宿場町
・仲夏の月 3日 西街道
用意された普通の通行証を使って王都を出たが、アトフォードの街はかなり遠い。遠くなければジラレスが冒険者に扮することもできなかっただろうから、そういった意味では好都合なのだが。
まさか馬を使うわけにもいかず、徒歩でぼんやりと過ごすことになる。旅人に言わせればそこがいいところなのだろうか。
「ジラレス様! 冒険者に成りすます努力をいまから、しておいたほうが良くないでしょうか」
「殊勝な子だね。まぁまず様付けをやめようか。さん付けぐらいが丁度いいな。あとは征討士という言葉を使わなければなんとかなる。冒険者なんて半分以上はゴロツキに毛が生えたようなもんだし、変わり者にも慣れている」
人数分の仮面は貰ってきているが、連絡役と調査は自分一人でやったほうがいいだろうとジラレスは考えている。他二人とも、調査ができるタイプの人間ではない。まぁそんな人間で無い方が、随分とマシなのだろうが。
歩くのにも飽きたのか、ミテスがジラレスの肩に登って来た。
「ローレンは冒険者についてどれくらい知っている?」
「ええと、依頼を受けて魔獣などを討伐したり、未踏の遺跡を調査したりとか……あとは護衛の任務についたり、依頼の金額次第では何でもやる集団です。常人離れした能力を持つ個人も多く、武力集団としても侮れないので、国家も無視できない存在になりつつあります」
「それだけ知っていれば良いかな……今では街と街で繋がりを作って本気で一大組織を作ろうとしているが、基本的に協調性が無いから兵士のようには上手くいっていない。だからこそ国が本腰を入れて潰そうとまではならない。案外、今の状態が一番良いのかもね」
万が一、冒険者が完全に連携した体制を作ったとしたら、国の中に異質な武力集団を抱えることになる。そうなれば対立はまぬがれないだろう。征討士は冒険者に対抗するための試験的な組織だともいえる。
「冒険者は各職業ギルドを真似て、明確な階級制度を作ろうともしている。それがこれだ」
ジラレスはローランに腕輪を見せた。くすんだ銀でできている腕輪には名前と生年月日が彫り込まれている。
「金、銀、銅、鉄、木という順番で親方、職人、見習いを真似ようとしたわけだな。というわけでローレンとミテスにはこの木の腕輪をあげよう。わざわざ登録から始めるよりも、余計な詮索を避けられるからな」
この木の腕輪は征討士団長アーレが用意したものだ。といっても偽造ではなく、本物である。征討士と繋がっている冒険者の代表もいるということだ。
「あれ? 私達は木で、ジラレス……さんは銀なんですか? なんかバランスが悪くなるような……」
「いや、俺のこれは自前。前職は冒険者だったからね」
「えぇーー!? それで銀!? 上から二番目ですか!?」
「色々あってね。既に登録されている人間が、もう一度登録しなおすというのもおかしな話になるから。冒険者活動についてはある程度知ってるから、この任務に回されたというところもあるだろうね」
だからといって二足のわらじは中々難しいと今後を思いやらずにはいられない。以前は冒険者として邁進していれば良かったのだが、今は物資の流れや同業の動向を追いつつだ。正直、ジラレスでもやれるかどうか怪しい。
だが当面は冒険者稼業に専念できるだろう。ミテスとローレンを慣れさせる意味でも、必要な時間だ。
・仲夏の月 8日 西街道 宿場町
これまで野宿に野宿を重ねてきた一行だったが、ここでようやく宿に出会うことができた。元が王都との早馬のための駅とはいえ、歩いてここまでかかるのは国内の整備がまだ未完成であることの証明のようにジラレスには思えた。
長旅が初めてだというローレンは薄汚れた自分に打ちひしがれていたようだったので、丁度良かった。ちなみにミテスは道中ジラレスの上で肩車されていたため、大して消耗していない。
「発展具合も悪くないな。ここでちょっと歩みを止めよう」
というジラレスの一言で、ここで休めると知ったローレンの喜びようは大変なものだった。
「やった! 目的地まで止まらないかと思いましたよ~」
「俺は鬼か何かか?」
「ジラはそういうところある」
地味にショックを受けたジラレスだったが、ケチったりせずそれなりの旅籠を選んで銀貨を支払った。一階が食堂になっていて、宿泊は2階の個室と中々の設備になっていた。
征討士だけあってローレンやミテスの体力はともかく、精神的な面で消耗が激しいだろう。2,3日なら携帯食や風呂なしに耐えられるがそれ以上はキツい……というのは王都育ちにはよくあることだろう。
「ローレン、ミテスを連れて風呂にいってこい。湯をかぶったらそれだけで済まそうとするから、しっかりと洗ってやれ。そんなとこまで猫みたいなやつだからな」
「やった。さぁ、行きましょうミテス先輩!」
「やだ~」
ローレンはその先輩の襟を掴んでずるずると引っ張っていく。浮かれているのかも知れないが、中々大物といっていいとジラレスは感心する。ミテスを風呂に連れて行くという行為には、ジラレスは毎度大苦戦を強いられていたのだ。
ジラレスは後で入るつもりで、1階の受付に声をかけた。
「ここいらで冒険者向けの仕事を斡旋しているところはないかねぇ」
「へぇ、ここは王都も近くて騎士様も利用される町なんで、そういうところはございやせん」
「そうか。邪魔して悪かったね」
「あっ、お待ち下さいお客様。見れば、中々のお人だと思いやすが……これはと思った方には仕事を斡旋するのはうちなんで……へへへ、すいやせん」
ジラレスは冒険者時代から物腰だけは穏やかで、良いところの生まれだと思われることが多かった。おそらくこの受付も礼儀正しさから、ジラレスを信頼できる人と思ってしまったのだろう。
「そうだったのか。しかし、急ぎの用件なんかはないんだろう?」
「へぇ、まぁそうなんですがね。ここを通るってことは旅籠代ぐらいは持ってるって証になるんで、ちょっと先にある丘のあたりに山賊が出ますんで……」
「ふぅん。そいつらは相手が騎士や兵士の時は出てこないで、女連れや自分達よりずっと人数が少ないと出て来るというんだろう?」
「おっしゃるとおりで、なのでここを抜ける人たちは見ず知らずでも固まって出ていくという有様で」
「庶人が迷惑するというわけだ。分かった、明日にでもなるべくやってみよう」
「ありがとうございます。報酬はこんなものになっておりやす」
受付が依頼書を持ってくる。やけに細かく書かれているが、これは最近でも被害が出ているということだろう。あとはこちらにとって大事なのは値段と証明方法だ。証明は耳か鼻で、一人ずつの賞金になっている。総じて悪くない依頼だろう。
もちろん、この仕事を受ける意味は征討士としての役割でもなければ金目当てでもない。ローレンが実際にどこまで使えるかどうかをはかるためだ。
征討士に合格した以上は、剣技自体はそこらの兵士より余程腕が立つのは分かる。だが、どれだけ冷酷になれるかがより重要なのだ。魔物を殺せても人は殺せない冒険者もいるが、征討士ならどちらも殺せなければならない。
そして、その上で人間性を保つのだ。ミテスが未だに下級なのはこれが少しばかり関係している。
さて、自分もひとっ風呂浴びてくるかと思い、ジラレスは受付とのやり取りを終わらせた。ジラレスはある意味でミテスよりも残酷な人間だった。