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ジル・シュタイン公国記  作者: 天ノ雀
20/20

20 大公殿下ロクシス



グレシア・ジスカの宰相を務めるクロノス・グレイは、この国でも古参の貴族家出身だ。それでも、若くして宰相に取り立てられたのは家柄の利だけではない。


眉目秀麗のみならず豊富な知識と明晰な頭脳は同年代に並ぶ者はおらず、貴族学校を主席で卒業。在学中に作った派閥は強力なコネを生み出し、最年少で大臣に就任。そしてまたたく間に宰相となり、現在は王に次ぐ権力を持つ男として国内外の有力者に広く知られている。


はたから見れば栄光の人生を歩む若き天才であるが、本人はその恩恵にさほど満足していない。


クロノスにとって宰相の座は単なる過程だ。そもそも人間の作り上げた組織で自分がどの役割を担おうとどうでも良かった。彼にはある目的があり、そのために最短経路を通った結果、今は宰相という役割を務めているに過ぎないのだ。


王族のように豊富な手駒を持っていたのなら違う手段もあっただろう。しかし転生先を操作することはクロノスであっても難しい。宰相となり得る家柄だったことを幸運と見るべきだ、と彼なりに納得しながら着々と目的に向かって進んでいた、はずだった。


だがつい最近になってイレギュラーな案件が発生している。それがグレシア・ジスカ連合王国の第三王子、ジル・シュタイン・グレシアだ。


腐敗貴族の見本のような男。選民主義で傲慢な割に、野心に欠け能力も低い。王の血を引くだけあって見目こそ麗しいが、それだけだった。操りやすく手懐けやすい。ジルの性格をそのように変えたのもまたクロノスだ。ジルを使い、かつての領地であるセント・リア公国を崩壊させて王国に再統合する手はずだった。


歯車がきしみだしたのは王子が事故に遭ってからだ。死に体から蘇り、人格がそっくり他の誰かに入れ替わった。比喩でも何でもなく、その可能性が高いとクロノスは考える。彼の使役する魔物たちが森でワイバーンに襲われるジルたちを見ていたからだ。


魔物を使役する力、“跪く者(フェイニル)”。古代魔法の一つで魔術式は現存しない。世界で唯一クロノスだけが使える魔法だ。


その力でワイバーンを操りジルを葬るつもりだった。国の守護魔とされるワイバーンが人を襲うことは通常無いが、所詮は魔物。気まぐれに食卓のメニューを変えることだってある。

王子を殺されたことでワイバーンを討伐するにも二重三重の面倒な手続きが必要となるし、そもそも獣に報復するというのも極めて野蛮な行いだ。結局のところ王子の死は不運な事故として処理され、どこにも遺恨を残すこと無く王子だけがこの世から消えるという都合の良い結果になるはずだった。


だがジルは生き延び、ワイバーンにかけたはずの使役魔法もなぜか解かれていた。そして怪しむべきはジルの行動。魔法を使えるなどどいう話は聞いたことが無いのに、ジルは魔法によって傷ついた騎士とワイバーンを治療した。

百歩譲って治療魔法の血脈が巧妙に隠されていたとしても、ジルが惜しげもなく人々の怪我を治療するなんてことは有り得ない。かつてならば使用人ごときに使う魔力は無いと一蹴するのがオチだった。


それゆえ今のジルは“別の人格を持った見知らぬ誰か”という結論に行き着く。どれほど突飛であろうとも、消去法が導いた結論ならば

真実である可能性が高い。


そしてセント・リア公国でのクーデターにかこつけたジルの暗殺も同じく失敗。これにもジルが原因として絡んでいるように思えてならなかった。


今やクロノスの中でジルは、要注意人物から重大危険人物にまでレベルを引き上げられていた。


最短距離を進んできたとはいえ、クロノスの目的はまだ先にある。ここで躓けば大幅な時間のロス。下手をすれば再び転生する事態にまで発展するかもしれない。


積み上げてきたものを崩すことが無いよう、いかなる障害も抹殺する覚悟をクロノスは改めて胸に刻んだのだった。




 ◆◆◆




クーデターの三日後。俺はリアと療養院に来ていた。


「リアのお父さんてどんな人?」

「どうって……普通に王様だからね。厳しいよ?」

「………」


時空魔法を使えばお父さんを治せるかもよ。と提案したところ、リアが過剰な反応を示した。思いがけないところからお父さんの病気を治せる可能性が出てきたことで興奮してしまったようだ。


すぐにでも、ということだったけどクーデターで城が若干混乱していたし、ゾナスの処分もあった。療養院の警備も厳重になっていたので、ひとまず時間を置いてからお見舞いに行こうという話になったのだ。

病気とはいえ緊急性があるものではなさそうだったしね。


「そういえばゾナスのおっさんはどうしたの?」


あれだけのことをしでかしたから、……やっぱ極刑だろうか。


「彼ならヘルムガントに送ったわ。協力者の情報も引き出せなかったし、この国に置いておく意味がないもの」

「ヘルムガント?」

「ヘルムガント刑務国家。小さな島国で、国土全体が収監所になっているの。死刑以外の罪を犯した者は大体そこに送られるわ」


犯罪者だけを集めた国か。反乱が起きたらどうすんだろ。


「大丈夫よ。自治国といっても各国が収監所の経費を賄っているの。利益を生み出せるような資源を持たないから」


俺の考えを見透かしたみたいにリアが言った。


「勝手に武力なんかを持たないように、お金の流れから物資の供給ルートまですべて共同管理されているわ。ヘルムガントを戦争に利用しないという協定も結ばれているしね」

「なんだか恐ろしいところだね」

「ええ。今頃ゾナスも囚人仲間と楽しくやっているんじゃないかしら」


リアがふっと口角を上げて笑った。なぜだろう、温かい日和なのに寒気がする。


「てっきり死刑かと思ったよ。リアを傷つけようとしてたし」

「この国は死刑が無いので、実質最高刑ね。ジルの国だったら文字通り首が飛んでいたでしょうけど」


文字通り、ね。

けどゾナスは幸運かもしれない。暗部の人たちなんて半分くらいはダンに、アレされてしまったし……。(言うにはばかられたので思わず濁したが)


「ここが父の病室よ」


大きな扉の前でリアが言った。


「失礼します、お父様」


リアが扉を空けると、広々した室内に大きなベッドがあり、そこに痩せた老人が横たわっている。ジルのお父さんにしてはずいぶん年を取っているようだ。


「リアか……、よく来た。大変だったようだな」

「ううん、平気よ」

「そちらが……ジル殿か」

「初めまして」


リアの話だとこの人は本当に初めましてらしい。以前のジルでも会ったことはないそうだ。


「初めましてジル殿。私はロクシス。これでも国家元首だが、見ての通りだ」


そう言って上体を起こそうとするが、弱々しくベッドに倒れ込む。


「お父様! 無理をしないでください!」

「ああ……すまん。このところ寝てばかりいたのでな」


リアがお父さんの手を優しく握る。なかなかのパパっ子だ。


「ジル殿。私がこんなだから娘にも大変な思いをさせた。クーデターの件も私さえしっかりしておれば事は起きずに済んだだろう。大変なときに招いてしまって申し訳ない」

「いえいえお気になさらず。済んだことだし俺やリアも無事だったんで」

「だがそれは結果論だ。たまたま無事だったが、娘や君が処刑される可能性も大いにあった」

「死刑は無いのに?」

「ゾナスの悪知恵があれば法の解釈を変えるなど容易だろう」


どんな法律も抜け道はあるってことだね。


「未然に防ぐ、それがリーダーの鉄則だった。起こったことに十全に対処するだけでは真の統率者と言えない」

「病気は仕方のないことです。お父様」

「いや、そのような事態に備えて万全の体制を築いてこなかった私の責任だ」

「お父様……」


こうしてみるとリアはすごく責任感が強い子だ。お父さんが病気になって心細かっただろうに、国を守るために自分を奮い立たせていた。十代の女の子の喋り方じゃなかったのも、リーダーとしてみんなを率いていく意思の現れだったのかな。

……俺とは全然違うな。少しは見習おうか……。


「して、今日はどんな要件だ? 単なる顔見せならば今でなくとも良かったと思うが」

「それは……」


リアが俺の顔をちらりと見た。俺から話せってことね。


「ロクシスさん、俺は時空魔法が使えます。だからあなたの病気を治せるかもしれない」


そう言うと、ロクシスさんが何を言われたか分からないといった顔をする。そしてしばらく黙っていたが、やがて目をかっと見開いて上体を起こす。


「じ、時空魔法だと? 王族が魔法を使えるなんて話は聞いてないし、ましてや時空魔法だと!? うっ……ゴホッゴホッ」

「お父様! 無理をしないでと言ったばかりじゃないですか!」

「あ、ああ。……すまない。しかしにわかに信じられないが……」

「ジルの言うことは本当です、お父様」


リアがまっすぐロクシスさんの目を見つめる。


「うむ……、お前が冗談で人に希望を持たせるような子じゃないことは知っている。だが……」

「そうですね。世界に数人しかいない希少な血脈ですから、信じがたいことも理解できます。……ジル、お願いを聞いてもらえる?」

「いいよ」


リアは枕元に置かれた立派な花瓶を手にすると、おもむろに床に落とした。柔らかい絨毯の上だったが、花瓶は鈍い音を出して割れ、水が絨毯に染み込む。


「リア……っ、その花瓶は他国からもらったもので……」

「ジル、お願いできますか?」


これを直せってことね。まあ百聞は一見に如かずだもんね。


手に魔力を集めて、割れた花瓶に魔法を放つ。

光が瞬いたかと思うと、花瓶も絨毯も何事もなかったように元通りになった。ついさっきの割れる前の状態に時間が巻き戻ったのだ。


「これはっ……!!」

「信じてもらえたかしら?」

「…………」


声も出せないといった驚きようだった。


「ジルの魔法は、状態を巻き戻すことが出来るのよ」

「まさかこの目で時空魔法を目にすることがあろうとは……。しかも我が娘の婿が……。だがリアよ……このことは……」

「知っている人はそれほど多くないわ。我が国では宰相のフレイと諜報員のユアナだけよ」

「ユアナ……。そうかジル王子のもとで……って、ま、待てリアよ」

「大丈夫。ジルはすべて知っているわ。ユアナがこちらの人間だったことも知ったうえで私たちを助けてくれた」


ロクシスさんは考え込むようにして俺を見る。


「……娘婿とは言え我らに寛容すぎるのではないか? 失礼は承知だが……純粋な厚意と見なすには話が巧すぎるのだが……」

「お父様!」


希少な魔法を惜しげもなく披露して、しかも自分を助けてくれるって所が怪しいのかな? とんでもない見返りを求められないか心配してるとか……。お婿さんと言っても他人だし、そう思うのも分からなくはない。


「疑ってもらっても全然かまわないけど、リアのためなんでひとまず治療しても良いですか?」

「……時空魔法で治療か。どのくらい時間を戻せるのだろう?」


それな。正直自分でも分からないんだよね。


「ジル、これは私の予想だけど、時間の長さと言うより状態異常に陥る前まで戻せるんじゃないかしら」

「んーと、つまり?」

「一分前にかけられた魔法でも、一年前にかけられた魔法でも、時間は関係ないの。ともかくその魔法がかけられる前に戻す。それがあなたの時空魔法じゃない?」

「なるほどね。じゃあ病気は? 健康なときまで戻るのかな」

「そうかもしれない。でも父の場合はおそらく……」


リアが言い淀んだ。そしてロクシスさんが続ける。


「魔力によって施された呪い……ということなのだな?」


リアがこくんとうなずいた。


「父の病気の原因ははっきりしていないわ。どの医者に見せても、理由は分からないが衰弱している、としか言われなかった。そしてゾナスはミスリルを使った魔法に精通し、クーデターを企んでいた。……とすれば」


病気に見せかけた呪いだっていう可能性は十分あるか。


「ともかく一度やってみよう。リアの予想が合っていれば魔法が解けるはずだし」

「そうね。……ジル、頼むわね」


すごく期待された目で見つめられてるが、俺が出来ることは一つしかない。治療魔法だと勘違いしていた時空魔法を、ロクシスさんにかけるだけだ。


ロクシスさんに向かって魔法を放つと、そこからまばゆい光が生まれる。小さな魔法陣が浮かび、羅列した文字が不規則に並び替わる。


そして光が止むと、ロクシスさんが目をゆっくり開けた。


「お父様?」

「あ、ああ。なんだか……体が軽くなったように感じる」


そう言ってそっと上半身を起こす。今度は咳き込むことはなさそうだ。体の向きを変えてゆっくりと地面に足をつけ、立ち上がった。


「お……おお。どれほど願っても動かせなかった足が……こんなにも力強く地面を踏みしめている……」

「お父様……良かった……」

「ジルよ。感謝する……」


リアに体を支えながらロクシスさんが言った。二人共うっすらと涙を浮かべている。





呪いの魔法であればロクシスさんの体は健康を取り戻したはずだが、念の為もう一晩療養院にとどまることになった。

俺たちは一緒に馬車で城へ戻ることにしたが、途中馬車の中でリアに改まってお礼を言われる。


「ありがとうジル。短い間に二度も救われたわ。国を守り、そして父を助けてくれた。返せないほどの恩ね」

「まあ成り行きだしね。気にしなくていいよ全然」

「……ジルって変わってるわね」

「そう?」

「うん。私の知ってる王族の人たちとは雰囲気が違う。奢らないし、威圧感も無い。何というか……街の商人の人たちみたいに話しやすいというか……」


根は庶民なんでね。


「あ、ごめんなさい。商人なんて失礼よね……、大国の王子に向かって」

「大丈夫だよ。それにもう王子じゃないし」

「そうね……。私と結婚して、いずれは大公としてこの国を治めることになる」


……そうなの? 結婚するとしか聞いてないんだけど。そもそもこんな若い子が色々と背負い過ぎな気がするな。大公の娘だから仕方ないのかもしれないけど。


「リアは良かったの? 俺との結婚」

「……それはどういうこと?」

「よく知らないヤツと結婚するなんて正直どうなんかなって……」

「政略結婚とはそういうものよ。……たとえジルじゃなくても他の国の王族と結婚することになる。なら私はジルがいいわ」

「そうなの?」

「だってもう、よく知らないヤツ、じゃないものね」


それもそうか。今はもう多少は知った仲だよね。


「ジルこそどうなの? 他に結婚したい女の子でも祖国にいた?」


リアがイタズラっぽい口調で言ったが、その割に声が少し緊張している。おどけて見せながら実は本音を探っているような……。

もしかして、俺が婚約解消したがってると思ってるのかな。さっきの質問、逆を返せば俺が知らないヤツと結婚したくないと言ってるのと同じだし。


「特にいないね。俺は相手がリアで良かったと思ってるよ。責任感あるし、お父さん想いで性格も良いし。それに……」

「それに?」

「リアの瞳はきれいだ」

「っ………!」

「ずっと見ていたいよ」

「そ、そう? ……瞳がきれいだと言われたのは初めてだけど」

「うっそ! みんなリアの目を見てないわけ? 紫色の瞳なんて珍しいし、まるで宝石みたいじゃん」


そうそう、こんな色の宝石があるよね。アメジストだっけ?


「…………何ていうか、その、……ありがとう」

「うん? どういたしまして」


何のお礼だろう?

瞳の色を褒められたから?


リアがわずかに頬を赤くしながら顔を外に向けてしまったので、それ以降特に会話もなく城に着く。

門をくぐると宰相のフレイが慌てて出迎えた。


「リア様!」

「どうしたのフレイ?」

「実は……ご覧頂きたいものが、地下の実験施設に……!」


俺とリアは二人で顔を見合わせる。帰って早々だがフレイとともに城の地下施設へ行くことになった。

お読みくださってありがとうございます。

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