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逃走

 キラッと光が見えた刹那、俺の喉を狙ったナイフがブン! と空を切る。俺は後ろに跳んで避けたが、見えていたわけじゃない。


「やるじゃないか、ヴォルグ」


 そう笑ったズロンがナイフを構えなおすと、今度は横からイディナが蹴りを繰り出してきた。腕でガードして吹き飛ばされると、着地と共に後ろに跳ぶ。


 ブォン!


 俺がいた場所を松明が通過して、冒険者たちが松明を振るいながら襲いかかってきた。


「やっちまっていいんだよな?」


「あぁ、だけど簡単に殺しちまったらつらまねぇぜ」


「まったくだ。作業にも飽きてたし、ちょうどいいぜ」


 俺はそれを避けた。


 下がる、しゃがむ、それから壁を蹴って跳び上がると「クッ」槍の石突で突かれて吹き飛んだ。


「グハッ」


 岩壁に激突して、俺が声をもらすと冒険者は「おいおい」と笑う。


「頼むぞ、もっと頑張れ」


「そうだ、今のが石突じゃなかったらお前終わってるぜ」


 ヘラヘラと笑う冒険者に俺は顔を歪めて「はぁ」と息を吐いた。


「なっ、なにため息ついてやがるんだ?」


「もう諦めちまったのか?」


「うん」


 俺がうなずくと冒険者は「ヘッ」と笑う。


「つまらねぇな」


「そうだぜ、最後まで足掻いてくれねぇとよぉ」


 冒険者たちがニヤニヤと笑うので、俺は「人を傷つけたくなかったけど仕方ないよね」と言って、低い姿勢から飛び出した。


 1人目の松明を避けて間合いを詰めると腹を殴る。


 次に槍を避けて、もう1人の懐に入ると拳を突き上げて、避けられたらそのまんま体重をかけて相手を押し倒した。


 俺が転がりながら体を起して前に跳びながら避けると、俺がいた場所にイディナのカカト落としが突き刺さる。


「やっぱり、イディナたちは別格だね」


「わかってるじゃない」


 イディナがニヤニヤすると、俺が押し倒した槍を持った男の人が「やってくれたな」と笑う。


「もう手加減してやらねぇぞ」


 すると他の冒険者が「手加減なんて初めっからしてないだろうが」とゲラゲラ笑った。それにムキになった槍を持つ男の人が突進してきたので、それを避けて槍を岩壁に突き刺させる。


 そして、男の人を殴って気絶させて壁にすると、俺は逃げた。


 もちろん追いかけてきて「待て」とか「逃げるんじゃねぇ」とか言っているが、待たないし、逃げるに決まっている。


 俺はゴーグルをかけなおすと、闇の中を疾走した。


 どこまでも枝分かれした洞窟の中をどんどん進んでいく。途中で何度も、何度も曲がり、入り口ではなく、奥の方に進んだ。


「黒幕がズロンならスペラビルに帰れば助かるってわけじゃないよね」


 貴族と繋がりのあるズロンと、穢れし者の俺の言葉では街の人たちがどちらを信じるかなど決まっていた。


 どろんこになりながら逃げまわり、息も上がり、へとへとに疲れ果てた時、俺はぼんやりとした明かりにつられてそこに入った。


 洞窟の天井に穴が空いて、月明かりが差し込んでいる。


 どうやら外は夜になっていたらしい。


 目の前には大きなブラックリザードが横たわっていた。ぼんやりと輪郭が淡く光っている。


「見つけた……」


 魔物草。死んだ魔物に生える光るキノコ。


 俺は夢中で、キノコを採って布袋に詰めた。


「素材はあと1つ……」


 山に生えるという花。


 俺はそう思って洞窟の天井に空いた穴を見上げた。


「集めてどうするの?」


 そう呟いて「フフッ」と笑う。


 俺はもうスペラビルには戻れない。コシカにもアルカにも会えない。


 そう思ったら見上げていた穴がにじんだ。


「もう疲れたよ、爺ちゃん」


 俺はそう言って『あなたも笑いなさい、泣きなさい。食べて、飲んで、話して、愛しなさい。それこそが生きる意味なのよ』というラーニャの言葉を思い出した。


「それが生きる意味だというなら、俺は生きているとは言えないんじゃないか?」


 ただ放浪して、魔物を倒して、お金を稼ぎ、食べて、飲んで……だけど、俺には話し相手も、愛する相手もいない。


「俺は穢れし者だから……」


 俺はギュッと歯を食いしばった。


「爺ちゃんはさ、どうして人族を愛したの?」


 そう言ってコシカが浮かんだ。


 もうわかっていた。人族には弱いからこその輝きがある。


「爺ちゃんもそこに、生き物が生きることの意味を見出したんだね」


 俺はツルツルとした岩壁を登る。


「最後に素材だけは集めて、商業ギルドに届けよう」


 もう一緒にいられなくても、定期的に商業ギルドから仕事がもらえればコシカは生きていける。最近はアルカも調子が良いし、泉の水を飲んでいれば……。


「それは希望的すぎるな」


 俺はまた「フフッ」と笑いながら転げ落ちた。


 そこからもツルツルとした岩壁を何度も、何度も滑りながら登った。落とされるたびに俺は笑う。馬鹿みたいだけど、生きている気がした。


 そして、とうとう穴に手をかけた。


 足場をもう一度確認してからグッと体を押し上げて顔を出す。


 するとそこは一面に白い花が咲き誇った丘だった。


 月明かりにゆらゆらと揺れる白い花。


「嘘だよな……夢でも見ているのか?」


 その花こそがラーニャの指定した雪解けを告げる花だった。

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