05話 決断と金策
当分の生活資金が手に入ったので、当初の目的を遂行することにした。
それは、手練れの魔術師を探すこと。
俺にだけ魔法が使えなかった理由に心当たりがあるとすれば、あの「神」の声だけだが、あれがどのような影響を及ぼしているというのだろうか。
不思議さと共に興味は募る。
だが、この町の規模はそこまで大きくない。
俺はある程度熟練の魔術師を求めている訳だが、そんな人がこんな都市に滞在するだろうか?
グラゴー市民の皆様には申し訳ないが、人口の比率から考えてもより大きい都市をあたった方が出会える確率は高いだろう。
俺が知る中でこの付近での最大の都市は五百円玉を換金したあのバルテンだ。
城塞都市となっているなら戦争の可能性もあるのかもしれないが、まあ脱出なら全力解放モードでピョーンと跳んで終わりだ。
ということで引っ越すことにした。しかし、金貨十五枚ってどれぐらいの金額なのだろうか。
住む場所は用意できる金額なのか?
試しに道を歩いているおじさん(仮称)に聞いてみる。
俺はぼっち気質なことも相まってコミュ力は底辺クラスだ。
が、今はそれどころではない。
スーッと深呼吸して…。
「すみません、金貨ってどれぐらいの価値があるんですか?」
「おお。金貨ねえ、あれは銀貨の百倍の価値がある通貨だよ、俺も欲しいなあ」
ちゃんと答えてくれたおじさんに感謝を。日本だったら聞けなかっただろうな。
あと俺の勇気に喝采を!
はい。
では、トマトが銅貨五枚だったから、金貨は二百トマト分か。つまり、俺は本気を出せばトマトを三千個買える。
うん、要らん。
とはいえ、日本の物価から考えるとトマト三千個で家は買えない。
トマト換算なら四十万個は必要だろう。
いくら物価が安くても無理だな。
家を買うのは諦めた。
しかし…困ったことに俺は転移者だ。知り合いはいない。
ツテもない。沢渡と瀬川はどうせ無視するだろう。稼いでそうだけど。
グラゴーの崖で一生暮らすのか?そんなことは嫌である。やはりからかわれ続ける生活の方がまだマシだ。
そんな時、俺に降ってきた一つの選択肢。
誰もいない部屋に俺は一人呟く。
「…行ってみるか、学校」
学校には決していい思い出はない。
残っているのは平凡な自分に辟易していた記憶のみだ。
しかし学校に通えば寮という形で一定の生活は保障されるし、そこそこな大都市であるバルテンにある学校なら熟練の先生方と出会える可能性は高い。
これからの生活を考えるなら学校に行って損はないと思う。
問題は主に二つ。
一つ、学費。
金貨十五枚で長いこと通っていけるとは思えない。
恐らく持って一ヶ月だろう。それまでになんらかの手段で稼がなければならない。
それをどうするかが第一の問題である。
二つ、戸籍。
この世界において戸籍の扱いがどうなっているかは今のところ不明だ。
しかし、日本においては奈良時代以前から存在したんだから、明らかにそのレベルを上回った技術力を持つこの世界におけるこの国にも存在すると考えた方がいいだろう。
よって俺は今無戸籍である。俺自身はそこまで契約の経験はないが、学校に通うなら身分を証明するものはさすがに必要に違いない。俺だったら身分不詳の怪しげなナニモノカは入学させないね。
この二つの問題を乗り越えなければ崖の中の部屋で一生寂しい生活を送り飢えて果てるだろう。
そんな生活はしたくないのだ。
別に引きこもりを否定しているわけではない。そういう暮らし方もあるかなーとは思うさ。
しかし、この折角の機会にまで引きこもるのは面白くない。
今回こそは。その思い一心で生きると決めた。昔に異世界でやり直す類のラノベを馬鹿にしていた自分だが、今となってはようやく心情がのめてくる。
平和な世界だからこその所在ない日々なのだ。
こんな世界で堕落して過ごすことはできまい。
まず、金をいかにして稼ぐかだが、城塞都市バルテン付近には大規模な迷宮が存在するという。
そのバルテンで見つけた、迷宮について書かれたパンフレットによると、迷宮は、第一次聖魔大戦の頃に魔族側が大規模に侵攻し、占領された元人類圏に魔族軍が敷設して回った物で、高い危険性はあるが定期的に収入が得られるため埋められずに残っている洞窟のような地下施設らしい。
はい、ほぼ理解できません。
聖魔大戦って何?人類圏が、占領された?意味がわからない。
こんな時に限って「神」は教えてくれない。
細かいことはよく分からないが迷宮に行けばどうやら稼げるらしい。
どれぐらい稼げるかについては実際に行ってみなければ分からない。
よし、決めた。
これから迷宮に試しに潜ってみよう。
戸籍についてはよく分からないのが本音なので、とりあえず放置。
はじめての迷宮攻略です。
自分が自分に課すお使いである。
城塞都市バルテンにはすぐ到着した。
まあ、全力解放モードだと間違いなく何かの罪でお尋ね者になりそうなので、力を半分ぐらいに抑えている。
先日開発した絶妙にダメージを与えずに高速移動できる走り方である。
さて、迷宮がどこにあるかであるが、これはすぐに分かった。
バルテンの滞在地区には冒険者ギルドなるファンタジーご約束の施設があるが、そこから町の外へと人の列が続いている。
あ、これがこないだ見た列の正体か。
蟻の行列のようにゾロゾロ進んでいる列が、二つ。
町の外に向かっていく列と、帰ってくる列。
帰ってくる列の方が人が少ないように感じるのはきっと気のせいではないのだろう。
しかしその人たちの顔は嬉しそうなものが多い。
つまり、これが迷宮の集客力。
一攫千金を狙った冒険者たちが押し寄せて、一部は迷宮のエサとなり、一部は金を手にして戻ってくる。
ハイリスクハイリターンというわけだ。
しかし、こうやって列に並ぶのも億劫だな。
ここで俺は一計を案じた。
昔だったら多分このまま並んでいただろうが、俺はやると決めたらやるのだ。
そして、目立たないよう歩いてバルテン郊外の森へ向かう。
これは迷宮とは逆方向だ。
周囲から人間の気配がなくなれば、準備完了。
轟音とともに、俺は久しぶりに跳躍した。