02 当事者の話し合い
「さて、今回の事故についてだが……」
アレク王太子がそう言って向かい側に座るパーシー親子を交互に見た。
お父さんの方が軽く咳払いをする。
「アレク王太子殿下、ジル王子――。この度の事故の責任はすべて我が息子レオルドにあります。騎士学校の訓練中であるというのに禁止されている“突き技”を繰り出し、王子を死の危険に至らしめたのですから……弑逆未遂と言われても仕方がないことでしょう」
それを聞いた、先生らしき人が続けて言った。
「いえ……この度の練習試合は私に責任があります。管理者でありながらその場におらず、結果としてこのような事態を招いてしまった。生徒同士のトラブルの責任は、教師である私が責任を負うべきです」
「バラム先生。あなたは優秀な教師だ。息子の愚かな行いのせいであなたが罰を受ける必要はない。王族の方々の厚意で我ら地方貴族にまで門戸を開いてくださった騎士学校の品位を、息子が落としてしまった。その罰をどうか息子と、……父である私めに」
肝心の息子レオルドは、青ざめたまま下を向いてる。
うん。親と先生が話してるときって、そんな感じだよね。
「……エリオット卿、バラム殿。貴殿らの言い分は分かった。して我が弟ジルよ」
「ん?」
「お前は当事者であるゆえ処分をくだす事は出来ないが、王族である私が審判となり処分を言い渡そうと思う。お前から何かあるか?」
「あー。昨日も言ったんすけど、俺はもう大丈夫なんで、この人たちに処分は必要ないです」
それを聞いたパーシー親子とバラム先生が驚いた顔をした。
「……ジルよ。故意ではなくとも王子に怪我をさせた以上、処分が無いというのは出来ないのだよ」
「それね。何度も聞きました」
「当事者であるレオルド・パーシーは処分を受けなければならない。ほかの貴族に示しがつかないからな」
「はいはい。じゃあこんなのはどうです? レオルド……だっけ? 彼には騎士学校を去ってもらう」
「退学処分ということか? ……それではまだ軽すぎるな」
「退学じゃなくて卒業。このまま騎士団に入ってもらえばいいじゃん」
全員が「えっ?」って顔をした。
そんな変なこと言ったかな。
「お言葉ですがジル王子……、それでは何の処分にもなっていないのでは……?」
おずおずした感じでレオルドのお父さんが言った。
「なんで? 学校卒業して働くんだよ? 大変じゃん。これって十分ペナルティじゃない?」
俺ならイヤだけどなー。学生のときに急に社会に出て働けって言われたら。
「……ジルよ。学校を退学、いや卒業させたとして、なぜ騎士団への入団なのだ?」
「ひと突きで俺を倒したんでしょ? しかも彼、二つも年下だって言うじゃん。そんなすごい剣の才能があるんだから騎士団でバリバリ活躍してもらった方が良くない?」
「「………………」」
「彼は国の宝ですよ、ハイ。俺からは以上で」
しばらくみんな黙ってたけど、やがてアレクが立ち上がって言った。
「……それでは、レオルド・パーシーへの処分を言い渡す」
空気が張り詰めた。こういうの苦手です。
「レオルド・パーシーは本日を以て騎士学校の訓練課程を修了したものとし、来月より王国騎士団への入団を命ずる。所属する師団および部隊については追って通達する。以上だ」
「「はっ!」」
パーシー親子とバラム先生が敬礼すると、アレクはそのまま部屋を出た。
俺もここにいてもしょうがないのでさっさと部屋を出ようと……したのだが、
「ジル王子……」
レオルドくんが俺の前に歩み出た。
何? やっぱり不満だった? そうだよね。まだ学校生活を満喫したかったよね。
どうしよう、怒ってるのかな。
「この度は……申し訳ありませんでした!!」
あれ、怒ってない。
「ああ、うん。気にしなくていいよ。もとはこっちから粉ふっかけたみたいだし」
「いえ……。王子は私のために敢えて、あのような挑発をされたのですね?」
「え?」
「恥ずかしながら私は王子の意図に気づけず、未熟にも王子を傷つけてしまいました……」
「?? 俺の意図って?」
「パーシー家は貴族とは言え、地方の痩せた領地しか持っておりません……。かねてから王国騎士団へ入団し国を守り、復興と名誉を我が家へもたらしたいと願っていたことは王子もご存知のはず」
いや知らなかったけど。
あ、でも前のジルなら知ってたのかな。
「私を焚きつけることで実力を披露する場を与え、自ら技を受けることで、私が騎士団にふさわしいかを測ってくださったのですね?」
「……そんなことはないと思うけど」
「謙遜なさらなくて結構です。王子という立場上、あのように周りの心証を悪くすることでしか、私を引き立てる術はなかった。……今ならそれが分かります」
本当にそうだったの……ジル?
そのうち、先生とレオルドのお父さんまで隣に来て言い出した。
「ジル王子、そのような意図があったとは……。深く感銘しました。剣を教える者として、未来ある若者の騎士団入団は大変喜ばしく思います」
「ジル王子、私からもお礼を申し上げます。息子を気にかけてくださり、御身を犠牲にされてまで騎士団入団を後押ししてくださるとは。パーシー家の身に余る光栄です。王国のために息子を存分に使ってやってください」
「……うん。喜んでもらえたなら、良かったです」
そのあとも散々感謝の言葉を述べられて、むずかゆくなりながら自分の部屋に戻った。ジルはそんなこと考えてたわけじゃないと思うけど、絶対とは言い切れないからな……。否定も肯定もしないで黙ってうなずくしかなかった。
あー疲れた。
◆◆◆◆◆◆◆
私は王室専属使用人のユアナ。
先日、騎士学校での訓練中に起きた事故でジル様が医務室に運び込まれた。
優秀な医師が集められたけどジル様の意識は戻らず、一時は生死の境をさまよったほどだと伺った。
だからだろうか。
回復し、またお世話をし始めたジル様はいつもと様子が違っていた。
いつもなら私の顔を見て「オイ」とか「お前」などと呼び、
少しでも応対が遅れると容赦の無い悪口と雑言を浴びせられた。
けれど昨日、医務室にお迎えに上がったときのジル様はとても静かで、突然用事を呼びつけるようなことはされなかった。お医者様の話では事故の影響で一時的に記憶をなくされているとのこと。
お部屋の場所も分からないということだったので、私が案内して差し上げると、ご自分の部屋を見て「広すぎて落ち着かない」とつぶやかれた。
これまでは、第二王子の部屋の方が広いと、ことあるごとに不満を漏らしておられたのに……。
ジル様はそのままベッドに少し横になったあと、ふいに私と目を合わせた。
「どうしたの?」と尋ねる。いつも違うジル様のご様子をつい目で追ってしまっていたことに気付き、私は慌てて謝罪した。王族を許可無く見つめるなど不敬にあたるのだ。
ところがジル様は、そんな私を叱ることも無く「大丈夫だから仕事に戻ったら?」と声をかけてくださった。以前のように冷たく突き放す言い方ではなく、優しく、気遣うようなお声だった。
そのあと、ジル様はどういうわけかご自分の顔を鏡で見て何か考え込んでおられる様子だったので、「ジル様?」とお声をかけた。
ジル様は、ご自分の性格の悪さが顔に出ているとおっしゃっていたけれど、私はそれを全力で否定した。
だって(確かに性格のことはアレですけれど……)、王子様はとてもきれいな顔をしていらっしゃるから。
王太子であらせられるアレク様も、第二王子のレイニー様も、とてもお美しい顔をしているけれど、私はジル様の……どこか影のある美しさが好きなのですから。
いつも暴言を吐き、周囲に敵を作ってばかりのジル様だけど、そのようになってしまった理由を私は知っている……。
だからこそ、誰もやりたがらなかったジル様の専属メイドを、時に泣きそうになりながらも続けている。
ほかの皆さんのように、頭ごなしにジル様を嫌うことは私には出来ないのだ。
でもこの日一番の驚きは、ジル様が私に「ありがとう」と言ってくれたことだ。
ジル様にお仕えして3年。私はおろか、他の方に対してであっても、ジル様のお礼の言葉なんて聞いたことがなかった。
それに……滅多に呼んでくださらない私の名前まで呼んでくれて……。
思わずグラスを落としてしまったけれど、その時でさえ、叱るどころか私の怪我の心配までしてくれたジル様。本当に一体どうしてしまったんだろう。
ぐいっと顔を近づけて私の傷を確認する様子には、思わず顔が赤くなってしまった……。
でもまさかジル様が魔法を使えるとは思ってもみなかった。限られた一部の人のみが魔法を使えるというのが常識で、私が知る限り王族で魔法を使える方はいないはず。けれど、いち使用人である私に王族のすべてが伝わっているはずなど無く……、きっと私が知らないだけで王族も魔法を使えるのかもしれない……。
人が変わったジル様であったけれど、今日のお話し合いではさすがに厳しい処分をくだすに違いないと思っていた。
それはお話し合いに参加した皆さんも同様だったと思う。
会議室は重い空気に包まれており、事故の相手であるレオルド・パーシー様は、これからくだされる処分を思ってのことだろうけど、青ざめて震えていた。
アレク王太子殿下の発声から始まった話し合いだったけれど、結果は誰もが意外なものだった。
ジル様はなんと、レオルド様の騎士団入りを推薦されたのだ。
王国騎士団といえば国の花形部隊であり、貴族の男性なら誰もが憧れるエリート集団だ。一家の一人でも騎士団に入団していれば、家長には国家守護職の肩書きが与えられ、貴族の中でも一目置かれる存在となる。
給金も相当なものだし、それだけに狭き門なのだけれど……。
レオルド様の剣術は相当な腕だと、王室使用人の私でさえ聞いたことがある。お若いにも関わらず、飛び級で騎士学校入りを果たしたと。
だからこそ……すでに騎士学校に入学なさっていたジル様に目をつけられ、下級貴族であることを理由に虐げておられたのだけど……。
最後にレオルド様がおっしゃっていた言葉。レオルド様の実力を確かめるためにジル様がわざとこの騒ぎを起こした……?
それが本当だとしたら、私はジル様に対する考えを改めなければいけない。
もちろん使用人である私がジル様のお考えを推し量るなどおこがましいことだけれど、それでも……私が今まで見ていたジル様は本当のお姿ではないのかもしれない。
本当は、昨日私にお礼の言葉をかけてくださったあの姿が本当で、心優しき方なのかもしれない……。
お部屋に戻ったあと、ジル様に断りを入れて一旦退室する。
使用人が寝泊まりする小部屋へ行くと、窓を開けてペンダントにつけた子笛を鳴らす。
一羽の青い鳥がやってきて窓のへりにとまる。
手紙を書いた洋紙を足に巻き付けると、再び子笛を吹いた。
青い鳥はそれを合図に飛び立ち、空の向こうへ消えていく。
その目的地は隣国だ。
今日の手紙にはいつもより少しだけ長い報告が書かれている。
ジル様が事故に遭われたこと、魔法を使ったこと、騎士学校の同級生を騎士団に推薦したこととかを……。
早くリア様にお会いして、ここでの出来事を直接お話ししたい。
もう3年もあの方のお顔を拝見していないのだ……。
でももうすぐ会える。
来月リア様に婿入りされる、ジル様のお供として——。
お読み下さってありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。