05 晩餐会
こちらの世界に来てから早くも1ヶ月が経った。
そしていよいよ明日は結婚式のために隣の国に旅立つ日だ。
てっきりお嫁さんをもらうのかと思っていたけど、
俺がお婿さんとしてあっちの家に住むことになるみたい。
幸せにしてくれるといいな。
でも正直ほっとしてる。
城の人たちはみんな俺に対して冷たいのだ。
表向きは、王子様ご機嫌麗しゅう、ってな感じだけど、俺がいなくなった途端に悪口を言い出す。
今日は因縁ふっかけられなかったぜ何とかかんとか、みたいな。
聞こえてますよ、って何度か言おうと思ったけど、
それを言ってまたエリオット・パーシーの時みたいに処分がどうの、なんて話になっても面倒だ。
幸いもうすぐ城を出るし、ほっとけばいいや。
けどそれにしたってみんなジルを嫌いすぎだろ。そんなにひどいやつだったのかな? 以前のジルは。
ユアナとダンだけは普通に接してくれるから本当に助かる。
君らは俺の心のオアシスですよ、と伝えたら「はい?」って顔をされたけどね。
彼らのことは今後も大切にしていこう。
「ジル様、荷物はすべて馬車に積み終わりました。先にセント・リアに届けますが、ほかにお持ちするものはありますか?」
ユアナが息を切らしながらそう言った。
「……。ユアナが一人で荷造りしたの?」
「はい! ジル様に必要なものを一番把握しているのは私ですから!」
洋服とか結構な量だったけど、誰か手伝ったりしなかったのかな。
俺が手伝おうとしたら全力で拒否られてしまったし。
「あ、重たい荷物はダンさんも一緒に運んでくれましたよ?」
俺の表情を見て何か察したのか、ユアナがにっこりそう言った。
「そうですか。じゃあ良かったっす」
「はい!」
ぐるっと部屋を見渡して、他に持っていくものがないか確かめる。
と言っても、実際俺がここに滞在したのは一ヶ月だし、私物はほとんど以前のジルのものだ。
ほかに持ってく荷物なんて特にないので明日の出発までゴロゴロしてよう。
今日でお別れになる大きなベッドに寝そべって文字通りゴロゴロしていると、
ユアナが思い悩んだような顔で近づいてきた。
「……あの、ジル様」
「何でしょう?」
「セント・リアへのお供はすでに決められたのでしょうか?」
何だかすごく悲しそうな顔でそう言った。
「明日の護衛さんのこと?」
王子の旅立ちとあって王国騎士団がセント・リアまで護衛してくれると聞いていた。
「それもあるんですが……、セント・リアでのお世話をされる方です。王室使用人の中から何人かお連れになるのだと思いますが、どなたになるのか伺っていなかったので……」
ああ、一緒に連れて行くメイドさんのことね。それはもちろん、
「ユアナでしょ」
「……へ?」
「え?」
何?違うの?
「あ、あの……私……なんかでよろしいのでしょうか……?」
「うん。ほかに誰かいます?」
「いや、えっとメイド長のマリアさんとか、以前ジル様のお世話をしていたトレッタさんとか……。みなさん私より経験豊富ですし……」
「やだよ、ユアナじゃなきゃ」
「………!」
だって今さら初対面の人を連れてっても気まずいだけでしょうに。
しかもユアナとダン以外の俺に対する敵意ってば本当にひどいんだ。さすがの俺でもちょっと凹むくらいに。
「あ、でもひょっとして連れて行かない方がいいのかな? こっちに家族とか恋人がいたら離れ離れになっちゃうもんね」
そうか、うっかりしてたな。俺にとっては故郷じゃないしどこに住もうと関係ないけど、ユアナは違うよね。
「そ、そんなことないです!! 私もっ……ジル様と一緒に……ぜひお供をさせてくださいっ!!」
噛みっかみでユアナが言った。そして顔が近い。
「そうしてくれたら嬉しいけど、別に無理しなくても……」
「無理してません!!」
……じゃあお願いしますと言うと、ユアナは満足げにお礼を言って部屋を後にした。自分の荷物をまとめるそうだ。
俺の中では当然ユアナも一緒に来てもらえると思ってたけど、ユアナの中ではそのへん曖昧だったようだ。
考えてることは口にしないとな。俺の悪いクセだ。
夜は俺にとって城で最後の晩餐が開かれた。
婿に行くんで、奨励会みたいなもんかな。
「ジル。達者で暮らせよ」
隣で盃を掲げながらアレクが言った。このマッチョは俺の(ジルの)お兄さん。王様の跡取りだ。
「うん。そっちも」
そう言ってアレクの盃と乾杯をする。
「明日はすまない。トネイラ国との会合が急遽明日からに変更されてな、王族も宰相も見送りには行けない。結婚式への参列も難しいだろう」
「いいよ。おかまいなく」
三男坊なんてそんなもんでしょ。むしろ王族が来ないほうが気楽。礼儀作法にうるさいからね。
「なんというか……お前はずいぶん変わったな。あの事故以来」
アレクが突然しみじみと言った。
まあ中の人が変わりましたからね。
「こう言ってはなんだが、以前はもっとすれていて、人当たりもきつかった。それがずいぶん穏やかになった」
「そりゃどうも」
「お前の兄として何もしてやれなかったことが悔いだが……変わったお前を見たら少しは気が楽になったぞ」
お酒が入っているせいか、いつもより饒舌なアレクだ。
ちなみにこっちの世界じゃ15歳で成人になる。俺もアレクも十代だが法律違反にはならないのだ。
「良かったよ。そう言えば他の兄弟は? 次男と妹がいるって聞いたけど」
アレクが一瞬動きを止める。
「そうか。まだ記憶は戻っていないんだったな……」
重い溜息を吐きながら言った。
「あいつらは来ない。当分は表に顔を出すこともないだろう」
事情がありそうだ。
「覚えていないならそれでいい。隣国の元首となるお前が気にすることじゃないからな」
それもそっすね。
何だか微妙な空気になったところで、晩餐会の招待客がアレクにお酌しに寄ってきた。
アレクの気がそちらに向いたので、これ幸いと目の前の料理をぱくぱくと口に放り込む。
お腹空いてたんだよね。みんなが話しかけるから食べる暇が無かったけど。
「お酌をしてもよろしいですかな? ジル王子」
一通り料理を食べ終えた頃、一人の男が話しかけてきた。
「悪いけどお酒はもういいや。アルコールに弱いんだよね」
「これは失礼しました。でしたら紅茶はいかがでしょう?」
「いいね。それでお願いします」
男は給仕の人に声をかけて紅茶を持ってこさせると、テーブルのカップにそれを注ぐ。
「紅茶はお好きなのですか?」
「まあね。嫌いじゃないです」
「それは良かった。嗜好が一緒とは、親しみが持てますな」
俺は男をまじまじと見る。
ロン毛で年齢不詳。ニコニコ笑ってるけど、何だか作り物の仮面を被ってるみたいだ。腹の中では何を考えてるか分からないタイプだな。完全に偏見だけど。
「おたくは誰です?」
「これは失礼。私は宰相を務めております、クロノス・グレイと申します」
「そう。よろしく」
「記憶をなくされたのは本当なのですね」
なくしたというより始めから無いが、説明するのも面倒なので黙ってうなずく。
「ご婚礼おめでとうございます。しかしながら明日はお見送りが出来ず……」
「アレクに聞いたよ。気にしないで」
男がほう、と息を漏らした。
「恐れながら、以前のジル様でしたらひどくお怒りになったと思うのですが……」
「そうなの。何で?」
「……王子の出立に見送りがおらず、婚礼の儀式にも参列しないなど普通は有りえません」
そういうもんかね。
「別にいいよ。大勢で見送られても面倒だし」
「そうですか……。ですが、私はひとつ王子に謝らなければならないことがあるのです」
「へえ。何でしょう?」
「トネイラ国との会合が明日にずれ込んだのは私のミスなのです」
それはそれは。見るからに仕事ができそうなのに、人は見かけに寄らないな。
「私が会合の日付をトネイラ国に誤って伝えてしまい、奇しくもそれが王子の婚礼の日と重なってしまったのです。トネイラ国は大国ですから機嫌を損なうわけにいかず、急遽こちらが間違った日程に合わせざるを得ませんでした」
「ふーん」
「王子、本当に……大変っ申し訳ございませんでした!」
そう言うと両足を揃え深々と頭を下げた。
謝罪の声があまりにも大きくて、飲み食いしていた招待客が一斉にこちらに注目する。
「どうした? ジル」
アレクが眉を寄せながら言った。
「良いのですアレク王太子殿下。すべて私が悪いのですから。そうですよね、ジル王子?」
「どうだろう。本人がそう言うなら、そうなんじゃない?」
正直どうでも良かったので、「もう分かったよ」と言ってクロノスを退席させる。
招待客がみんな「またやらかしたようだジル王子は」とか「宰相も気苦労が絶えないな」とか、ひそひそ話していた。
どうやらジルの評判がまた一段下がったようだ。
別にいいけどね。二度と会わない人たちだし。
◆◆◆◆◆◆◆
ジル王子直属の護衛である俺、ダンは晩餐会場の隅っこで、怪しい奴が王子に近づかないか目を光らせていた。
王族に親しい者しか招待されていないが、それでも何があるか分からない。
最近やけに気安くなり、以前の張り詰めたバリアが消えたジル王子は、外敵にも浸け込まれやすくなったと言える。
だからこそ長年護衛を任されてきた俺がしっかりと王子を守らなければならない。そんな想いで王子とその周辺に睨みを効かせていた。
場の雰囲気が変わったのは、クロノス宰相が王子のもとを訪れてからだ。
何を話したのか分からないがクロノスが大げさな素振りで謝罪をすると、周囲の者たちから一斉に非難の目が王子に向けられた。
ただでさえ評判のよろしくないジル王子だ。人前であんな風に頭を下げれば、それをさせたであろうジル王子への心象が悪化することくらい宰相なら分かるはず。
もしかしてワザとか? そう思えるくらい端から見ると演技くさい謝罪だった。
それは、俺と同様ジル王子を見守っていたメイドのユアナも一緒のようだ。
「何でしょう? あの茶番は」
珍しく怒りを顕にしながらそう言った。
同感だ。あれはまさに茶番でしかない。
最近のジル王子には好感が持てる。何を考えてるか掴みどころが無いが、高圧的でなく優しさも見せるようになった。
それを知っている俺とユアナだからこそ、あれを茶番だと思えるのだ。
何も知らない他の者からすれば、王子が宰相に理不尽な叱責を行った、と見る者が大半だろう。
俺でさえ以前のジル王子しか知らなければそう思ったに違いない。
明日でこの城を去るというのに、最後の最後まで人に非難されるとは……。
王子が不憫に思えて仕方なかった。
あのとき、身を挺して魔物からユアナを守った王子こそ、あの方の本当のお姿に違いないのだ。
残念なのはそれを知るのが俺とユアナしかいないということ。
だから俺だけは決して王子を非難すまい。この先何があってもジル王子をお守りしよう。
そう心に決めた瞬間だった。
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