ズロン
俺がズロンたちを気にしながらゆっくりと岩陰から出ると、その女の人は「みぃつけた」と笑う。
「なっ?!」
気がつかなかった。俺が来たほうの通路から来た女の人はまったく気配をつかめなかったのに、今はピリピリとやばい雰囲気がする。
「ヴォルグ君?」
「誰だ、あんたは?」
「私はイディナだよ。ヴォルグ君」
イディナがニンマリと笑うと、背筋がゾゾッと冷えた。
「ズロンがね、君と話がしたいって言うから、私たちが君のこと探してたんだ」
「そう、でも俺は話すことなんてないよ」
俺がそう言うと、イディナは首を横に振った。
「君の意見なんて聞いてないよ」
「えっ?!」
俺は蹴り飛ばされていた。とっさに腕でガードしたけど「クゥ」と声をもれる。そして、背中から岩肌に打ち付けられた。
「グハッ」
俺が着地すると、イディナはパチパチと拍手した。
「やるじゃない」
「いきなり蹴るなんてひどいね」
「だって、君はどうやって逃げようかって考えてたでしょ?」
イディナはニヤニヤと笑う。そして、騒ぎを聞きつけたズロンたちが駆けつけてきた。
まずいね……。
「これは、これは、ヴォルグ君じゃないか、こちらから出向く手間が省けたよ」
ズロンはそう言って「こんなところでなにをしているんだい?」と首をかしげた。
「ラーニャさんに頼まれた素材を探しに来た」
「へぇ、どんな素材?」
「あんたには関係ない」
俺がそう答えるとズロンはほほえんだけど、近くにいた男の人が「そんな言いかたねぇだろ?!」と怒った。
さっき怒られていた人だね。
「お前は黙ってろ!」
「しかし、ズロン様、こいつは、その、穢れし者ですぜ」
男の人らはそう言った瞬間に首を切られた。
「グエッ」
男の人が倒れると、ズロンはしゃがみ込んで「私は黙っていろと言ったんだ」とその男の人の顔を覗き込むとナイフの血をその人の服で拭う。
「まったく、どうしてこうも無能ばかりなのだ? 人族は……」
ズロンはそう呟いて、立ち上がると俺を見た。
「ヴォルグ君、この羽虫が失礼したね。すまない」
そう言って頭を下げると「我らは同志だ。良かったら素材探しを手伝おうじゃないか」と続けた。
「同志?」
「そうだよ、英雄ギロイの孫、ヴォルグ・ポルナヤ・ルゥナ」
「なっ?!」
俺が驚くと、ズロンは笑う。
「驚くことはないだろ? 人族が穢れと呼んでいるものがなんなのか? 知ってる者もまだいるさ」
そう言ってズロンが周りを見渡すと、イディナが「裏切り者の孫よね」と笑う。するとズロンが「やめないか、イディナ」といさめた。
「私の名はズロン・ドゥフ・ナヴァル、君の祖父であるギロイが倒した魔王の孫さ」
「魔王……」
俺が言い淀みながら後ずさると、ズロンは「怖がらなくていいよ」と笑う。
「ヴォルグ君、君は人族をどう思うんだい?」
「どうって?」
「人族は今や我が天下とばかりに増長して好き勝手やっている、そうは思わないか?」
ズロンは首をかしげて、それから続けた。
「他の種族を亜人と呼んで虐げる。ましてや君たちは先の戦いで人族側に付き我が祖父を倒したというのに、今はその血族を穢れし者と呼び差別している。違うかい?」
「違わないね」
「そうだろう。それに君の友達のあの少女だってそうだ。母が病気だからと自分が代わりに働いて、あんなに頑張っているのに、洞窟病と差別されている。あのような者たちこそ、報われるべきではないかい?」
ズロンが優しく笑うので、俺は「それで?」と聞いた。
「ヴォルグがこちらの仲間になるなら、彼女たちを救ってみせる。私がね」
「それは、ズロンさんの眷属にするってこと?」
俺が首をかしげるとズロンは「そうだ」とうなずく。
「私の眷属となれば、もう洞窟病など怖くない。私たちヴァンパイアには病気などないからね」
「その代わり永遠にズロンさんには逆らえないのだから、活殺自在の手駒にされるだけでしょ?」
俺がそう聞くとズロンは「フフッ」と笑った。
「私は同志を手駒なんかにしないよ。それこそ家畜どもはたくさんいるんだ。人族どもに身の程を弁えさせて使えばいい」
「そうやってヴァンパイアが増長して、人族たちを虐げていたから、魔王は爺ちゃんに殺されたんじゃないの?」
俺が聞くとズロンは「そうだな」とうなずく。
「しかし、人族どもと我らでは種族が違う。わかり合うことなどできないのだよ」
ズロンはそう言って「ギロイは」と続けた。
「夜な夜な泣いていたのだろ? 魔王亡きあと人族は他の種族を虐げて神への信仰すら失った。今の世の中がギロイの願った世の中だと思うのかい?」
「わからないよ」
俺は首を横に振る。
「君はその首輪で力を抑えて、それでもなお、穢れし者として定住も許されず、なにをするにも税をかけられて、各地の街をさまよい歩いてきたのだろ?」
「うん、そうだよ」
「旅の末に多くの仲間は死んで、君の仲間はもうほとんど残っていない。そうだろ?」
「うん」
「そんな仕打ちをされて、まだ人族の肩を持つ必要があるのかい?」
ズロンは俺を真っ直ぐに見ると手を差し出した。
「私の手を取れ、ヴォルグ。人族の世では君たちに未来はない。そのままでは絶滅するぞ」
俺は「そうだね」とうなずく。
「俺もズロンさんの言ってることが正しいんだと思う。きっと俺たちは絶滅する。だけど、それが全てではないよ」
「はぁ?」
「ひとつの種が終わりを迎えれば、きっと新たな種が生まれる。いずれは人族の中からも新たな種が生まれて現存の人族もいなくなるのかもしれない。そうやって世界はずっと回ってきたんだ。俺たちが絶滅するのは俺たちがこの世界に必要なかったってだけの話だよ」
「ふん、戯言だな。人族の勝手で多くの種が失われていく。それは決して自然なことなどではない」
「そうかなぁ? 人族もこの世界の歯車のひとつでしかない。大きな世界の中では人族のやっていることに意味なんてないよ」
「ふん、錬金術か『全ての物は虚であり、虚でありながら存在する』全てのことや物に意味なんてない。しかし、意味がないからこそ大いなる意思の働きの中で存在するか……」
ズロンはうなずいた。
「では私が大いなる意思の下、消し去ってやろう。人族も、それから君も……」
「ズロンさんの言いかたを借りると、俺たちは種族が違うから分かり合えないもんね」
「ふん、そうだな。残念だよ、ヴォルグ」
「本当に?」
俺が聞くとズロンは笑う。
「いや、ヴァンパイアを倒すことができる君たちは正直邪魔なんだ。そういう意味では人族に感謝するよ」
ズロンはケラケラと笑った。




