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母と娘

 コシカの家は街の西の端、外から街を守るほうの城壁のすぐ近くにあった。


 俺はコシカの家の前にブラックリザードの骨が入った布袋を置く。


「じゃあ。明日は澄んだ泉の水と薬草を摘んでくるね」


「うん、ありがとう。だけど、洞窟ほどじゃないけど

森も危険だから気をつけてよ」


「わかった。ありがとう」


 俺がそう言うとコシカが布ぶくろを持ちあげようとしたが重かったようで、すぐに床に置いて俺を見た。


「あのさ、中に運んでくれない?」


「いや、俺はかまわないけど、いきなりおじゃまして大丈夫?」


「うん、お母さんしかいないし、大丈夫よ」


 コシカはケロッとした顔でそう言うが、俺は戸惑った。


「大丈夫じゃないよね。それ?」


「いいから、いいから、どうせヴォルグにはこれからしばらく物を運び込んだり、運び出したり手伝ってもらうし」


「はぁ?」


 俺が「なに言ってんの?」と聞くとコシカは「そりゃ、そうでしょ?」と首をかしげる。


「だいたい澄んだ泉の水なんて樽だし、私に運べるわけないよね?」


「あぁ、そうなるのか……」


 確かに水の入った大きな樽をここまで運んだとしても、コシカ1人で部屋の中に運び込めるとは思えない。


「ポーションだって数がそろえばかなりの重さよ。そんな物を私が商業ギルドまで運ぶのは、無理」


「あのさ、それはなにか他の方法を考えてよ」


「なんでよ」


「コシカが商業ギルドに納品するポーションを俺が運び込むわけにはいかないだろ?」


「だから、なんでよ」


「いやいや『なんでよ』じゃないだろ? 俺はこう見えても冒険者だからね。冒険者ギルド所属ってことになってるから、その辺はデリケートな話なんだよ」


「じゃあ、冒険者なんてやめればいいじゃない。この際だから商業ギルドの傭兵に転職しなよ」


「そんなわけにはいくか!」


 俺が突っ込むと、コシカは「いい考えだと思ったのに」と言って、それから「いいからさっさと入って」と笑う。


「近所の目もあるのよ」


 そう言ったコシカが辺りを見回すので、俺は「わかった」と布袋を持って家の中に入った。


 城壁の影になって西日が入らない家の中はまだ夕暮れ前なのに薄暗い。


 コシカが「ただいま」と声をかけると、よわよわしい声で「おかえり」と声がかえってきた。


「コシカ、きょうはずいぶんと声が明るいのね。なにか、いいことでもあったの?」


「うん、お母さん。親切な冒険者さんを見つけてね。素材を直接売ってくれることになったの」


「えっ?」


 おどろいたコシカのお母さんが、ベッドに横になったままでこちらを見て固まった。


 わかるよ、いきなり連れてきたらおどろくよね。お母さんは俺を見て首の首輪に目をとめると「もしかして、流浪の民の方ですか?」と聞いた。


「はい、いきなりおじゃましてすみません。すぐに帰りますので」


「いえ、娘に親切にしてくれてありがとうございます。私はコシカの母で、アルカです」


 そう言ってくれたお母さんが体を起こそうとするので、俺が「ヴォルグです、そのままで」とうなずいてみせると、お母さんは「ありがとう」とほほえんだ。


 俺はブラックリザードの骨をコシカがいう場所に置いて、テーブルにブラックリザードの肉の包みを1つと野菜もすこしおく。


「コシカ、肉と野菜をここにおいておくからお母さんと食べてね」


 コシカは顔をしかめた。


「いらないわよ。同情のつもり?」


「うーん、どうだろう?」


「はぁ?」


「ごめん、正直に言うと生まれて今まであんまりこういうことがなったからどんな気持ちなのか? わからないんだよ」


 俺がそう言うとコシカは「えっ?」と言ってそれから俺の首にはまった首輪を見た。


「穢れとかって言ったけ、その首輪のせいなの?」


「いや、違う」


 俺は首輪をさする。


「この魔法道具の首輪が俺の穢れを抑えている」


 俺がそう言うとコシカは「うーん」と首をかしげる。


「よくわかんないんだけどさ、その首輪であんたの穢れってのは抑えられているんだよね?」


「うん」


「その穢れってのは人にうつりもしないのよね?」


「うん」


「なのになんで街への定住が認められないの?」


 コシカが真っ直ぐ俺を見るので、俺は「さぁ」と苦笑いを浮かべた。


「穢れをもって生まれた者たちはずっと流浪の民として、生きてきたそうだよ」


「そう、じゃあ仲間はいるのね」


「いや、わからない。世界は広いから他にもいるのだろうけど、俺は会ったことがないよ」


「嘘でしょ?」


 コシカは目を見開いた。


「じゃあ、ヴォルグはずっと1人だったの?」


「いや、数年前までは爺ちゃんと一緒だったし、それにどの街にもいい人たちはいるから仲良くしてくれる人はいたよ。ただ家に入れてくれたのはコシカが初めてだけど」


 俺がそう答えるとコシカは「はぁ」と息を吐き出した。


「それは仲良くしてくれたとは言えないわね」


「えっ?」


 俺が聞くとコシカは「まぁいいわ」と笑ってその手を俺のほうに差し出した。


「これから私とヴォルグは友達よ」


「友達?」


「そうよ、友達」


「いいの?」


 俺が聞くとコシカは「もちろん」と笑う。なので俺はその手を取って握手をした。


「ありがとう、コシカ」


「気にしないで、だから私の荷物運び頼むわね」


「うん? それは仲良くしてくれるって言えるの?」


 俺が聞くとコシカは「あはは」と笑う。


「誤魔化さないでよ」


「仲良くしてやるわよ。あんたがもう嫌だって音を上げるほどにね」


 そう言ったコシカがニヤニヤと笑う。


「あのさ、それはなんか怖いんだけど」


「もう遅いわよ」


 すると、アルカが「ヴォルグさん、コシカと仲良くしてやってくださいね」とほほえむから、俺は「はい」とうなずいた。


「母さん、それは違うわよ。私が仲良くしてやるんだから」


 アルカが「はいはい」とあしらうとコシカは「絶対わかってない」とふくれた。だけどそれがなんか楽しくて嬉しかった。

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