洞窟の奥
コシカを送るとやっぱりアルカが心配していた。事情を説明するとさらに心配をかけてしまいそうなので、アルカには市場で囲まれたことだけ話すことにした。
だけど、これから先のことが心配なので、手伝いに来ているギルド職員に「コシカをなるべく1人にしないでほしい」とお願いした。
「わかったわ」と力強くうなずいてくれたギルド職員の女の人は見るからに強そうなので、大丈夫そうだ。
コシカが買った物と市場のみんなにもらった物、それから湧き水も渡す。
アルカはやっぱり澄んだ泉の水とポーションのおかげで少し調子が良くなったらしく。今回の湧き水も喜んでくれた。
夕食をご馳走になり、それからあの教会に帰ると俺は「フフッ」と笑う。雨垂れで黒い涙を流しているみたいな女神像が、そんな俺を見て笑っていた。
「おかしいよね」
俺は女神像に首肯する。
『ストレージキューブ』に荷物を詰めて、外套を取り出すとヒューと隙間風が鳴いて俺を励ますので、屋根が残っている隅に置かれたベンチに横になって外套に包まる。
俺は屋根が落ちた場所を見上げた。
青黒い空には月と、それから星が群れ遊ぶようにキラキラと輝いた。
「お前たちはいつも楽しそうだね」
俺はそう呟いて胸に手を置いた。
コシカやアルカを思い出すと、胸のあたりが温かくなる。だけど……。
「俺は穢れし者。街は穢れし者の定住を認めない。民は穢れし者を受け入れない。天は穢れし者を愛さない」
俺はそう呟いてゆっくり瞳を閉じた。
翌日は早朝から洞窟に入った。
暗い洞窟の中をどんどん進んで俺は深いところまで潜っていく。
「かなり奥にしか生えないらしいからね」
魔法道具の『ナイトビジョン』と動物的な感で危険を察知しながらズンズン進む。
途中でブラックリザードとファングバット、それからパラライズトードも倒した。それらはいつも通りに『ストレージキューブ』に入れてさらに先へと進んだ。
「眩しい」
かなり進んだところで、松明らしき明かりが見える。
「おかしいね、こんなところまで来ている冒険者なんているのか?」
俺は警戒を強めて岩陰に隠れると、ゴーグルを外して明かりがもれているところの様子を見る。
やっぱり冒険者と傭兵のようだけど……。
「見覚えがないね」
しかもかなりの人数だ。土魔法を使って壁を整えて、かなり大きな部屋と祭壇みたいな物を作っていた。
「なにをしているんだろう?」
俺が小さな声でそう言うと「おい!」とひとりの男が言った。俺はとっさに岩陰に隠れる。
「なんだよ」
「適当にやってんじゃねぇ、簡単に壊れないようにしっかり固めろ!」
「うるせぇよ。なんでお前なんかに指図されなきゃならねぇ」
「なんだとぉ」
注意した男の人がもう1人につかみかかると「お前たちはなにをしているんだ?」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「ズロン様……」
「聞いてくだせぇよ、ズロン様。こいつが真面目にやらねぇんすよ」
「そうか」
うなずいたズロンは注意した方の男の人の肩に手を置いた。
「お前は偉いな、本当に偉い」
「ズロン様?」
「いつから他人に指図できるほど偉くなったんだ?」
「えっ?」
男の人が驚くと同時に「グフッ」と血を吐いた。
「汚いな、まったく」
「ずっ、ズロン……」
男の人が血を吐きながらぐずれ落ちて倒れると、ズロンがしゃがみ込んでその人の顔を覗き込みながら「お前らは偉そうにするな、わかるか?」と聞いて、それからその人の服でナイフの血を拭う。
「余計な手間だ。すまないがウガリ、これをその辺に捨てて来てくれるか?」
ズロンが指示すると、ズロンの後ろに控えていた体の大きな男の人がうなずいて倒れている男の人をひょいと小脇に抱えるとどこかに歩いていった。
「ズロン……」
「お前もちゃんと働け、いいな?」
ズロンが注意されていた男の人にそう言うと「すまねぇ」と男の人は笑ったが、ズロンが「おい」と凄む。
「わかってないようだな」
「すっ、すみません。わかりました、わかりましたから……」
「お前のことは人手が必要だから生かしたに過ぎない、生意気な態度を取るなら殺す。いいな」
男の人が「わかりました」と頭を下げるとズロンは「わかったんならさっさと働け」と男の人の足を蹴った。
俺はとりあえずその場を離れることにした。
なにかわからないが、ズロンのやろうとしていることは、ろくなことではない気がする。しかも、あっさりと仲間を殺すズロンはどう考えても、やばい。
「関わらない方がいいに決まってる」
俺はそう小さく呟いて来た道を戻ろうとしたのだが、運悪く来たほうから松明の光が近づいて来る。
俺は岩陰に戻るとしゃがみ込みながら縮こまって、その人たちが通り過ぎるのを待った。周囲を探りながら冒険者たちは進んでくる。
ひたひたと足音が近づいて、俺は息を止めた。
岩に冒険者の1人が手をかける。
「おい、お前らずいぶんと遅かったな」
作業をしていた1人が声をかけたので、その冒険者はこちらを覗かずに「あぁ、途中で魔物と戦った跡があったからな、周囲を調べながら来たんだ」と言って作業をしている人たちのほうに歩いて行った。
俺は「ホッ」と息を吐いた。
やばかった。本当に……。
俺がそう思った瞬間に「それでヴォルグ君はどうなった?」とズロンが言ったので、ドキリとした。
「それなんですがね、あのクルテルとかいう傭兵、口ばっかりであっさりやられやがって」
「まあ、それは仕方ないだろ? クルテルは多少腕が立つと言っても人族だ。対するヴォルグ君はあの英雄ギロイの孫なんだぞ」
「そうなんですが、やつがあんまりにもあっさり負けるし、ラーニャのやつが手を回していやがって、結局ヴォルグさんと話をすることもできませんでした」
「そうか、それでは仕方ないな。だがそのうちに話せる機会もあるだろう。ご苦労だった、ありがとう」
ズロンがその人たちを労うと、その冒険者たちは頭を下げた。
「いえ、ズロン様のお力になれず、悔しいです」
するとズロンは「フフッ」と笑った。
「様なんてやめてくれよ。俺たちは仲間だろ?」
ズロンが冒険者を抱きしめる。
それがさっきまでの態度とあまりにも違うから余計に恐ろしかった。




