第二話
バイトくんはしきりに俺に話し掛けてくる。
「だけどレキさん、勿体無いですよー。 付き合っちゃえばいいのにぃ」
「単純に好みじゃない」
それに未成年は普通に犯罪だろ。
「じゃあ、どんな子が好みなんですか?。 僕、飲み会とかセッティングしますよ!」
俺はため息を吐く。
「会社と店で忙しいんだから、そんな暇ないよ」
身近に年頃の従姉がいたから知ってる。
女って邪魔臭い。
「あ!、もしかして男のほうが良かっ」
パコンッとトレイで頭を叩く。
間違っても俺にBL趣味はない。
バイトくんに説教しても効果は無いことは分かっている。
女子高生たちは、いつも賑やかだがサッサと帰って欲しい。
彼女たちも俺が一時期ネットで騒がれたから有名人だと勘違いしてるだけだ。
芸人とか珍獣レベルでしか俺を見ていない。
ウィンと入り口の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
こんなオフィス街にしては珍しい、小さな女の子が一人で入って来た。
小学校低学年くらいだろうか。
保護者を探すが見当たらない。
ん?。 でも、どっかで見たような?。
「あの、英にいちゃんでしょ。 えっと、あたし……」
恥ずかしそうに顔を赤くしながら、じっと俺の顔を見上げる。
「えっ、もしかして祈里か?」
従姉の娘、祈里。
最後に見た写真はまだ3歳だったから、今は6、7歳か。
俺を覚えていたとは驚きだ。
俺はしゃがみ込んで目線を合わせる。
「どうした?。 お母さんは、お祖母ちゃんとかは一緒じゃないのか?」
祈里ちゃんは何故か涙目になってフルフルと頭を横に振る。
「英にいちゃんに会いに来たの」
俺は目が点になった。
「は?」
ロリコンじゃないぞ、厨房。 聞こえてるからな。
仕方なく裏へ連れて行く。
休憩室の椅子に座らせた。
「本当に一人で来たの?」
コクコクと頷く。
「連絡用の端末。持ってる?」
首を横に振る少女は荷物などは何一つ持っていなかった。
ただ、喫茶店で働く俺の写真付きのマスコミ記事だけを頼りに来たらしい。
どうやって来たのか聞いたら、友達の親に近くまで送ってもらったそうだ。
「親戚のお兄さんに会いに行くって言ったの」
おいおい、気付けよ、大人。
厨房の一人がジュースを持って来てくれる。
「これ飲んで大人しく待っててね」
店が混み始めていた。
俺は急いで携帯端末で叔父さんの番号に連絡するが、いつものように出ない。
「クソッ」
小さく舌打ちして振り返ると、祈里ちゃんが不安そうにこっちを見ている。
「あはは、大丈夫だよ。 すぐ迎えに来てもらうからね」
祈里ちゃんは俯いてしまった。
でも、コチラとしては仕事を放り出すワケにはいかない。
「ごめんね。 仕事が終わるまで待てる?」
「うん」
「良い子だ」と頭を撫でると嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が従姉に似ていて、少し複雑な気持ちになる。
気になりながらもホールを回していると、
「交替するわよ」
と、いつもヘルプで来てくれる他店の女性先輩が入って来た。
誰かがオーナーに連絡したらしく、たまたま近くにいた彼女が「それなら」と申し出て、こちらに来てくれたそうだ。
「小さな女の子がウロウロしてたら危ないもの」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、ベテラン女性は笑いながら頷いた。
「お返しは期待しないで待ってるわ」
こういう時のウィンクも男前だなと思う。
「祈里ちゃん、とりあえず俺の家に行こうか」
俺は大学卒業と同時にアパート住まいの予定だったし、事件後、保護者の叔父夫婦にも同居は拒否されていた。
そのため、退院後、就職と同時に入居した今のマンションの場所を叔父夫婦は知らない。
「おにいちゃんち?。 行くっ」
ロッカールームで急いで着替えながら、
「ご迷惑を掛けてすみません」
と、オーナーに連絡を入れて謝っておく。
「困ったときはお互い様だ」と言われた。
怖い顔に似合わず優しい人だった。
祈里ちゃんと二人で俺のマンションへと向かう。
夜の7時くらいだが、会社帰りの人の流れは駅と飲食店街の二つに分かれる。
小さな子供は人混みに紛れそうになるため、手を繋ぐ。
こんなとこ、祈里ちゃんを探してる警官とかに見られたら犯罪者扱いだよね。
叔父さんたちも可愛い孫と一緒にいる相手が俺じゃ、気分が良くないかもな。
「だからこそ、大事になる前に帰さないと」
立ち食い蕎麦屋の前を通りかかる。
「祈里ちゃん、お腹空いてないか?」
「えっと」
子供に遠慮される俺って、やっぱり頼りなく見えるんだろうな。
「大丈夫、金ならあるから」
そう言って笑うと祈里ちゃんは小さく頷いた。
「立ち食い」とはいっても店の隅には普通のテーブル席もある。
食券を買う時、祈里ちゃんから一番安いのを注文された。
まあ、いいか。
祈里ちゃんがうどんにしたので、俺も蕎麦をやめて稲荷うどんにした。
「半分こ、しようか」
大きな稲荷揚げを半分にして、隣に座る祈里ちゃんのうどんに入れる。
「ありがとう、英にいちゃん」
俺を見上げる少女の笑顔は、小さい頃に一緒に泥だらけになって遊んだ従姉の面影があった。
いつもの刑事さんが入って来て、俺の隣りでちょこんと座る祈里ちゃんに気付いて驚く。
「おっ、デートだったか?」
「訳ないでしょ」
ズルズルと俺はうどんを啜る。
刑事さんは俺の前に座り、じっと祈里ちゃんを見ていた。
「知り合いか?」
ああ、やっぱり疑われてたか。
「はい。 従姉の娘で祈里っていうんです」
夢中でうどんを食べていた祈里ちゃんが顔を上げた。
俺の顔と年寄り刑事の顔を見比べ、
「英にいちゃんのお友達?」
と、訊いてくる。
あはは、この年齢じゃ知り合いは皆、お友達か。
「お、おお、そうだよ、友達だ」
刑事さんは笑って答える。
「いや、ただの知り合いのおじさん」
刑事さんは顔を顰めた。
爺さんって言われないだけマシだと思ってよ。
さて、お腹も膨れたし、帰ろうか。
俺たちが立ち上がると刑事さんも一緒に立ち上がる。
おい、蕎麦屋に来て何も注文しないのかよ。
「嬢ちゃん、ちょっと待っててくれ」
そう言って俺の服を引っ張る。
祈里ちゃんから少し離れて、俺の耳元で囁く。
「この子、捜索願い出てないか?」
俺は頷いた。
「そうかもです。 家族と連絡取れないんですよ。 もしかして、刑事さんから連絡してくれます?」
「そりゃあ出来なくはないが、交番か署に来てもらわなきゃならん」
あー、邪魔臭いけど仕方ないか。
「分かりました」
俺は祈里ちゃんの傍に戻り、彼女の前にしゃがみ込む。
「祈里ちゃん。 実はこの人、警察の人なんだ。
一緒に交番に行ってくれるって。 勿論、俺も行くから」
少女の顔色が変わる。
「英にいちゃんのお家に行くんじゃないの?」
また目に涙が溜まり始めた。
「もしかして、家に帰りたくないのか?」
祈里ちゃんは涙を拭いながら頷く。
俺と刑事さんは顔を見合わせた。
「迷子じゃなくて、家出かあ」
刑事さんが天を仰いだ。
そりゃあそうか。
この歳の子供なら迷子になったら交番に行くことくらい分かってるはずだ。
駅の近くにある交番に行かずに俺のいる店に来たってことは、そういうことなんだろう。
刑事さんは祈里ちゃんに声を掛ける。
「じゃあ、こうしよう。
おじさんと一緒に交番に行って、それから、このにいちゃんのお家に行こう」
祈里ちゃんは俺を見上げる。
「うん、ちょっとだけ警察の人とお話をして、それから家に来ればいいよ」
祈里ちゃんは少しだけ考えていた。
そして刑事さんに向かって言う。
「そこにお父さんもお母さんもいない?。 祈里をすぐ連れて帰ろうとしない?」
必死に訴える。
どれだけ帰りたくないのかね。
「あ、ああ。 おじさんが保証するよ」
刑事さん、安請け合いは良くないと思うけど。