18 時空魔法
「なぜ紐が……? 緊縛の呪文は術者が解除しない限り解けないはず……」
「なんでだろうね? とりあえずラッキーじゃん」
「………いや、術が解けたわけじゃないな。付与した呪文そのものが消えている……」
紐を見つめながらリアがつぶやいた。
「ジル」
「何でしょう?」
「そなたの魔法……本当に治療魔法なのか?」
……違うの?
「治療魔法だと思ってたけど……あ、でも」
死んだ時に会った白服のおっさん……、俺に魔法をくれたけど、治療魔法だとは言ってなかったような……。
「言いたくないなら別に構わないのだぞ? 王族に魔法が伝わっていること自体知られていないのだから、重大な秘匿事項なのだろう?」
「いや? まったくそんなことはないけどね」
「そ、そうなのか?」
「どんな魔法かよく覚えてないんだよね。リアの言う通り治療魔法じゃないのかも……。でも怪我治せたしなー」
「……そうか、そなたは記憶を無くしているのだったな」
ある意味そうだね。おっさんに言われたこと忘れちゃったし。
「ひょっとしてなのだが……、それは時空魔法かもしれないぞ?」
「時空魔法?」
「その名の通り、時を操る魔法だ。それを使えばあらゆる事象を無かったことに出来る。時を戻すことでな」
はにゃ? ……どういうこと?
「呪文をかけたのなら、かける前の状態に戻せば術は消える。怪我をしたのなら、怪我する前の状態に戻せば傷は癒える」
そんな都合の良い魔法があるとは。
「……でも、そうかもしんない。うろ覚えだけど、俺に魔法をくれたおっさんが確か言ってたような……時空系がどうとか」
「ま、魔法をくれたおっさん……?」
「うん。本人は神様だって言ってたけどね」
「……ど、どういうことか分からないが……でもそなたの魔法が時空系だとすると、すごいことだぞ?」
「何で?」
「時空系の魔法使いなど、世界でも片手で数えられる程しか存在しない。しかも事象を全て無かったことにできるのだ。各国の軍事部が喉から手が出るほど欲しがる魔法。その力があれば戦争の概念がすべて置き換わるからな」
「ほうほう、なるほど」
「グレシア・ジスカは時空魔法の血脈を受け継いでいたのか……? それが事実ならとんでもないことだが……」
「他の兄弟はどうなんだろうね。使えるのは俺だけだと思うけど」
ジルぱぱも長男のアレクも、神様には会ったことないだろうし。俺自体、血筋だから魔法が使えてるわけじゃない気がする。
「……そなたしか使えない?」
「たぶんね」
「ジルが魔法を使えることを他の王族は知っているのか?」
「さあ、どうだろう? みんなの前では使ったことないから知らないかもね。ユアナとダン君と、騎士団の人たちくらいかな、俺の魔法のことを知ってるのは」
「……ふむ。だからジルの婿入りを許したのか。時空魔法の使い手であると分かっていれば、そなたを国から出すはずがないからな」
「そういうもん?」
「言ったであろう? 各国とも喉から手が出る程欲しい人材だと。それほどレアなのだ。時空魔法というのは」
リアの言う通りこれが時空魔法なら、俺を縛ってる紐にかければ術が解けるのかな? そう思って紐に手を当てて魔法を発動してみる。するとさっきと同じようにシュルリと紐が解けて地面に落ちた。
「術が消えた……やはり。ジル、頼みがある!」
「他にも痛いところあった?」
「私ではない、ルルのことだ」
リアを守ってるライオンの魔物さんね。
「こっちへ」
リアの後について広間の隣室に行くと、そこは部屋一面が氷に覆われていた。
「……な、何だここ」
「ゾナスの仕業だ。やつは氷の元素魔法をミスリルに付与して持ち歩いていた。……こっちだ」
部屋の奥に行くと、巨大な氷の塊があって、その中でメスライオンが眠るように横たわっている。
「気づいたときにはこうなっていた。……私を捕らえるのに邪魔をされないよう、ルルを氷に閉じ込めたのだろう。生きているか分からないが、もしわずかでも命があるなら、助けてやって欲しい」
リアの瞳に涙が浮かぶ。俺も何とか助けてやりたい。だってこいつは前世で飼ってた俺のワンコだから。二度も死ぬところを見るなんて辛すぎる。
「ここにある氷は永久に消えることはない。ゾナスは複合魔法の研究もしていたから、おそらく元素魔法以外にも術が込められている。部屋全体の魔法を消し去ることが出来なければルルは助けられない。出来るだろうか……?」
「大丈夫だと思うよ」
根拠はないけど、いけそうな気がする。
「頼む、ジル」
リアも期待してるみたいだし、ここは未来の夫としてぜひとも期待に応えてあげたいな。
でも広い部屋だし、普通の魔法じゃ効かないかも。ここは気合を入れて全力で魔法をかけちゃりますか! 最近少し分かってきたけど、体の中心からエネルギーを送るイメージだとすんなり魔法が発動できるのだ。
今回はいつもより倍に集中して体中のエネルギーを練り合わせるイメージだ。それを両手のひらに集め、一斉に放った。
どでかい魔法陣が空中に現れる。ワイバーンを治療したときより更に大きい。そして辺りが一斉に光に包まれた。
これは効いただろう。光が止めば部屋中の氷があっという間に消えて…………ない?
「あれ、何で?」
おかしい。少しでも氷が解けたんなら分かるが、さっきとまるきり部屋の様子が変わっていない。
「ごめんリア、もう一回試して……リア?」
隣にいるリアの様子がおかしいことに気がついた。
まるで人形みたいにぴくりとも動かないのだ。瞬きをしないし、指先ひとつ動かさない。
「どったの、リア?」
不安になったのでリアの名前を呼びかけながら肩に触れる。すると一瞬だけリアの体が光に包まれた。
「……は。……はぇ? ジル?」
リアが再び動き出した。……焦ったー! まじで死んだんかと思った……。
「びっくりしたよー、急にリア動かなくなるんだもん」
「え? 私は別に何も……」
そう言いながら部屋を見回す。
「氷は……解けていない……」
「うん、ごめんね。何か調子悪かったっぽい。もう一回やってみるよ」
「……いや、待て。……様子が変だ」
「そう?」
リアが無言のまま部屋を歩き回り、氷に触れる。
「冷気がない……。それに音も聞こえない。……我々の声しか」
そう言われてみれば、風の音とかちっともしないね。
「そなたの魔法陣。あれは確かに時空系の紋様だ。過去に文献で見た特徴があった。……つまり魔法は成功したということ」
「でも氷解けてないよ」
「ジル……さっき私に触れたか?」
え、このタイミングでセクハラを言及?
「うん……まあ、動かなかったんで心配になって……」
「この氷にも触れてみろ。どこでもいいから」
何だか分からないけど言われた通り氷に触ってみる。
するとリアの時のように氷が一瞬だけ光り、次の瞬間、小さな粒になって部屋中の氷が消し飛んだ。
「おぅわ! な、何だ?」
「術が消し飛んだ……。事象が無効化されたんだ……」
「なるほど。魔法が効いてなかったわけじゃないんだね? でもなんでタイムラグがあったんだろう」
「タイムラグなど無い……。さっきそなたが魔法を発動した瞬間から時間は一秒たりとも前に進んでいないのだから」
「でも魔法を出してからもう1、2分は経って……」
「経ってないのだジル。……我々は今、時間の外にいる。……この世界の時が止まっているのだ。我々二人を除いてな」
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