冒険者ギルド
豪華な服を着たその人が、立ち上がった男の人と俺を見て目を細める。すると、男の人が「ズロン様」と目を見開いた。
「冒険者同士でなにをしているんだ。喧嘩なんてつまらんことをするなら1匹でも多くの洞窟の魔物を狩って来たらどうだ?」
「ですが、ズロン様。こいつは流浪の民なので……」
男の人が言い淀みながら俺を見ると、ズロンは「なるほど」と薄く笑みを浮かべる。
「君はスペラビルになんの用かな?」
「洞窟で狩りをさせてもらってる」
「そうか。まあ君たちに課せられた税さえきちん払っていればとやかく言うつもりはないが……」
ズロンはそこで小さくうなずいた。
「まあ、迷惑をかけないようにね」
「うん、ある程度稼がせてもらったら出ていく」
俺がそういうとズロンは「そうか」と笑って、それから男の人を見た。
「お前も良いな? この者はきちんと決められた税を納めているのだから必要以上にからむな、わかったな」
ズロンがそう言うと男の人は嫌な顔をして俺を見たあとで「わかりました」とうなずく。
「有り余った元気は魔物を狩ることに使え」
そういってズロンが去っていくと、男の人は「へっ、お貴族様の腰巾着が偉そうにしやがって」と呟く。すると仲間が「おい!」と言った。
「聞こえたらまずいだろ」
「ふん、そんなことは言われなくてもわかってる」
男の人は仲間を見て「だから、ちゃんと居なくなってから言ってるさ」と言って、俺を見た。
「ケッ、てめぇのせいで、酔いが覚めちまった」
男の人がそう吐き捨てて冒険者ギルドを出ていく。
それを見送って俺が周りの冒険者たちを見ると、みんなうなずくので俺も軽く会釈して、それから奥の作業場へと移動した。
『ストレージキューブ』からブラックリザードを取りだして作業台の上に置くと、少し離れたところにいる冒険者たちが「おぉ」とどよめいた。
「おい、あれを1人で倒して来たのか?」
「見りゃ、わかるだろ?」
「そうだけどよぉ」
「あいつ、まともな魔法が使えないんだよな?」
「ふん、穢れし者は化け物だからな」
誰かがそう言うとみんな静かになった。
まあ、みんな俺のことをそんな風に見ているだろうね。
俺は気にせずにナイフでブラックリザードの解体を始めた。
「ずいぶんとでかいブラックリザードだな」
俺がそう声をかけられて顔をあげるとその人は綺麗に刈りそろえられた自慢のヒゲをさする。
「エブルさん?」
「おう、元気か? ヴォルグ」
「まあまあかな?」
俺が答えると「なんだ、なんだ、覇気がねぇな」と言って「ちゃんと食ってんのか?」と聞く。
「うん、食べてるよ」
「そうか、それでそいつはいつも通り全部買い取りでいいのか?」
「うん、自分が食べる分の肉はもらうけど、あとは売るつもりだよ」
俺が答えるとエブルは「そうか」とうなずく。
「正直、ポーションの需要が高まっていて、その素材の1つであるブラックリザードの骨を売ってもらえるのはありがたいぜ」
「そうなの?」
「あぁ、洞窟の魔物を間引くために多くの冒険者と傭兵たちが駆り出されているからな」
「それで洞窟の中に人がいっぱいいるんだね」
俺がうんざりという顔をすると、エブルは笑う。
「まあ、そう言うな。大半の冒険者も傭兵も好きで駆り出されているわけじゃねぇ」
エブルはそこで少し間を取ってニヤリと笑った。
「お前も洞窟のダンジョン化の話は知ってるだろ?」
「ダンジョン化?」
「あぁ、そうだ。なんでも洞窟を貴族が楽しむ娯楽施設にするんだとよ」
「えっ? それだと冒険者は入らなくなるの?」
「まあ、そうなるな……」
嘘だろ。
「そんなの困るよ」
俺が言うとエブルは「あぁ、大丈夫だ」と笑う。
「スペラビルを誇る2つの貴族家が合同で行う事業だからな。今すぐにどうということはないさ」
「うん?」
「2つの貴族家は仲が悪いのさ、驚くほどにな」
「なるほどね」
俺はブラックリザードをすべて解体し終えると、肉は葉っぱで包んで麻糸でしばって3分の1を『ストレージキューブ』に戻す。そして、エブルを見た。
「エブルさん、あとはお願いできる?」
「もちろんだ」
エブルは笑うと残りの3分の2の肉と骨、牙や爪、それから皮の状態を確認した。丁寧に1つ、1つ確認したあとで俺を見て「お前が払う税を引いて銀貨6枚でどうだ?」と言う。
「えっ、高くない?」
俺が驚くと、エブルは「フフッ」と笑った。
「さっきも言っただろ、いまポーションの需要が高まっているからな。ブラックリザードの骨の買取額も上がってんだよ」
「そっか、ありがとう」
俺がうなずくとエブルは職員に声をかけて、銀貨6枚を持って来させると俺に渡した。
「ヴォルグ、また頼むな」
「うん」
「なんか変なことを言ってたやつらも居たみたいだが、俺はお前を認めている。穢れし者だろうが、そうじゃなかろうが、冒険者の腕にはまったく関係ないからな」
えっ?
俺は驚いて言葉が出なかった。するとエブルがニヤニヤとするので、俺は「どうせ」と言う。
「そんなことを言ってブラックリザードを狩ってきて欲しいだけでしょ?」
「あぁ、そうだ」
エブルはうなずく。
そうだよな。
俺がそう思うとエブルが「だがな、認めているのも本当だぜ」と笑うので、俺は「わかった。ありがとう」と冒険者ギルドをあとにした。