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流浪の民

 日の光の届かない真っ暗な洞窟の中で、俺はツルツルと冷たい岩に手を置いて岩陰に隠れていた。


 ペタペタという足音が少しずつこちらへと近づいて来るのを聞きながら息を殺して隠れているとそいつの姿が見えた。


 チョロチョロと舌を出しながらギロッとした目で周りを見まわして、ノソリノソリと太いしっぽを振りながら俺の隠れている岩の前を通りすぎて行く。


 俺はそいつが通り過ぎた後で岩かげからゆっくりと出た。


 それから腰の鞘からダガーを引きぬいて、背後からすばやく背中に飛びつきながらそいつの首の後ろにダガーを突き立てる。


 ドスン! 


 体重を乗せたダガーがグッと突き刺さるとそいつは抵抗することなく倒れた。


 太い尻尾や鋭い爪で仕返しされるのは困るからうまく倒せて良かった。


 横たわるそいつを見下ろして、ボロ布でダガーについた血を拭きとって腰の鞘に戻した。


 今日の獲物はブラックリザード。肉もおいしいし、素材もいろいろと使い道があるので良い獲物だと言える。


 俺は「ふぅ」と息を吐いて、肩から下げているカバンから『ストレージキューブ』を出した。それを床に置いて、魔石を起動するとキューブが広がって、その中にリザードがしまわれる。


「これでよしっと、本当に便利だよな。この魔法道具は」


 俺は少しだけ笑って、洞くつの入り口へ向けて歩き出した。


 俺は松明などの照明器具を持たない。その代わり『ナイトビジョン』と呼ばれる魔法道具のゴーグルをしているから闇の中でも周りが見える。


 なので、物かげに隠れて後ろから襲いかかるさっきみたいな狩りは得意だ。


「いるな……」


 俺はしゃがみ込みながら知覚が広がるようにあたりを探る。


「パラライズトードが3匹かな?」


 俺はそう呟いて迂回した。


 もちろん倒せるときは後ろや上から飛びかかって倒すのだけど、洞窟の中で無理は禁物だ。


 今日の獲物はブラックリザードだけで充分だしね。


「まぶしい」


 俺はゴーグルを外して洞窟の外に出た。


 洞窟をぐるりと囲むようにそびえたつ城壁の上、のこぎり型の狭間から革よろいを身につけた数人の兵士たちが俺を見下ろす。


 そして、兵士の1人が声をかけてきた。


「ヴォルグ、もう狩りは終わりか?」


「うん、今日はブラックリザードが獲れたよ」


「そいつはすごいな」


 笑った兵士が「ちょっと待ってろ」と言って城壁の向こうに手で合図を送って門が少し開いた。俺は「ありがとう」と兵士に言ってからその隙間を通って門の中に入った。


「ご苦労だったな、ヴォルグ。悪いんだが……」


「ちょっと待ってね。ウィアさん」


 俺はそう答えると『ストレージキューブ』からブラックリザードを出して検分台に乗せる。


「こいつはずいぶんと立派だな」


 驚いた顔をしたウィアがそう言うので俺は「うん」とうなずく。


「それに、そいつは本当に便利だよな」


「ストレージキューブ?」


「そうだ。だが貴族には気をつけろよ。東のシュゲイトは大丈夫だが、西のブランダルドは間違いなくそういう物を欲しがるからな」


「うん、ありがとう。気をつけるよ」


 俺がそういうとウィアは微笑む。


「じゃあ、悪いんだが……」


「うん、銅貨3枚だよね」


 俺が聞くとウィアが「あぁ」とうなずくので、俺はカバンの中から銅貨3枚を出して支払った。


「なにをするにもお金を取られる流浪の民は大変だな」


「まあ、そうだけど。もう慣れたよ」


 俺はそう言いながら自分の首に付いている首輪をさする。


「定住を許されない穢れし者……」


 ウィアは俺の首輪を見ながらそう呟くと、俺の目を見た。


「いつか変わるといいな、世の中がよ」


 俺が「うん」とうなずくと、他の兵士が「隊長」とウィアを呼ぶ。


「悪いな、次が来たみたいだ」


「うん、ありがとう。ウィアさん」


「おう、ご苦労さん。ヴォルグ」


 俺は『ストレージキューブ』にブラックリザードを戻して、洞窟都市スペラビルに入った。


 スペラビルは、王国の東の端にある深い森のなかにポッカリとあいた洞窟の周りにできた街だ。


 真ん中に高い城壁で囲まれた洞窟、そして、その洞窟から南北に向かって伸びる広いメインストリートをはさんで、西側と東側に街が広がっている。


 東側は冒険者ギルドを持つシュゲイト家が、西側は商業ギルドを持つブランダルド家が治めていた。


 俺が来た冒険者ギルドの前には、大きくてきれいな馬車が止まっていて、その扉には盾に剣と鷲を模した紋章が張り付いている。


「げっ」


 俺はそう言って頭をかいた。


 ギルドに貴族が来ているなら、俺は中に入らない方がいいかもしれないね。


 なので、入り口の大きな木戸を少しだけ引いて中をのぞいたのだが、ギルドのなかはいつも通りでガヤガヤとうるさい。


「大丈夫そうだな」


 そう呟いた俺はゆっくりと中に入った。


 北側の壁に掲げられた掲示板の前ではいつも通り出遅れた冒険者たちが「もう昼過ぎだし、今日は休みにしようぜ」とか「なに言ってんのよ、少しは稼がないと今日の飲み代がないわよ」とか、なんやかんやと言い合いながらクエストを選んでいた。


 南側の窓ぎわに並べてある丸テーブルでは早々に仕事を諦めた冒険者たちがドカンと座って昼からなにやら大きな声で話しながらエールを飲んでいる。


「おぉ、流浪の民様のお出ましだ」


「本当だ。今日はどんな獲物を獲ってきたんだ?」


 エールを持った男の人が聞いてくるので、俺は「ブラックリザードが獲れたよ」と言う。すると冒険者たちは「なっ」と声をもらしたあとで真顔になった。


「ほぉ、そいつはすげぇな」


 男の人はそういったあとで「魔法もろくに使えない穢れし者のくせに」と小さな声で続ける。


 バッチリと聞こえているが、まあ、聞こえるように言っているんだろうね。


「うん、今日は運が良かった」


「そうか、じゃあ。その運にあやかりたいから1杯おごってくれよ」


 男の人がニヤニヤと笑ってそういうので、俺は「いいよ」と答える。それからカバンから布袋を出すと、男の人は眉間にシワを寄せた。


「おい、なに本気にしてんだ?」


「うん?」


 俺が男の人を見ると男の人はさらに表情を険しくした。


「馬鹿にしてんのか?」


「いや、してないよ」


「下に見やがって!」


 男の人が怒鳴る。すると一緒に飲んでいた仲間が「やめろよ」と止めた。


「なにイラついてんだ? ヴォルグはなにもしてないだろ?」


「あぁ、こいつは俺らのことを下に見てやがるんだよ」


 男の人がそう言うと一緒に飲んでた人たちがみんな笑う。


「実際、下じゃねぇか?」


「あぁ、そうだ。冒険者の腕で言えば、どう考えても俺たちの方が下だろ?」


 仲間に「ガハハ」と笑われた男の人がバン! と立ち上がると、パンパンと手を叩いて「はいはい」とその人が近寄って来た。

よろしくお願いします。

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