6:うわあ。いきなり除霊
ビルの中を進みながら悠は私に尋ねた。
「今、検知した霊の属性、見当はつく?」
霊は理の守り手が取得する五大元素の術と同じ、地、水、火、風、空のいずれかでその体が構成されていた。空というのは空っぽで、何もない状態だった。
「風術に反応していましたが、強い反応ではありませんでした。風術に強い反応を示すのは空と水。逆に無反応なのは同じ風。となると地もしくは火」
「そうだね。地と火に有利になるのは?」
「水術です」
「よろしい。では六階へ向かおう」
エレベーターに乗り込むと、悠は⑥のボタンを押した。
「でも霊は七階で検知しましたが……」
「風術に反応して移動している可能性もある。エレベーターを開けたらいきなり目の前に霊がいるかもしれない。だから一つ下の階で降りて、非常階段で七階へ向かおう」
「……!」
すごい……。これが現場で経験を積んだ理の守り手なんだ……。
「どうしたの、澪ちゃん」
悠が優しい眼差しで私を見た。
笑顔も綺麗だけど、この瞳も……優しくて綺麗……。
鈴が私の頬をツンツンした。
いやいや、今、そんなこと考えている場合じゃない。
「あ、その、初めての実践なので緊張してしまって」
「大丈夫。落ち着いて行動すれば上手くいくから」
悠が優しく微笑み、私の頭に触れた時、六階に到着した。
「じゃあ行こうか、澪ちゃん」
私は頷きエレベーターを降りた。
◇
非常階段から七階の廊下へ出た。
「今は結界が展開されているけど、実際に町で霊を見つけた時はこの段階で結界を展開するんだよ」
悠の言葉に私は頷き
「もう一度、風術で霊の位置を確認してもいいですか?」
「もちろん。弱めの術でね」
「はい」
私は左腕をフロアに向けた。
「風術。そよ風」
見つけた!
「この廊下を進んだ左側の部屋にいます」
「正解。行こう」
霊がいる部屋の扉の前に到着した。
「開けます」
緊張で血の気が引いて手が冷たくなっていた。
心臓がドキドキしていた。
ゆっくり、ドアを押した。
そこは休憩室のようだった。
大きなテーブル、窓際にカウンター席。
壁際にもカウンター席……いた。
一人の女性がカウンターに突っ伏していた。
その女性に霊が憑依していた。
……うわあ。いきなり除霊……。浄化より難易度高いんだよな……。
「澪ちゃん、僕はいつでも準備はいいから」
悠が天柱封じのペンダントを外し、私から距離をとった。
私は「はい」と頷き
「水術。静かなる水面」
女性の周囲の床に水が広がった。
カウンターテーブルに伏せていた女性がゆっくり上体を起こし、左側の天柱から憑依していた霊が姿を現した。
……属性は火……?
黒い靄の姿で現れた霊は蜃気楼のように揺らめいていた。
「悠、降ろします」
「いいよ、澪ちゃん」
「道は示された。宿りなさい」
床に広がる水をよけるように天井ギリギリを移動して、悠の首筋から揺らめく黒い靄が吸い込まれていった。
悠の表情に変化はない。
私は左手をあげ
「水術。零雨……静止」
天井からは今にも降り落ちそうな雨粒が展開された。
「そこから動かないでください。あなたの頭上に展開したのは雨です。もしあなたがおかしな動きをすればこの雨を降らせます」
悠は……霊は無言だ。
「あなたの名前を教えてください」
私が尋ねると、悠は……霊は、フッと笑った。
「……一体、なんの茶番なんだい?」
悠の声なのに、悠の声とは思えないゾッとした怖さに満ちていた。
「その制服……」
悠が含み笑いをした。
……⁉
な、この霊、何なの⁉
悠の中で縛られているはずなのに、なんで勝手にべらべらしゃべるの⁉
理の守り手に憑依した霊は、守り手の力で縛られ、言動が制限された。
守り手の力が強ければその分、縛りも強いはずだった。
悠ぐらいの守り手であれば、霊に相当の縛りをかけることができるはずなのに……。
「澪、なんかおかしいよ」
肩にいる鈴の毛が逆立っていた。
「私もそう思う。鈴、霊体化して、誰か呼んできて」
私は鈴に小声でそう告げると、悠に、霊へ目を戻した。
……!
霊がこちらへゆっくり歩いてきていた。
「水術、零雨、展開!」
天井で停止していた雨粒が一斉に落下を始めた。
霊はその雨を全身で浴びているのに、動きを止めなかった。
火の属性じゃなかったの⁉
霊は悠の綺麗な濡れた髪をかきあげ、怪しげに笑みを浮かべた。
「これはなんだい? 水も滴るイイ男の演出?」
私は後ろへ後退した。
どうすればいい⁉
……!
突然霊は私の両手を掴むと、体をドアに押し付けた。
ドアに全身があたり大きな音がして、頭に痛みが走った。
……なんて力……。
「この男の姿なら、構わないだろう?」
霊が顔を近づけ、悠の声で言葉を囁き、私の首筋をペロリと舐めた。