06話 初迷宮の顛末
Bランク冒険者、ユーグ・マラブルは山道を歩く。
前にも後ろにも人、人、人。長蛇の列だ。
ここは城塞都市バルテン近郊、『竜王の家』と呼称される迷宮付近。
迷宮守護者が巨大な蒼竜であることからそう呼ばれる。
迷宮守護者は斃されても、一定期間の後に魔力が凝集して復活するが、その際に同じ魔物が発生するとは限らない。
事実、この迷宮は数年前までは『猛禽部屋』と呼称されており、剛力鷹が守護していたが、とあるパーティが攻略し、半年程度後に新たな迷宮守護者である蒼竜が誕生して今に至っているわけだ。
まだ青年である彼は先日Bランク冒険者に昇格したてであり、かなり上機嫌であった。何せ、Bランクともなれば晴れてベテラン冒険者の仲間入りであり、個別で仕事を頼まれることも増えるからである。それはすなわち収入が増えることを意味する。
そんな彼の職業は、戦士。これが詠唱が必要なことが多い魔術師や他の仲間がいないと仕事にならない回復術師なら話は違うが、戦士ならば自己完結しているので単独で迷宮攻略することも不可能ではないのだ。
まだ見ぬ迷宮とそこで得られる利益に胸を膨らませて、彼はただ歩く。
そんな時、遠方で轟音が鳴り響いたことに気が付き、彼はふと顔をそちらへ向けた。
「大地に満ちし猛々しき命の波動、獣の大精霊よ————
その偉大なる力を我が眼に宿らせ給え」
小声で詠唱し、〈獣属性魔法〉『遠視』を発動して、音の聞こえた方向を眺める。
〈獣属性〉の魔術は身体強化系が多い。これもその一つだ。
それは四方を山に囲まれている城塞都市の対岸にあたる位置から発せられていた。
そこはすさまじい土煙が立ち込めていて、『遠視』でも見ることができない。
と、思った直後、少し小ぶりながらも迷宮方向から破壊の音が響いた。
先程の音が何か考えていたが、この音を聞いてユーグは答えを導き出した。
戦士である自分には扱えないが、地属性の中等魔術には岩の槍を高速で敵に撃つ魔法が存在する。
恐らく、迷宮でその魔法、『魔岩砲』が使われたのだろう。
そしてその魔法には必殺の威力を込めて圧倒的魔力が注ぎ込まれていた。
その魔力故に術者の制御を失い、魔法本体は明後日の方向へ撃ち出され、暴走した魔力が迷宮内で破壊を起こした————
そう考えるのが妥当であるとユーグは結論づける。
それは、魔力の暴走は日常茶飯事であるからだ。まだ初心者の魔術師などがよくするミスである。それにしては多少規模が大きかったが、関係ない。
二つの轟音で、周囲はざわつく。列も乱れた。そんな周囲を馬鹿にし、視野狭窄に陥っているユーグは、気づかなかった。
列に一人の少年が増えていることに。
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ふう、バレずに列に並べた。
俺がとった行動は、まず迷宮のある側とは反対側の山に登ることだった。
そこから、自身の魔力を結晶化させて体重を増やせる限り増やし、迷宮側に跳躍。
この体重を増やす方法については、転移直後に魔法が発動しなかった時の感覚を思いだした。恐らく、あれは魔力だけが吸い出されている。それを応用して、魔力だけを抽出して体内に戻したのだ。これを習得するのは大変だったな。
そして、迷宮付近に着いたら体重を元に戻し、空気を蹴ってできる限り減速。
この力を全て速度に振ればそんな無茶なことも可能になる。
当然地面に衝突する力は離陸よりもずっと少なくなるため、注目は向かない。
結果として、対岸で謎の大爆発が起こっただけということになる。
運が良ければ何らかの魔術と勘違いしてくれるかもしれない。
彼は実に運が良かったのである。
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目の前に迫り来るCランクモンスター・甲殻蜘蛛を一薙ぎで切り捨て、転がり落ちた魔晶石を拾い、持ってきた鞄に入れた。手に持つのは業物の魔剣である。高い値がついていたが、Bランク昇格時のギルドから出る報奨金で買うことができた。
ユーグ・マラブルは迷宮一階層を歩く。最上層階だ。
迷宮は地下に向けて段層構造になっており、最下層に迷宮守護者が居る。
迷宮内に棲息する魔物は迷宮守護者の因子がある程度影響するが、上層階は魔力の通りもそこまで良くないため、発生する魔物はそこまで強くない。
つまり、この迷宮は下層階に行くと出るのは竜族やそれに近しい魔物になる。
しかし、上層階に限れば今出た甲殻蜘蛛のように竜に関係のない魔物も出る。
だから一定程度はどの迷宮でも稼げるのだ。
彼も単独で竜族と戦うほど馬鹿ではない。
まあ下位のものなら倒せなくもないが…。
彼にはどうしても気になることがある。
今も少し前で戦っている少年のことだ。
黒い服に金色のボタンがついたコートのような服を着用し、拳一つで牙を剥いて向かってくる魔物を砕いている。
その強さたるや驚くべきもので、甲殻蜘蛛の外殻は簡単に粉砕し、更に硬い防御力特化型の魔物であるB+ランクモンスター・装甲王亀の甲羅も易々と貫通していた。
B+ランクということは、Aランクである下位竜族・双脚竜に近い認定であり、いかに厄介な魔物か理解できるだろう。
あの甲羅は中級魔術でも刺さらせるのがやっとで、上級魔術で初めて貫けるのに……。
この魔剣でも斬れるか微妙なところといった硬さなのである。
上級の魔法を使える人間はそういるものではない。魔術師五十人に一人いる程度だ。
なので、装甲王亀はなかなか討伐できない魔物として有名である。
それをいとも容易く倒していく謎の少年に、彼は驚きを隠せない。
すでに拾っている魔晶石の数は自分の五倍はあるだろう。
今も彼はまた蝙蝠の群れとそれを指揮するBランクモンスターである将軍蝙蝠を倒した。
力の結晶たる魔晶石を失った魔物は次々と光り消滅する。
それに満足そうな顔をして、少年は次の階層へと消えていった。
不思議な少年もいたものだ。
気を取り直して、ユーグは迷宮攻略へと戻る。
目の前に出た大蛇を討伐して、魔晶石を拾い上げた。大きい。
そろそろ日が暮れる頃なので、帰ることにした。
あれから不思議な少年とは出会わなかった。
まあ深い階層に行っていたのだろう、ならば出会えるはずもない。
鞄に詰まった魔晶石に満足して、冒険者ギルドへと向かう。
いくつかポケットに入れておくのも忘れない。魔力の回復ができて重宝する。
ギルドの建物に入ったら魔晶石買取カウンターへ赴く。
そこそこ納品できた自信はあるが、換金されたのは銀貨十五枚だった。
まあ及第点である。数日はこれだけで暮らせるだろう。
カウンターから立ち去ろうとした時、その人物と再び遭遇した。
黒い服に金ボタン。見間違えるはずもない奇抜な服装。珍しい黒髪。
そして一切の武器の類を持たないそのスタイル。
間違いない。あの少年だ。
驚くべきことに彼は冒険者資格を持っていなかったようだ。
しかし、換金された金額は金貨二枚。冒険者資格がないと相場が下がるのに。
その少年には明らかな特異さがある、彼はそう確信した。
もしや、この少年は———