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第一話

ユルッとしたミステリーぽい何かです。

五話で終わりますので、あまり深く考えずに、お付き合いいただければ幸いです。


 俺は2年前、ある港の埠頭の側で海に浮かんでいたのを発見された。


幸い命は取り留めたが、何故かそれまでの記憶の所々がおかしい。


特に、俺は発見される1年前から行方不明になっていたそうで、その間のことは全く記憶に残っていなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺の名は歴木れき 英児えいじ


今年で25歳の会社員。


 平日の午後6時、仕事から解放されて動き出す時間。


俺はオフィス街にある、全国フランチャイズの喫茶店に裏口から入る。


「こんばんは」


「あ、お疲れ様でーす」


男子大学生のバイトと挨拶を交わす。


ここでのアルバイトも2年目だ。




 駅に近いが店の規模は小さい。


ほぼ機械化された厨房は清潔で、中に入る人間は調理というより点検係り。


コーヒー豆の充填、機械から出てくる味の確認や簡単なスイーツの盛り付けなんかをする。


この時間、厨房は2名、ホールは俺とバイトの2名で、忙しい時は他店からヘルプが来る。


俺はロッカーのある休憩室で軽く固形食を腹に入れ、制服に着替えた。


「レキさんって珍しいっすよね。 サラリーマンなのに飲食店でバイトなんて。


将来、店をやりたいんでしたっけ」


「まあね」


ここで働いている理由は表向き、そういう事にしてある。


「うちの会社は有難いことに副業は認められてるし、定時終わりが多いから」


ある事情から、俺には会社での残業は殆ど無い。


「入りまーす」


「おう、歴木か。 これ、8番な」


「了解です」


厨房に声を掛けて、ホールへ出る。




 俺の仕事はいわゆるウェイターだ。


「お待たせいたしました、カフェ・オ・レでこざいます」


高校時代から接客業は色々経験してきた。


「ごゆっくりどうぞ」


愛想笑いも慣れたもんだ。


「レキさん!、待ってたのよ。 今度、デートして」


何故か、女子高校生らしいファンまでいるが、俺は特にイケメンとかじゃない。


「申し訳ございませんが、私語は禁止されておりますので」


笑顔で誤魔化すのも得意である。




 ここの営業時間は朝7時から夜8時まで。


厨房は二交替、ホールは働ける時間ならいつでも入って良いが最低一人は確保されている。


俺は夕方6時から終了時間までが多い。


店を閉めて軽く掃除や後片付け、明日の申し送りを壁のボードに貼り付けて仕事が終わる。


「お疲れ様でした」


「おう」「またね」「オッツー」


全員が退出したのを確認してオーナーに連絡。


「終わりました、点検お願いします」


「おう、今行く」


会計伝票とレジの決済データを確認する。


今どき現金は無い。 全てキャッシュレス。


 何店舗か経営しているらしい、強面で大柄なオーナーが近くの事務所からやって来るので鍵を返す。


「お疲れさん」


と言われて、俺はやっと解放される。


「一緒に飯でも食いに行くか?」


誘ってくれるのはありがたいが、あんまりつるみたくない。


「すみません、明日も仕事なんで」


「あー、そういやサラリーマンだったな。 こっち専業になるなら、いつでも言ってくれよ」


「あはは、それはどうも」


申し訳ないが、その気はない。




 駅が近いので周りに飲食店は多いけど、俺は立ち食い蕎麦が好きだ。


「いらっしゃいませー」


携帯端末機からデータで注文し、カウンターで受け取り月見そばを食う。


ズルズル啜っていると隣に人が立つ気配がした。


「歴木、今日はもう上がりか」


「まあね。 刑事さんも?」


「ワシはまだ仕事中だ」


中年というより老人に近い年齢の刑事さん。


知り合いというか、ぶっちゃけ俺を見張っている。


「早いもんだな。 お前さんが埠頭に浮かんでからもう2年か」


俺は黙って蕎麦を啜る。




 3年前、大学卒業を控え就職も決まっていた俺は、嵐の日に埠頭に出掛けて海に落ちた。


ただのバカなんだろうが、それが事件なのか事故なのかは分かっていない。


何故なら俺は、その後、行方不明になったからだ。


 死んだと思われていたが、その1年後、俺は同じ場所で浮かんでいたのを発見される。


病院に搬送されたが身体に異常は無かった。


だけど、落ちた日から発見されるまでの記憶が無い。


「普通は多少のことは覚えているもんだが」


警察にも色々と調べられたが、結局、俺は何一つ思い出せなかった。




 刑事さんが張り付いているのは、俺の記憶が突然、戻るかも知れないってのと、行方不明だった頃の知り合いの誰かが接触して来るのを待っているからだ。


「ほら、お前さんと一緒に落ちた女性だって、今はちゃんと生活してるんだろ?」


心臓がキュッとなる。


 あの日、海に落ちたのは俺一人だけではない。


年上の従姉いとこと一緒だったんだが、彼女はすぐに助けられて無事だった。


俺だけが行方不明になっていたのである。


「知りませんよ」


あれから彼女には会っていない。


ご馳走様と言って蕎麦屋を出た俺は、自分のマンションに向かった。




 両親を早くに亡くした俺は母親の弟である叔父さんの家で育つ。


叔父さんには一人娘がいて、それが一緒に海に落ちた従姉だ。


自分だけが助かったせいか、彼女は精神を病み、しばらく入院していたらしい。


美しい海岸のある街に住んでいたが、家も引っ越したそうだ。


俺が見つかってからも叔父夫婦は一度見舞いに来ただけで、あれから一切連絡はない。


 俺も無理に会いたいとは思っていない。


ただ、一目、無事な姿が見たかった。


だから、今の喫茶店で働いている。


あの駅を彼女が利用していることを知っていたからだ。




 ただの会社員が毎日同じ場所で、ボーっと駅を出入りする人々を見るのは難しいと思う。


まあ、周りを気にしないなら出来なくはないが、これ以上不審者にはなりたくない。


そこで俺は見つけてしまった。


駅をバッチリ見渡せる場所にある喫茶店の求人を。


「どうせ、残業もないしな」


刑事さんに目を付けられているせいか、会社側は俺を早く退社させたがる。


窓際っぽい部署にいるのも、そのせいだ。


 行方不明になった当時、俺は既に今の会社に就職が決まっていた。


発見された時にそれをマスコミに何度も取り上げられたせいか、会社は俺を受け入れてくれた。


宣伝になると思ったらしい。


一部マスコミは今でも未解決事件として話題にする。


ネットで検索すれば、顔も名前も会社名も一発で出てくるが、住んでいる場所だけはプライベートとして警察から保護されていた。


そのお蔭で、俺は警察からの監視対象者用で警備が万全のマンションに住まわせてもらっている。


付け回す奴らはたまにいるが、別に俺は隠れていない。


会いたければ、あの喫茶店にいるのは皆、知っているし、客なら歓迎しますよーってね。




 警察もマスコミも年頃の男と女がいると、どうしても何か恋愛絡みの関係があったんじゃないか、と考える。


煩いほど聞かれたが、俺には記憶を無くす前も今でも、そんなものはない。


 四歳年上だった従姉は当時、既に結婚して子供もいたという。


彼氏が出来て嬉しそうな彼女も、結婚式の幸せそうな彼女の姿も写真に残っていた。


そんな彼女に俺が横恋慕して心中しようとしたとか、アリエナイ。


確かに俺自身に恋人はいなかったけど、どうせモテなかったし、バイトに忙しくて恋愛どころじゃなかった。


早く独立して、一人暮らしをすることしか考えていなかったよ。




 今日もバイト先で女子高生に捕まる。


「えー、ホントにレキさんって、彼女とかいないんですかー?」


短いスカートの女子高生たちを見ると、正直ドキッとすることはある。


だからって、彼女たちを恋人にしたいとは思わないし、適当に遊ぶなんてことも想像出来ない。


「そうなんだよねー。 レキさんってなんていうかー、恥ずかしがり屋?」


女子高生たちと会話する学生バイトを、笑顔で裏に引き摺って行く。


「おい、仕事中だぞ」


「すいませーん」


バイトくんは俺をダシにして彼女たちとお近付きになりたいみたいだ。


はあ。 無理なものは無理だから諦めろ。



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