08 ミスリルと魔法
ワイバーンは真っ赤な目をパチリとさせながら俺をまじまじと見た。
それもほんの数秒のことだったと思う。
突然、獰猛な声をあげると大きく口を開いた。
あかん、食べられるやつだコレ! と思った瞬間に、稲妻がワイバーンに直撃する。
突然すぎて、ほぇー、としていると、ダンとレオルドが後ろからやってきて俺の両腕をがしっと掴んだ。
「自分からワイバーンのところに行くなんて、どういうつもりです?」
ダンが怒ったように言った。
別にわざとじゃないんだけどね。
二人に両脇を抱えられて他のみんなと合流する。
「ジル様!! なぜお一人で奴らの所へ!?」
騎士団の人にもダンと同じことで叱られた。だからわざとじゃないんだって。
「うっかりしてただけだよ。でも急に雷が落ちてきて助かったよ」
見れば他のワイバーンにも雷が落ちたらしく、みんな地面に倒れ込んでぴくぴくしてる。
でも変だな。空は快晴なのにどうしてここだけ雷が落ちたんだろう。
「もしかして! 誰かの魔法だったりする?」
むしろそうに違いない。誰だ、こんな強力な魔法を隠し持ってたやつは!
するとみんなが一斉にユアナの方を見た。
視線の先にいるユアナが青ざめた顔でうつむく。
「……え? もしかしてユアナがやったの?」
「……はい」
かぼそい声でユアナが返事をする。
「すごいじゃーん!! 魔法使えたわけ? 教えといてくれれば良いのに!」
「…………」
あれれ? 興奮してるのは俺だけで、ユアナは黙ってうつむいてるし、みんなも微妙な顔をしてる。
「皆さんどしたの?」
するとダンがユアナの前に歩み出た。
「ユアナ……。ジル様を助けてくれたこと、感謝する。……だが今のはミスリルを用いた疑似魔法だな?」
「……そうです……」
なんだか空気が重苦しい。気圧のせいか?
「ジル様の使用人であるお前がなぜミスリルを持っている? お前は一体何者なんだ?」
「…………」
どうやらユアナは責められているようだ。
「コホン。みんな落ち着いて」
こうなったら俺が一旦仕切り直そう。
「事情はさっぱり分かりませんが、ユアナが魔法で俺とみんなを助けてくれた。ですよね?」
「それについては感謝しています……」
ダンが難しい顔でそう言った。
「俺も感謝してるよ。ありがとうエトナ」
「いえ……当然の……ことです」
「それでですよ。どうしてユアナはこんなに落ち込んでるわけ? 誰か分かる人」
はーいと俺自ら手を挙げるが、みんな黙ったままだ。
「そうだね。じゃあダン君! 説明してもらえるかな?」
少し間が開いたあとで、ダンが言った。
「今のは元素系の攻撃魔法です。術者の魔力で創ったのであれば発動の際に魔法陣が出現しますが、今の魔法にはそれがなかった」
「ふんふん、つまり?」
「簡単な術ならともかく、しあのレベルで魔法陣が出現しないとなると考えられるのはひとつ。ミスリルを使った擬似魔法しかありません」
「ユアナがミスリル……?ってやつを持ってたんだね」
「ですが、それは普通ありえないことです」
「なんで?」
「ミスリルは高価なもので、庶民がおいそれと所有することは出来ません。持っているのは原産国であるセント・リア公国の貴族階級以上か、各国の魔法省直下の人間だけです」
「じゃあ、ユアナはそのどっちかじゃない?」
「……我が国では魔法省の者を王室使用人にすることはありません。同様に、他国の貴族が王室で働くことも出来ません。……つまりユアナは経歴を偽って王室に入り込んだことになります」
なるほどね。
「申し開きはあるか? ユアナ」
ダンが尋ねた。
「ありません……」
そう言うとユアナが俺の前に来てひざまずいた。
「ジル様……私はセント・リア公国の諜報員です。使用人をしながら王国の内部調査を行い、セント・リアに報告するのが任務でした……」
みんなが息を呑んだ。マジか……という何ともやるせない空気が流れる。
「もしかしてジル様の婚姻もお前が仕組んだのか?」
ダンが尋ねるとユアナが首を振る。
「私にそこまでの力はありません。婚姻は王家と大公家の間で正当に取り決められたものです」
「そうか……」
「しかし問題です。ユアナさんが諜報員となれば、国家反逆罪と陰謀罪に問われることになる。どちらも重い処分がくだされる……」
レオルドが悲しそうに言った。
「それだけじゃないぞ。彼女はワイバーンを駆除した……。相当な刑罰があるはずだ。しかもセント・リアの人間とあれば国際問題にまで発展するぞ……」
騎士団のリーダーがつぶやく。
国際問題という言葉が出るとユアナがぴくりと体を震わせた。顔は真っ青になり、今にも泣きそうな様子だ。
「はい。そこまで!」
手をポンと叩く。
「みんな暗いよ。せっかく命が助かったんだから明るくしようよ」
「……良いのですジル様……私が諜報員であることを隠していたから……」
「はいそこ静かに」
「でも……」
「いいですか? ユアナは命がけで俺を助けてくれた。自分がスパイだってばれるかもしれないのにだよ? それってめちゃくちゃ勇気がいるじゃん。みなさんそう思いません?」
全員が沈黙したまま俺を見る。
「レオルド君」
「は、はい」
「さっきの何でしたっけ? 国家……?」
「国家反逆罪と陰謀罪……」
「そう、それ。諜報員だとそういう罪になっちゃうわけですよね」
「そうです……」
「でもここに諜報員はいないよね」
「「……え?」」
みんなの目がキョトンとなる。ユアナも、は? って顔をしている。
「あの、それはどういう」
レオルドがもごもごしてたのでハッキリ言ってみる。
「ここに諜報員はいない。ユアナは俺の使用人だし、これまでもこれからも変わりません。ハイ」
「つまり……ユアナさんのことを見逃す、ということですか?」
レオルドが怪訝な表情で言った。
「ジル様、それは無理がありますぜ? こいつらは王国の騎士団だ。スパイを見逃せばこいつらが罪に問われる」
ダンが慌てたように言った。
「大丈夫っしょ、誰も見てないし。みんなの秘密ってことで」
「いや、でも……」
「ワイバーンはどうするんです?」
今度は騎士団のリーダーが言った。
「いずれ瀕死のワイバーンを誰かが見つけます。すぐに王国に連絡が入るし、そうなればここを通ったはずの我々が通報しなかった事を責められます。かといい通報すれば事情を尋ねられ、彼女のことも話さざるを得ない……。我々は八方塞がりな状態です」
「ワイバーンねぇ……」
その時ユアナがすっと立ち上がった。
「ジル様……もう良いのです」
「何が?」
「騎士団の方々に知られた以上、大人しく罰を受けます……。もとより諜報員としてグレシア・ジスカに潜入したときから覚悟してました。ジル様がこれ以上お気を煩わせることはありません」
何かを悟ったように、笑顔で言った。
「別に気を煩わせてないけどね。ようはワイバーンがどうにかなればいいんでしょ?」
そうだよね。こいつらがどこかに行ってくれれば、後はいくらでも口裏合わせられるもんね。
「ジル様、何をするおつもりで?」
ダンが何か言ってるが、気にせずワイバーンのそばまで歩み寄る。
「まさか……ワイバーンを治療する気じゃ……」
そうですけど?
こいつらが元気になってどっかに飛んでいけば証拠も無いし、全部丸く収まるんじゃね? と思ったわけです。
まあ馬車が壊れちゃったのは上手くごまかすしかないけどね。
「なりません! そんなことをすればまた襲われます!!」
ユアナが正論を叫んだ。
「うん。だから急いで逃げて。俺もすぐ追っかけるんで」
ダンやレオルドが止めに走ったが、俺の魔法の方が早かった。
手の先が光ったかと思うと、倒れ込んだワイバーン(全部で4匹いる)を光が包む。
その時、空中にどでかい魔法陣が浮かび上がった。
さっきダンが言ってたやつか。実際見るとファンタスティックだねー。
「くそったれ! みんなジル様を連れて逃げるぞ!」
ダンがそう叫んだ時、目の前のワイバーンが大きく翼を広げて起き上がった。
さすが猛獣、回復が早い。
後ろを向いて急いで逃げようと走るが、なぜだ、前に進まない。
ふと気づくと俺の服にワイバーンが噛み付いているではないか!
「やばい! 捕まった!」
せっかくユアナが助けてくれたのに、さっきより状況が悪化してる。
「ユアナ、さっきの魔法は使えないのか!?」
ダンが叫んだ。
「ダメなんです! 私の持っているミスリルは1回しか使えません……!」
「くっ……ダメ元で戦ってやる!」
玉砕覚悟で突っ込んできそうなダンを、
「ちょい待ち」
と言って制する。
ダンが怪訝な顔で立ち止まった。
いや自分でも不思議なんだけど、このワイバーン、全然怖くないんだよね。
さっきの威圧感がまったくないし、服に噛み付いてるのも甘噛みってやつ?
「みんな一回落ち着こう。ワイバーンたちさ、もう襲うのやめたみたいよ?」
半信半疑でダンがこちらに歩み寄る。
その後を騎士団のみんなとユアナが続いた。
ワイバーンたちはみんな傷が癒えたのか起き上がり翼をぱたぱたさせている。
でもさっきみたく俺たちを追いかけることはせず、毛づくろいならぬ鱗づくろいをして大人しくしている。
俺の服を甘噛みしていたワイバーンも、鼻先をよしよしと撫でると目を閉じてゴロゴロ言い出した。猫か。
「ジル様……魔法で何かしたんすか?」
「いーや何も。怪我を治しただけ」
みんなが沈黙したまま首をかしげる。
理由はよく分からないけど、俺たちに対する敵意が消えてしまったんだ。
これをラッキーと言わずして何と言おう。
「で、ですが、これが本来のワイバーンの姿ですよ」
騎士団の一人がそう言った。
「俺は渓谷の近くに家があるんで、以前も間近でこいつらを見ることがあるんですが、基本的に大人しくて無害なやつらです。さっきみたいな凶暴な姿は初めて見ました」
「確かに凶暴だったよねー。目なんか真っ赤に血走ってたし。思い出すだけでおっかない」
そのおっかない魔物が目の前で大人しくしてるんだから不思議だ。
さっきまでのは何だったのだろう?
みんなであれやこれや話し合ったけど結局よく分からないので、ひとまずセント・リアに向かうことにした。
馬車が無いので歩きになるが、まあ仕方ない。
運動した分だけ向こうに着いてからのご飯が美味しくなるはずだ。そうに違いない。
お読みくださってありがとうございます。
またよろしくおねがいします。