ヴォルグとコシカ①
俺がグリーンバイパーを狩ってスペラビルに戻ってくると、もうすっかり日暮れ前でメインストリートを歩く人たちは帰りを急ぐ人と、これから繁華街に繰り出す人とが入り乱れていた。
ソワソワとどこか落ち着かない。
「あの湧き水を持って行きたかったけど、明日にしたほうがいいね」
俺は小さくうなずいて、コントラストみたいな人たちの波の中に足を踏み入れた。なにやら楽しげに話す人たち、口を一文字にして急ぐ人。買ったものを大事そうに抱える人。
それぞれがそれとして賑わいになっている。
「野菜を買っていこうかな」
俺は市場に足を向けた。
盛んに飛び交う呼子の声と、買い物客の笑い声、それからガヤガヤと違った意味で賑わう市場に足を踏み入れて、俺は止まった。
「コシカ?」
買い物をしているコシカを見つけた。
そして、俺は「フフッ」と笑ってから歩みよろうとしてやめた。
「おばさん、ここに置くね」
「うん、悪いわね。コシカちゃん」
「大丈夫だよ」
「野菜はこっちに置くから」
コシカが「うん」とうなずいて、カウンターに銅貨を置いた。そして、床に置いてあるカゴを「ありがとう」と受け取る。女の人が「あいよ」と答えるとコシカは小さく頭を下げて、次の店に移った。
「おじさん、いつものお肉お願い」
「おう、わかった」
「代金はここに置くね」
「おう」
コシカは代金をカウンターに置くと少し下がる。すると周りの買い物客はコシカから離れるように遠くを通る。
まるでコシカの周りにだけ壁があるみたいだった。
「ここに置くぜ」
「うん」
男の人がカウンターに葉に包まれた肉を置くと、コシカはそれを受け取って「ありがとう」と頭を下げてすぐに離れた。
「コシカ」
「えっ?」
俺が呼びかけるとコシカは振り返って「ヴォルグ?」と驚いた顔をする。なので、俺は「ずいぶん買ったね、俺が持つよ」とコシカが抱えていた荷物を預かった。
「いいの?」
「いいさ」
俺が笑うとコシカは小さな声で「ありがとう」と言った。
「帰ろう」
「うん」
2人で並んで歩き出すと、買い物客たちがヒソヒソと話をする。そして、ひとりの女の子が俺たちの前に立ち塞がった。
「お兄ちゃん、その子に近づいたらダメなんだよ」
「なんで?」
「洞窟病になっちゃうんだよ」
女の子がそう言うと「やめなさい」と女の人がその子を抱えながら俺たちから離れる。俺はその子に「洞窟病はうつったりしないんだよ」と言った。
「でも……」
戸惑った女の子が女の人の顔を見上げる。女の人も困惑気味な顔で女の子を見てから「うつらない保証はないのよ」と苦笑いを浮かべた。
「うつらないと言われている洞窟病だって昨日までうつらなくても今日はうつるかもしれないじゃない」
女の人がそう言うので俺は「そうだね」とうなずく。
「でも、あなたが洞窟病になって、娘さんが同じ扱いを受けたら……」
俺がそこまで言うと、コシカは「いいの!」と言った。
「みんなの心配はわかるし、離れていても売ってくれるからいいの……」
「そっか、そうだね。ごめん」
俺が謝ると、コシカはギュッと自分の胸元をつかんだ。すると俺がいつも野菜を買っているお店の女の人が「あんたが謝ることじゃないだろ?」と声をかけてきた。
「おばちゃん?」
「ヴォルグの言う通り、洞窟病はうつったりしないわね。お嬢さん、次からは野菜はうちで買いなよ。私は気にしたりしないからさ」
「えっ?」
コシカが驚くと、女の人は「私の店は穢れし者も差別しない店ってヴォルグが保証してくれるさ、そうだろ? ヴォルグ」と言った。
「うん」
俺がうなずくと裏から男の人が出てきて「なに言ってやがんだ、初めは嫌がってたくせして」と言うので「いつまでも昔のことを言ってんじゃないよ」と女の人が答える。
すると周りの店から笑いが起きた。
そして、隣の店の男の人が「肉ならうちで買いなよ。俺も気にしないからよ」と笑う。
戸惑ったコシカは俺の腕をギュッとつかんで、それから3人に対して「ありがとう」と頭を下げた。
すると3人は「気にするんじゃないよ」「そうだぜ」「いつでもおいで」と笑ってくれた。
俺が「ありがとう、おばさん、おじさん」と言うと3人は「はいよ」とうなずくので、俺は頭を下げてコシカに「帰ろう」ともう一度声をかける。
コシカは小さくうなずいて、3人にまた頭を下げると俺の腕をつかんだままで歩き出した。
2人で歩いていると次々にほかの店の人たちも声をかけてくれて、それまで距離を取っていた買い物客も距離を取らなくなった。
「ケッ、穢れし者のくせに」
少し離れて俺たちを見ていた男の人がそう言ったが、その人に対して他の人が「お前は馬鹿なのか?」と言う。
「なにがだよ」
「今日商業ギルドから通達があっただろ? この先ポーションの値段が安定するのは、あの坊主のおかげなんだよ」
「えっ?」
男の人が驚くと他の人が「ほかの冒険者たちは洞窟の魔物の間引きばかりで森に行かないからな」と言ったので、俺が「そのポーションはこの子が作っているんだ」と言った。
「「えっ?!」」
うん?
「おい、それは本当か?」
近くの店の男な人がそう言うので俺が「うん」とうなずくと、男の人は店から出てきてコシカの手を取った。
「嬢ちゃん、ありがと、ありがとう」
「えっと……」
「今朝、店に質の良いポーションが並んだおかげで息子の怪我が治ったんだ。しばらく痛がってたからよ。ありがとな」
男の人に圧倒されたコシカが「よっ、良かったです」と答えると、次から次から寄ってきた人たちに代わる代わる感謝され、コシカは戸惑って恐縮していたが、俺の持っているカゴにはいろんな物が増えていった。




