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二回死なされた件について(01)

 ……終わった。

事が終わった後の感想は、それだけだった。

二月下旬、最寄りの高校の校舎内を放心状態で抜け、校門を出ると一人地面に崩れ落ちた。

周囲の人間がザッとこちらを向く。

最近は注目を浴びることもなかったが、このような形で浴びるのは御免だな。

ほぼ全ての中三が経験する関門。

高校入試。

明らかに失敗した。そりゃ俺視点からすれば一生懸命頑張ったと言えるのだろうが、それを言うのは逃げだろうな。

俺は名前以外は完全に凡人だ。

努力する才能もなければ飛び抜けて優秀でもない。

この試験に落ちれば周囲の人間とは丸々一年ずれる。

そうなったら社会的に封殺されそうだ。


「おい、行くぞ」

「……ああ」


 少しじれったそうな声で瀬川が言う。

立ち上がって、俺も同級生の列に加わった。

まだ放心したまま。

空は暗い。先程までは青空も見えていたのだが。

俺の前を歩く五人の同級生。

楽しそうに騒いでいる。

俺はモブだ。いてもいなくても関係ない。関心を持たれないから。

そう思った瞬間、突如腹の底から愉快な気分がしてきた。

皮肉な愉快さだ。


「…ははは。あはは!ははははは!」


 それでも前の列には微かな反応しかない。

それが逆に俺の笑いを加速させる。

…あはは、あはは、はははははは……!


 周囲の視線などもはや気になるものではなかった。

俺は狂ったように笑い続ける———


 刹那の後。

天が瞬き、俺の頭上に雷光が降りた。

その光は俺の周囲を巻き込み———消し去った。


 その日、三津瀬瑠飯ミツセ・ルパンという存在はこの世界から抹消されることとなる。



——※——


 気がつけば、轟音とともに周囲の光景が移り変わり続け、眩い光に包まれた空間を高速で移動していた。

…何だ?ここは…

俺は…そういえば…入試後の…何だったか?

…入試とはなんだ?…記憶があやふやだ。

 落ち着いて自分の体を客観的に見てみると、自分の体から何かが少しずつ抜けていっていた。

気がついたら体が薄れて消えかけていたとかないだろうな?

いや案外その説も否定できない。何か嫌な予感がするのだ。

そしてこういう予感は大体当たってしまう。

ある瞬間、俺の体から何かが失われることがなくなった。

そして、恐る恐る自分の体を見ると———

透けていた。


 思わず声をあげかけたが、その声さえ発されない。

昔から精神的には居場所がなかったが、もう物理的にも生きていけないらしい。

発狂することが許されないのだから、逆に段々落ち着いてきた。

そして、冷静に状況を把握しようとし始めた頃。

徐々に俺の体が濃さを取り戻し、俺の記憶も戻り始めた。


 そうだ、俺は雷に巻き込まれたんだ。

…死んだ?のか?

不思議と心細さは感じない。

生前(?)からぼっちだったからな。

死んだんだとしたら、逆に幸せかもしれない。

俺を巡る陰湿なイジメ。

それが一気に反転して無視され続けた中学校生活。

俺も昔は陽キャだった気がするんだが、今となっては完全陰キャです。


 そんなことを思っていると、目の前の空間が次第に開けてきた。

ん?

終わりじゃないのか?


 次の瞬間、俺の体は宙に放り出された。

そこは、雲のはるか上。


 あ、待って、これ、こういう新しいタイプの死刑ですか?

一度安心させてから絶望的な状況に落とし込むやつ?


 次第に俺の体は重力に引かれ始める。

当然、俺は落ちていく。

一気に俺は加速し、落下特有の浮遊感が生じる。


 …今度こそ死んだ…!

あっという間に雲を潜り抜け、遥か下に大地が覗いた。

体に激しい風が打ちつける。

前言撤回だ。やっぱり、死ぬのは怖い。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の頭は、あまりの恐怖で思考停止した。


——※——


「起きました?」


 最初に起動したのは聴覚だった。

柔らかく暖かい何かがあることを触覚が捉える。

遅れて、視覚が復活する。


「……!」


 そこにあったのは、クラス委員長だった沢渡の顔だった。

どうやら俺は沢渡に膝枕されていたらしい。

なんだよ…結局夢オチか?

折角解放されると思っていたのに。


 俺は沢渡にはいい思い出がない。

クラス委員長と言えば聞こえはいい。

創作物におけるテンプレなら主体性溢れたお人好しを想像するだろう。

が、沢渡の性格はそんなものではなかった。

 主体性?欠片もない。

クラス委員長になったのだって、周囲に無理やりなるよう言われてのことだった。

 お人好し?全くもって外れている。

いじめられていた俺を救うどころか加害側に加担していた。

まあ、周囲が全員俺のことをいじめていたからかもしれないが。

そんなわけで、沢渡の事は好きではない。

 

 が、恋愛経験などあるわけもなく性欲だけを持て余していた俺としては…うん、嫌ではなかったとだけ言っておこう。

陰キャが何を言っていると思うかもしれないが、男とはそういうものなのだ。

(※あくまで個人の見解です[作者注])


 が、困った。

ここで何を言えばいいのだろう。

とりあえず礼でも言えばいいものだろうか。

まずは立ち上がる。


「え、あ、大変眼福です」


「あなた最初に言うこと間違ってない?」


 そういうものなのか。

ふむ。一つ学んだな。


「お前本当に大丈夫か?

 これだから陰キャは嫌いなんだよ、なあ、『怪盗』さん?」


 再び聞き覚えのある声が聞こえてきた。

一番聞きたくなかった声が。

侮蔑の感情をふんだんに含んだ声が。

瀬川健輔。

バスケ部主将。

そして、俺をさんざん抑圧したグループの主犯。

要するに大戦犯。


 が、その姿は以前の見る影もなかった。

バスケ部だけあって長身だったはずの身長は縮み、健康的な肉体はほっそりとしたものになっている。

背、俺と同じぐらいなんじゃないか?

170ないから人権もないな。

正直ざまぁ。


 しかし、俺は更に大きな問題を発見してしまった。


「おい、何で周りに建物一つもないんだ?」


 周囲には何もない草原が広がっている。

山なども見る事はできない。

見渡す限り、草、草、草。

誰かを笑っているわけでもなく、草しか生えていない。

俺の記憶が正しければ、日本にこんな場所はなかったように思える。

北海道にだって民家は沢山あるし、何よりここは非常に暖かい。

あ、いや、文明崩壊した30000年後の日本という線もある。


 そんな空想をしていると、突如沢渡の体が眩しく発光した。

ほぼ同時に瀬川も発光し、空中に固定される。


『そのことに関しては私から説明します!』


 聞こえてきた声はおとなしめな声の沢渡とは似ても似つかないものだった。

キンキンと耳の奥を刺激されるような高い声。子供か?

どうやら俺が今話しかけられたのは沢渡じゃないらしい。

俺のパッシブスキル『コミュ障』が発動する。


「…ぁ、あの、あなた…は?」


『私は神です!』


 俺がハン・ソロならこの状況に「嫌な予感がする」と言っただろう。

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