、山賊たちの後背に青炎を呼び出した。人数の劣る側が相手の逃げ場を断ったのだ。



「ミテス、ローレン、あとは君たちでやれ」

「キャハッ!」



 山賊たちが事態に気付いたのは何と、ミテスが二人目の犠牲者を作った後だった。スティレットに両目を突き刺され、頭の中をかき回された男は奇怪な叫びをあげた。



「ローレン! 君も動け!」

「は、はいぃ!」



 ローレンはジラレスによって無理やり前線に押し込まれた。山賊たちは斧や粗末な剣を構えて。大音声で叫んでいる。



「お前ら! こっちには10人もいるんだぞ! 無駄なことはやめて……」

「8人になっただろ。今、お前の後ろで一人死んで7人になったけど」



 すると、山賊はこともあろうに後ろへと逃げ出そうとして、炎の壁に取り囲まれているのに気づき、絶望の声をあげた。この山賊たちは最低も最低の手合だ。武器は持っていても、戦う術(・・・)を持っていない。



「ミテス! 3人残せ! ローレンにやらせる!」

「ええっ!?」



 ミテスは曲芸師のような動きで、賊たちの頭に穴を空けていっている。人数がこちらと同じになるまで、あとわずかしかないだろう。


 山賊の一人がジラレスの前に伏せて命乞いをした。



「駄目だ。何をしても、俺をここから殺せても、君達は結局死ぬ。最後ぐらい山賊らしく、教材になってくれよ。ローレン! コイツを殺せ!」

「は、はいっ!」



 ローレンはようやく剣を構えた。山賊も立ち上がって鼻水を垂らしながら、片手斧を構えた。どうやら双方ようやくやる気になってくれたらしい。



「ジラ、三人残したよ」

「ああ。ご苦労だったね」



 ジラレスは指を鳴らし、山賊3人とローレンを囲うように青炎を作り直した。その中でローレンは必死になっているだろう。


 振るわれた斧をぎりぎりで躱す。ローレンは突きを繰り出したが、山賊は転がってそれを避けた。立ち上がる前に振るった剣で山賊の肩を斬りつけると血しぶきがあがり、双方が驚いている。



「動きは良いのに、下手っぴ」

「ローレン! 殺さなければ殺されるのは自分だぞ! 手早く片付けないと数で劣る自分が不利だ。俺が助けてくれると思うなよ!」

「ううっ」



 ローレンは泣きながら戦っていた、殺されることより殺すことが怖いのだ。これは新兵などによく見られることで、珍しくは無い。だが、征討士となったのなら、この場でそれを克服しなければならない。

ローレンが動く。極めて優秀な成績で試験を突破したというのは嘘ではない。今度は柄を強く握って山賊の首を刎ねた。


 続けて二人目、三人目と相手が変わるたび動きがよくなっていく。元々地力があるのだ。やけになっているのもあるだろうが、ローレンもあっさりと戦闘を終わらせた。



「よくやった。これは君とミテスの働きだ。耳を集めるのは俺がやっておくよ」



 ローレンは征討士を続けることができるのだろうか? 自分の取った方針は無駄に彼女を傷つけただけではないだろうか? これもまた答えが出る自問ではない。

 ジラレスは死体から右耳を切り落とす作業を続けながら、上級征討士としての役割の重さを噛み締めていた。



仲夏(ちゅうか)の月 9日 西街道 宿場町(しゅくばまち)


 旅籠に戻ったジラレスは換金を終え、それを功績に応じた額に分けた。ジラレスが1、ミテスが6、ローレンが3の割合だ。

 ローレンの顔色は土気色のようになって、夕食も喉を通らないようだった。



「ローレン、これがお前の選んだ仕事だよ。確かに今は少しばかり特殊な状況だが、王都でも人を殺めることは多い。強制されることもない、続けるかどうかは自分で選べる。もちろん秘匿される情報はあるが……旅は明日からまた再開する。別れるなら今の内だ」

「……ジラレスさんはどうしてこの仕事を?」

「友人のため。旅の助けになれないとわかった時、ならその跡を綺麗にしておきたかった」

「ミテスさんは……」

「理由なんてないよ。理由がいるとも思わないし、なんとなく」

「ミテスの言う通りかもね。向いてる向いてないで選んだ方が健全かもしれない」



 それだけ言うとジラレスは食事の席を立った。ミテスもその後に続いた。一人残されたローレンは手を握りしめうつむいていた。



仲夏(ちゅうか)の月10日 西街道


「ローレンは来ない、か」

「戦うの面白いのにね」



 ジラレスとミテスは歩き始めた。そして、宿場町を抜けるところにローレンが立っていた。



「おはようございます! 遅いですよ、お二人共!」

「ローレン、君は来ないかと思っていた」

「もっと、お二人の後をついていきたいと思いました!」



 ローレンは朝日の下で困ったような笑みを浮かべていた。ジラレスはきっと自分もそんな顔をしているだろうなと感じた。

 三人分の影は再び街道を進み始めた。

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