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ジル・シュタイン公国記  作者: 天ノ雀
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04 モンスターがあらわれた

期間が空いてすみませんでした…


白いオオカミは三匹。しかもやけに図体が大きい。


「もしかしてこれが魔物ってやつ?」


「……ハイウルフです、ジル様。いいですか、刺激しないようにゆっくりと逃げますよ……」


この距離まで迫られて逃げれるだろうか……。


そのとき、ユアナの馬がヒヒンと鳴いた。そうかと思ったら前足を持ち上げてユアナを振り落とす。


「痛っ!」


ユアナが勢いよく尻もちをついた。馬はといえば、あっという間に遠くへ逃げていく。そりゃ馬だって怖いよね……。


「ジ、ジル様どうしましょう!?」


「うーん。戦う?」


なんたって俺には魔法がある。でも待てよ?


「治療魔法で戦う方法ってあります?」


「ないですよ! 治療魔法は治療のときだけ使うんです!!」


ですよね。


オオカミたちは唸りながらゆっくりと近づいて来る。三匹はそれぞれ距離をとり、どうやらフォーメーションを組んでいるみたいだ。獲物を襲いなれてる感じがすごく嫌だな。


そのときだった。


「王子!」


男の声がしたかと思うと、白馬に乗った青年が突如目の前に現れる。金髪で後ろ髪を縛ったハンサムガイだ。

青年は剣を構えると馬から飛び降りオオカミの前に立ちふさがる。


「……誰?」


「下がっていてください! 王子!」


名乗ってくれないが、とりあえず俺とユアナを守ってくれるらしい。


男前な登場にイラ立ったのか一匹のオオカミが青年に飛びかかる。

が、それを上手くかわすと青年は素早い剣さばきでオオカミを十字に切り裂く。続けざまに飛びかかったもう一匹にも剣を振り下ろし、一刀両断に切り捨てた。


イケメンのくせにめちゃめちゃ強いとか、お前が主人公でいいよ、もう。


「下がりましょう! ジル様」


ユアナがそう言って俺の手を引く。だが残されたもう一匹のオオカミがいつの間にか俺たちの前に回り込んでいた。


「しまった!」


青年が叫ぶ。2匹とやり合っている間に取り逃がしたのだ。


オオカミは鋭い牙をむき出しにすると、ユアナに向かって勢いよく飛びかかった。


「ヒッ……」


ユアナが身をすくめる。目を閉じて、訪れるはずの牙の衝撃に身構える。

だがそれは来ない。わずかな間を置いて、ユアナが不思議そうに顔を上げた。


「………。……ジル様……?」


目を大きく見開いてユアナが絶句した。俺が彼女を覆うように立ち、その左肩にがっつりとオオカミの牙が食い込んでいたからだ。

飛び散った血がユアナの顔にかかり、状況を少しずつ理解したユアナが青ざめる。そして俺も違う意味で青ざめる。……マジで痛い。


「くっ、コイツ!」


わずかに出遅れて、青年が残されたオオカミを真っ二つに切り裂いた。


「ジル様! ……どうして私なんかを!!」


倒れ込む俺の横にひざまずきながら、ユアナが大粒の涙をこぼした。


「何となくね」


とりあえず死ぬほど痛いのを我慢してそれだけ答えた。

本当に何となくで、ぶっちゃけ深い理由なんて無いんだ。


「お、王子! 申し訳ありません、俺がいながら!!」


青年も慌てて駆け寄るが、おたく誰よマジで。


まあ皆さん心配しているようだけど、そんなのは無用だ。なんせ俺には治療魔法がある。さっと撫でれば傷なんて……。

と思ったんだが、負傷している左手は動かせないし、もう片方の右手をなぜかユアナが握って離さない。


「ジル様……ごめんなさい……私、私……」


「あのう……手、離してもらえます?」


「はっ!!! す、すいません!!!」


慌てて手を離してくれたんで、早速傷を受けた所に手を当ててみる。

(治れ~)と念じるが……おかしい。一向に痛みが引かない。


まさか自分自身には効かないとか……?


「ジル様?」


「うーん。死ぬかも」


「そ、そんな、ジル様!!」


魔法は効かないし、血は流れるし、そして痛い。

ダメだこりゃ。


「俺がやります!」


そう言うと青年が急いで肩に手をかざす。するとどうだろう。ゆっくりとだが痛みが引いてくる。

見れば青年の手から白っぽい光が出ている。まさか君も治療魔法が使えるのか!?


「俺は教会出身の騎士ですから。多少なら治療魔法も使えるんです」


なんと。強いだけじゃなく癒やしも与えられるとは。完敗です。


じんわりとした温かさに身を委ねていると、左肩にいつもの感覚が戻ってくる。

痛みも完全に消えて、体を起こしても何ともなかった。


「うん、完全復活!」


肩をぐるぐる回しながら言った。


「無事で何よりです」


「治してくれてありがとう。ところで君、誰?」


「……は? あ、ああ、俺はダンです。ジル王子の護衛役を務めています」


「ほうほう。君のような優秀なボディーガードがいるとは。頼もしいね」


「あ、ありがとうございます……」


「でも今度からもうちょっと早く来てくれない? マジで危なかったんで」


「いや……でも、急に城を抜け出すなんて思わなくて」


「言い訳なんて君らしくないんじゃない? ダン君」


「すいません……」


まあどう考えても俺が悪いんだけどね。

危なかったし怖かったんで、ちょっと嫌味を言いたくなっただけさ。

理屈と感情は別物なので許してほしい。


「魔物が危険なのは分かったよ。服もやぶれちゃったし城に帰ろうかな」


治療魔法もさすがに服までは直せない、ので一旦城に戻ることにした。

肩むき出しとかどんなファッションだよ、などと街の人に突っ込まれるのも嫌だし。





◆◆◆◆◆◆◆





意気揚々と城へ戻るジルの後ろを二人の男女が馬を連れて歩く。



ダンが声をひそめるようにユアナに話しかけた。


「なあ、ジル王子が記憶を無くしたのは本当なんだな」


「え? ……ええ、ジル様にとってダンさんは初めてお会いするも同然のようです」


ぼんやりとジルの背中を眺めていたところを声をかけられ、ハッとしたようにユアナが答えた。


「記憶がうんぬんてのは、まぁ……そういうことなんだろうが……。性格まで変わっちまったみたいだ」


そうか、事故後に始めてジルに会う者にとっては新鮮な驚きなのだな、とユアナは改めて思う。


「ジル王子が俺に“ありがとう”だってよ。生まれて初めて聞いたぜ、ジル王子のお礼なんて」


そう言ってダンが笑う。


「あの……ダンさん」


「どうした?」


思い切ったようにユアナが尋ねた。


「治療魔法のことですが……」


「ああ、さっきも言ったけど俺は教会にいたから……」


「えっと、そうじゃなくて……」


言葉を遮られ、ダンが不思議そうに首をかしげる。


「私、魔法にはあまり詳しくはないのですが、その……自分に魔法を使うことって出来ないんですか?」


最初は何を言われたのか良く分からない様子だったが、やがて理解したようにうなずく。


「治療魔法で自分自身を治せるかってことだな?」


「そうです」


「そいつはちと難しい」


「どうしてでしょう?」


「系統によるが、魔法を自分にかけても滞留魔力と相殺するんだ」


「滞留魔力?」


「肉体に留まっている魔力のことさ。マナから魔法が生まれるが全部が外に発散されるわけじゃない。魔法の発動で生まれた魔力と、体内に留まった魔力がぶつかると魔法効果が消えることがあるんだ。他人から受けた魔法は別だがな。治療系や暗黒系、滅多にいないが時空系の魔法も自分自身には使うことが出来ないと聞くぜ?」


「……そうなんですね」


理屈はよく分からないが、つまり自分自身に魔法はかけられないということ。

それなのにジルは、ユアナをかばって怪我を負ったのだ。自らを治療できないにもかかわらず。


ユアナは再び前を歩く背中に目を向ける。


ジルはのんびりと散歩を楽しむように鼻唄を歌って歩いていた。

さっきまで命を危険にさらしていたとは思えないくらい穏やかな様子で。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




私、ユアナはリア様への手紙をしたためている。

婚礼の日が近づき、いよいよ祖国であるセント・リア公国に帰れるかもしれないのだ。


……もっとも、ジル様のご命令が無ければ共に行くことは出来ない。専属メイドとして付添を許されるかどうか……私の今の関心事はそれにつきる。


リア様にはいつものようにジル様の近況をお伝えする。それと王室や周辺で起きている出来事も。

王室専属メイドとして、また、セント・リア公国の密偵としてこの国を訪れて早3年だ。


大国とのパイプを作るために御身を犠牲にされ、王族を夫に迎えるリア様の心の内はどのようなものなのだろう……。


私には到底計り知ることは出来ないが、せめてその心に少しでも明るい火を灯してあげたい。


だから私は出来るだけジル様のことを詳しく手紙に書く。記憶を失くす以前よりもずっとたくさんの事を。



先日は驚くことに、城を抜け出して一人で街まで赴こうとしていた。

しかもまるきり反対の方角に向けて駆けていくのだから、メイドである私でも呆れてしまった。


でもその後の行動は私にも予測出来ないものだった……。


魔物に襲われ、ダンさんが駆けつけてくれたものの、魔物の一匹に私が襲われそうになったとき、

信じられないことにジル様が身を呈して私をかばってくれたのだ……。たかが一介のメイドであるこの私を。


本当にどうしてしまったんだろう、ジル様は。


衝撃で身を凍らせた私は、ジル様に駆け寄り思わず泣いてしまう。それほどの大怪我をジル様は負っていたのだ。

血が溢れて止まらず、ジル様の顔色もみるみる悪くなっていった。

助けなきゃ、そう思うのに混乱して思考が動かなかったことが情けなくて仕方ない。


悲しくて、申し訳なくてジル様の手を握っていたけれど、離してくれとお声を掛けられた。

その時私はふと気づいたのだ。ジル様は治療魔法を使えるのだと。

だからご自分に魔法をかけ傷を癒やすのだと思った。


でも、ジル様は傷に手を当てたまま苦痛に顔を歪めるだけだった。


どうしたのだろうと私は思った。どうして魔法を使わないのだろうと……。


……そのときの私がどれほど思慮が浅く、愚かだったのか、今ならよく分かる。


自分自身に魔法は使えない。魔法を使える者の間では常識である事を、私は知らなかった。

知らなかったがゆえに、怪我をしても魔法で治せるのだと、どこかでたかをくくっていた……。


ジル様はただご自分の怪我の具合を確かめたかっただけだったのだろう。

手を当てて、傷の様子を探り、そして死を意識された。

――死ぬかもしれない。そう言われたとき、私まで心臓が止まりそうになった。


自分の怪我は治せない。

それなのに身を挺して私をかばい、死ぬほどの怪我をなされた……。

これほどの深い優しさに、私は何で報いれば良いの? 


許されるならばせめてジル様のお世話をこの先もずっとさせて頂きたい。

セント・リアに婿入りされた先もずっと。


それが私が出来るせめてものお返しなのだから。




手紙をくくりつけた青い鳥が、今日もセント・リアに向けて飛んでいく。


私がお伝えするジル様の行動が少しでもリア様の心の明るく照らしてくれれば本望だ。


そんな想いで空に小さくなっていく鳥をいつまでも眺めていた。


お読みくださってありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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