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ひと夏のサイレン  作者: このゑ
3/4

Episode2



「ふぅん…わからないけど、人間って面倒そうね」


 彼女はそっけなく言ったが、父の死の悲しみや母の虐待の事実を吐き出せただけで楽になったし、理解されなくても誰かに言えただけで十分だった。


「いいよ、誰にも話したことなかったし、聞いてくれただけでうれしかったよ」


 そう言うと、彼女は不思議そうに俺を見つめる。少ししてから、サイドバングを子指で耳にかけながら目線を落として、


「いつもここに来るの?」


 と問いかけてきた。俺は短く「うん」とだけ答えると、彼女は目線を戻して俺の目を見つめながら、


「じゃあ私がここで話聞いてあげるから明日もここに来なさいよ」


 そういって彼女は微笑んだ、少し勝気に。大人っぽいのに、その笑顔は子供のように無邪気であどけなくて、かわいいという言葉のほうが似あっていた。


(都合のいい夢だな…夢じゃなければいいのに)


「いいの?ありがとう、明日も来るよ」


 そういって俺は彼女に手を振りながらその場を去った。




 一人で歩く海岸沿いの帰り道は、いつもとは違って見えた。海開きしていない時期なんかほとんど人気も車通りもない。それでも、なんだか明るかった。自分の心がとてもキラキラしていた。夢なら覚めないでくれと、ただそれだけを願うばかりであった。

















「遅い」


 いつもの特等席には、またもや先客が居座っている。彼女だ、ソフィアだった。聞こえた声も昨日と同じ、少し高くかわいらしい声。夢はまだ続いていたのだろうか、もしくは本当に…


 勢いよく自分の頬をつねってみるが、ただ痛いだけだった。


「痛ってぇ…」


「人間ってホントにアホね、自分で自分を痛めつけて…」


 彼女からは冷ややかな視線が注がれたが、そんなことよりこれが夢ではない可能性が大きくなって、俺は嬉しかった。ここにいるときはいつも、家での嫌なことから逃げていられた。学校に友達がいないわけではない、でも学校の奴らにはばれたくなかった。自分が虐待を受けていることはもちろんだけど、あんな母でも俺の母はあの人しかいないから、虐待が周囲にばれて、俺の前からいなくなってほしくはなかった。手を出してこなければいい人なのだ。母だって父を失ってショックなのだから、その痛みをわかってあげられるのは世界に俺だけで、その俺が裏切ってはいけないから。


 そして昨日彼女に出会って、同じ日をずっとループしているようなつまらない日常が、非日常に変わったというよりかは日常に異物が混入したような、根本は変わらないのに何か少しだけ違うものが混ざっている違和感を抱えた日常というか、言葉で説明するには少し難しい感覚を覚えたのだ。



「ありがとう、また来てくれて。でもさすがに服を着てくれ、上からかけるだけでいい、俺の目のやり場に困るから」


 俺は持ってきたテーブルクロスくらい大きな布を、ほぼ裸体に近い彼女にかけた。


「ああ、わかったわ。ところで私することないのよ、だから私に人間のこと教えてくれない?」


 そう言って興味深そうに、海に乱反射する太陽の光よりもキラキラと輝く彼女の瞳は、俺の像だけを捉えていた。それ以外この世界にないのかとすら思えるくらいに。もちろんだが、断る理由はなかった。


「もちろんだよ…でも何から話せばいいんだろう」


「そういえばあなた、私に名前聞いておいてそっちは名乗らないつもりなの?」


「や…忘れてた、ごめん。俺は那智なち みなとっていうんだけど、学校の人はみんな那智~って呼んでくる」


「名前が二つあるってこと?どっちで呼ぶべきなの?」


「うーん、二つあるというか。那智ってのは、苗字って呼ばれるもので、その人の家とか所属している集団・グループを指すもの。一方の湊ってのは名前で、個人を特定するものなんだよ、ソフィアってのと一緒」


「それなら名前のミナトだけでいいのにね、何でその苗字?まであるのよ」


「いやあ、俺も専門家じゃないからわからないけど、日本の歴史とか辿ればわかるかもしれないなあ。でも俺、歴史苦手だけど」


「歴史って、過去を振り返るものよね?じゃあその歴史がわかったら、人間のことわかるのかしら?」


「まあそうかもね」


「じゃあ私に歴史を教えて!」


 と言って彼女は俺の両肩をガシッと勢い良くつかむ。反動に少しよろめきながらちらっと彼女の顔を見ると、好奇心が目に見えるような気がするくらいにあふれ出ていた。まあ来年受験生になるし、受験勉強だと思って学ぶのも悪くはないかもしれない、そう思って俺は彼女の望みをかなえてやろうと思った。



 毎日会うための口実が作れた、彼女との結びつきが欲しかっただけなんて本人には言えないしいったところで理解できないだろうけれど。



 俺はこの恐ろしい怪物に心を奪われつつあった。




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