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ジル・シュタイン公国記  作者: 天ノ雀
15/20

15 地下牢


ユアナは鉄鉱の手錠につながれ、地下牢の一室に閉じ込められていた。


「くっ……」


腕を壁に打ち付けたりしたが、手錠はびくとも壊れない。


「早く……ジル様のもとに行かないと……」


気持ちは焦るが身動きの取れない状況に苛立ちがつのる。


そのとき、部屋の外で床を踏み鳴らす音がした。

足音は扉の前で止まると、錆びた鉄製の小窓がガラッと開く。


「目覚めたんだな?」


小窓からは目と鼻としか見えないが、その不快な声と目つきに覚えがある。


「ゾナス……様」


セント・リアの宰相である、ゾナス・オルモントだった。


「ユアナ。お前の手紙、読ませてもらったぞ。ずいぶんとジル王子に入れ込んでるようだ」


「……! ……あれはリア様に宛てた手紙です」


「政権代行の権限は私にもある。他国に潜入した諜報員の報告は当然私も知っておかねばなるまい?」


「リア様はどうなのですか? 私の手紙……ちゃんとリア様には届けてくれているのですよね?」


「くふふふ」


見えないはずの扉の向こうでゾナスが下卑た笑みを浮かべているのが分かった。


「小娘に知らせる必要などない。あれは飾りで表に立っているだけだ」


「何を言ってるのです宰相……。リア様を侮辱するなど不敬にもほどがあります」


「問題ないさ。大公家の人間はいずれいなくなる。それよりユアナ。なぜお前をここに閉じ込めたか分かるか?」


ユアナは少し考えたが、その理由に検討はつかない。


「……なぜなのでしょう?」


「愚鈍なお前には検討もつくまいな。まあ教える必要もない。……ミスリルを出せ」


「ミスリル……?」


「お前に持たせた魔力持ちのミスリルだ。よもや使ったわけではあるまい?」


冷や汗が出かかったが、これはチャンスかもしれないとユアナは思い直す。


「ポケットに入っています。ですが、この錠があっては取り出すことも出来ません」


「……おかしいな。お前を眠らせたとき兵にさぐらせたが、ミスリルは無かった」


「ポケットを二重にしているのです。ミスリルが見つかれば諜報員の疑いをかけられるかもしれません。簡単には見つからないよう生地の隙間に縫い付けました」


「……なら服を脱いでこちらに寄越せ」


「ですから錠があっては衣服をはぐことも出来ません」


「……むう」


ゾナスは小さく唸り小窓をぴしゃりと閉めた。


そしてガチャガチャと鍵と金属がぶつかる音を鳴らすと、扉がかちゃりと開いた。


ゾナスがゆっくり部屋の中へ入ってくる。


「どこだ?」


「服を触っただけでは分からない場所にあります。差し上げますから錠を外してください」


ユアナの言葉に「ちっ」とゾナスが舌打ちし、腰に下げた鍵束から手錠の鍵を取り出す。


「変な真似はするなよ」


鉄鉱の錠がカチャリとはずれ、ユアナの両手が自由になった。

「お待ち下さい」そう言って衣服を探すフリをしたあと、ふいにゾナスに体当たりをかける。


「ぐぁ! 何をする、このっ!!」


ゾナスが壁に倒れかかったスキをついてユアナが部屋を飛び出した。


石壁に囲まれた狭い通路が何本にも分かれている。


当てずっぽうで一つの道を選び走り出すと、後ろの方でゾナスが大声で叫ぶ声が聞こえた。


「愚か者め!!」


「はぁっはっ」


必死に逃げるが、緊張からか思うように走ることが出来ない。


――ジル様はご無事なのかしら。


ジルの顔が脳裏をよぎった。

どんな理由で自分が捕まったのか分からないが、下手をすればジルにまで何らかの危害を加えられるかもしれない。

ゾナスが黒幕なのか、それとも他に親玉がいるのか、それさえユアナには確かめる術がなかった。


「お前が逃げ回るならこちらにだって考えがあるぞ!!」


ゾナスの声が地下通路に響いた。


ふいに地面があやしく光かったかと思うと、息も吸えないほどの冷気が辺りをたちまち凍らせた。


「なっ……!!」


かじかむどころか心臓が止まるほどの寒さ。息を吸えば肺が凍ってしまう、とっさにそう判断し、衣服の袖を口元に当てる。


――これは元素魔法……? 


魔法を使えるのは生まれつき血脈のある人間だけだが、ミスリルに魔力を付与すれば血脈を持たない者でも使用可能になる。

魔法の規模はミスリルに付与された魔力の量に比例し、規模が大きいほど大量の魔力が込められている。


――迷路のように入り組んだこの場所では、私の居所を的確に把握するまで時間がかかるはず。まさか、地下通路全体を一瞬で凍らせたというの?


通常それほどの魔力をミスリルに込めることは出来ない。ミスリルの容量もさることながら、魔力の高圧縮には高い技術力が必要とされるからだ。最先端を誇るセント・リアでさえワイバーンを数匹気絶させる程度の魔力が限界だ。広大な地下通路を一瞬で凍らせるというのは現代の技術ではあり得ないことだ。


「これで身動きは出来まい。どこにいようとすぐにお前を見つけるぞ? ユアナ」


ゾナスの醜悪な声が地下に響いた。


「手足の先から凍っていくのは怖かろうな。凍らせたお前を少しずつ壊していくのも楽しそうだ。心配するな、頭は最後まで残してやるからな、くふふふふふ」


見つかるのはもはや時間の問題だとユアナは悟る。ゾナスの言う通り、手足の先が動かなくなっていくのが分かったからだ。足は地面に張り付き、一歩を踏み出すことさえままならない。


――申し訳ありません……ジル様、……リア様。


その時だった。


業ノ炎(イグニス)


その声とともに熱風が押し寄せ、周囲の氷がまたたく間に溶解していく。


「ユアナ! こっちよ!」


通路の先から現れたのは宰相のフレイだった。


「フレイさん! なぜここに?」


「話は後でするわ。今は逃げないと」


「はい!」


凍った通路を次々に融かしながらフレイは的確に地下の道を進んでいく。開けた空間に出るとその先に鉄製の巨大な扉があった。中央に魔法陣が描かれており、フレイが手のひらを当てると重々しく扉が開き、階段の先に地上の光が淡く降り注いでいた。扉を閉めると再び手を当て、先程とは違う魔法陣で封印の呪文を刻む。


「……ここまで来ればひとまず安心よ」


フレイがそう言った。


「フレイさん……今の場所はもしかしてお城の地下にあるという古代遺跡ですか?」


「そうよ。ユアナは来たことがあるの?」


「ありませんが、噂で聞いたことがありました。かつて地下牢として使われていたと聞いています」


「それだけじゃないわ……」


「え?」


「私達がいたのは遺跡の第一階層よ。さらに下には巨大な実験施設が存在する」


「……何を実験するんですか?」


「ミスリル魔法よ。血脈を持たない人間でも高威力の魔法を打てるようにするため、各国の科学者を呼び集めて実験しているの」


「そんな場所がお城の地下にあったなんて……」


「でも今日でそれもおしまい。ゾナス宰相が動き出してしまったわ」


「あの……私はどうしてゾナス宰相に捕まったのですか? ジル様とリア様はご無事なのでしょうか?」


「あの人たちは無事よ。今のところはね。……もっともそれも時間の問題でしょうけど」


「どういうことですか?」


「……こうなってしまったら全て話すわ。リア様を助けられるのはもう、あなたやジル王子しかいないのだから……」


二人はひとまず地下を抜け、城にいるジルのもとへと向かった。






同じ頃、セント・リア公国領外でダンが妖しげな男たちと対峙していた。


公国に着いた日の晩、ユアナを探しに領地内を散策していたところを突然黒装束の男たちに囲まれ、捕らえられたのだ。

その場で戦闘に持ち込むことも出来たが、路地裏とは言え領民たちを巻き込むことにもなりかねない。さらにはユアナの消息不明と男たちが関連していると考え、一度おとなしく捕まったフリをして様子を見ることにしたのだ。


男たちはダンを縛り上げ荷車に押し込んだあと、隠れ家のような場所で一夜を明かした。その間リーダーらしき男がふらりとどこかえ消えてしまったが、朝になり戻ってくると再びダンを乗せた荷車を引いて領外までやって来た。


ユアナの元へ行くかもしれないと黙って荷車へ乗せられていたダンも、このままではユアナに会えることはないと気づく。

人気のない森で荷車が止まると、男たちは言葉を交わすこともなくダンを荷車から降ろし、地面に横たえる。


――なるほど、ここで俺を始末する気か。


うっそうとした森の中からあちこちで魔物の気配がする。死体を置いておけばたちまち骨まで食われ、痕跡は残らない。


黒装束の一人が短剣をダンの喉元に押し当てようとしたその時、かねてからこっそり切れ目を入れていたロープをほどき、ダンが短剣を奪って男の喉を切りつけた。


「ぐふっ!!」


突然の凶行に残りの男たちが一斉に散らばる。


「お前ら公国の正規兵じゃないようだな……。暗部の人間か?」


男たちは何も答えず、よく訓練された動きで陣形をつくる。


「一人は生かしといてやる。目的を聞き出さないといけないからな。だがそれ以外のヤツは……」


ダンは最初の男から奪った短剣を男の一人に投げつける。とっさに躱されたが、その隙をついて一瞬で男と距離を詰め、襟元をつかみ地面に組み伏せそのまま首の骨を折る。

別の男が剣を振り上げ斬りかかってくると、死んだ男を盾にして受け止め、男の短剣を相手の心臓に突き刺した。残されたリーダーの男が首から下げた何かを握りしめた。だが、ダンがとっさに投げた剣が男の手を切り落とし、男は地面に倒れ込んだ。

腹ばいになった男の背中をダンが踏みつける。


「ミスリル魔法を使う気だったな?」


男が小さく唸ったが何も答えないままだ。


「目的を言え。なぜ俺を狙った?」


だが次の瞬間、男の体が赤く光る。


「!!?」


とっさに飛び退くと、男の体が巨大な炎を巻き上げて爆発した。


間一髪で事なきを得たが、これで男たちから狙われた理由を聞き出すことは出来なくなった。


「自爆したのか……それとも消されたのか。どうにもきな臭い。……ジル様が危ないかもしれないな」


男たちの死体を放置し、ダンは城にいるジルのもとへと急いだ。




お読みくださってありがとうございます。

次回もよろしくお願い致します。

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