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月の下

 俺は必死になって花を摘んで布袋に詰めた。いくつもいくつも摘んで布袋に詰めっていっぱいになるとそれを『ストレージ・キューブ』にしまう。


「これでコシカは大丈夫だね」


 俺は呟いて座り込むと、眼下に見えるスペラビルの街を見た。


「離れたくないと思える街は初めてだね」


 コシカにアルカ、それから門番の隊長のウィア、冒険者ギルドのエドルに、商業ギルドのラーニャとクルテル、それから市場の人たち。


「今まで穢れし者の俺にここまで関わろうとしてくれた人たちはいなかった」


 俺は自分の首にはまっている首輪をさする。


「俺が人族だったらずっと一緒にいられたのかな」


 そう呟いてから俺は仰向けに倒れる。月が俺を見ていて、星もみんな楽しげにキラキラと輝いた。


「人が孤独の闇を怖がるから女神様は月を作った。月が1人じゃ寂しいからたくさんの星も作った。見上げれば照らしてくれる。孤独の闇を払ってくれる」


 俺は胸に手を当てる。コシカやアルカを思うと胸がギュッと痛くなる。それが悲しいけど、嬉しかった。


「ヴォルグ!」


 そう呼びかけられて俺が体を起こすと、コシカがいた。だけど、コシカの横にはヘラヘラと笑ったズロンがいる。


「ズロン、なんのまね?」


「探したよ、ヴォルグ。大人しく投降しろ、さもないとこの子が死ぬことになる」


「コシカは関係ないでしょ? それにコシカのことは可哀想だと言ってたじゃないか」


「あぁ、言ったね」


 ズロンはうなずくと「でもしょせんは人族だ。どうなろうと知ったことではない」と笑った。


「そう、俺が投降したらコシカを救ってくれるの?」


「あぁ、救ってやるさ」


「眷属にするのは無しだよ」


 俺がそう言うとズロンは「わかっている」と言った。


「さあ、武器を捨てて投降しろ」


「わかった」


 俺が腰に下げたダガーに手をかけると、コシカが「ダメよ」と言う。


「ヴォルグ、いいから逃げて!」


 コシカがそう叫ぶと、イディナが「黙りなさいよ」とコシカを殴って気絶させた。


「手荒なマネはやめてよ」


「ふん」


 イディナが鼻で笑うと、ズロンに拳で殴られた。


「なっ、なにすんのさ」


「勝手なマネはするな、イディナ」


「はあ? どうせこんな女殺すでしょ? というか、スペラビルの住人は生贄じゃない」


「うるさい、黙れ!」


 もう一度、ズロンは殴ろうとしたが、イディナはそれを避けて間合いを取った。


「ズロン、あんた魔王になるからって私らのこと舐めてない?」


「あぁ、うるせぇぞ。口をつぐめ」


 ズロンはコシカを地面に寝かすと、牙を剥き出しにした。


「私は魔王の孫だ。ヴァンパイアの頂点であり、魔王になるべき者だ。だから従え」


「ふん、それがあんたの本性? もう少しで洞窟に充分な魔素が溜まり、祭壇も完成して、儀式のための生贄である人族も馬鹿みたいに祭壇の上で暮らしてくれているからって調子にのってんじゃないよ」


 イディナがそういうとズロンが「ベラベラと喋るな」と呟いて、消えた。


 次の瞬間にイディナの胸をズロンの手が突き刺している。ズロンはイディナの背中から出た手を閉じたり開いたりして、それから自分の爪を見た。


「この爪は特注でね。表面は神に祝福された銀でできている。意味がわかるかい?」


「なっ、てめぇ」


 イディナが驚くと、ズロンは楽しげに「フフッ」と笑う。


「私が手駒を殺す手段を用意しないと思ったのかい?」


「なっ、なにをするつもり?」


「我は、思い、望み、祈り、願う」


「あんた、なにを……」


 イディナが目を見開いて暴れると、ズロンは口に人差し指を当てて「しぃ」と言う。


「我は、思い、望み、祈り、願う。女神よ、信仰なき輩に裁きの鉄槌を、聖なる輝きを持って邪悪なる者を焼き尽くしたまえ」


「馬鹿なヴァンパイアが女神に祈るなんて……」


 イディナがそこまで言って「ガァァァァァァ」と叫んだ。


「ふざけるナァァァァァァ」


 イディナが暴れると、ズロンはイディナから手を引き抜いて離れた。白い火に焼かれながらイディナはズロンに襲いかかるが、大男のウガリにつかまれた。


「ウガァァァァァァリィィィィィィ」


「イディナが悪い」


 ウガリがそう言うと白い火に焼かれたイディナは灰となって消えた。ウガリが「さようなら」と悲しげに呟く。


 ズロンはそれを確認してから俺を見た。


「ヴォルグ、そこの娘は助けてやろう。だから、大人しく投降したまえ」


「仲間を簡単に切り捨てるあんたを信じると思うの?」


「ではどうする。今の君では私とウガリには勝てない」


「そうだね」


 俺は素直に首肯した。


「今の俺では勝てないね」


 そう言って自分の首にはまっている首輪をなでる。


「おい、わかっているのかい? それの封印を解けば……」


「うん」


「君は本当の化け物となって、もう人族には受け入れられないだろう。孤独に野山で暮らすつもりかい?」


 俺は「それもいいかもね」と笑い自分の胸に手を置いた。


「きっとこの感情を知らなければ、孤独を感じることもなかった」


 俺は「フフッ」と笑う。


「化け物になってしまえばきっと……月の見えない闇の中にいても孤独を感じることはないよね」


「やめろ、ヴォルグ!」


 俺はもう一度、倒れているコシカを見てほほえんでから首輪の封印を解いた。

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