13 謁見
ユアナは一晩経っても戻って来なかった。
昨日はダンと二人で夕方まで街をぶらついてから城に向かったけど、そこでも誰もユアナを見ていないという。
一体どこに行ったんだろう?
ひとまず部屋に案内されたものの……
「やっぱりユアナのこと気になるなー。ダン君、探してきてくれる?」
「了解です。城にはいないみたいなんで、もう一度街を見てきますよ」
「お願いね。地元だから心配ないと思うけど、女の子が一人でぶらつく時間じゃないしね」
外は暗くて月が出ている。
街中とはいえ狼男が出たっておかしくない世界だ。
部屋に運ばれた食事を一人ぼんやり食べて、ベッドで横になる。
しばらく寝ずに待っていたけど、結局ダンは戻らず、ユアナの行き先も分からないまま朝になった。
――――――――――
「ジル殿の様子はどうだ?」
銀髪をなびかせてリアが尋ねた。
「はい。さきほど朝食をお届けしました。旅の疲れが出たようで、昨日はぐっすりお休み頂けたようです」
宰相のゾナスが答えた。
「そうか……。さすがに今日は顔を合わさねばなるまいな。フレイ、この後はどんな予定がある?」
「はい。ミスリルを輸入したいと、2つの国から外交の方がお見えになっています」
「ヴィンダムと、ガルカだったな。過去に取引はあったか?」
「いずれも新規です。……慎重な対応が必要かと」
「そうだな」
謁見の間に添えつけられた椅子にリアが腰掛けると、音もなく巨大な獣が現れ、リアを守るようにゆっくりと寝そべった。
ゾナスとフレイにわずかな緊張が走る。
聖獣とはいえ獰猛なティールライオンがそこにいるのだ。しかし緊張する理由はもう一つある。
謁見の時刻になり、異国の外交官が二人、リアの前に並び立った。
「お初にお目にかかります、閣下」
「ごきげんよう閣下」
二人が深々と頭を垂れる。
「うむ。ご存知かと思うが、大公である父が現在病に伏しておる。それゆえ代理で私がお二方と契約を交わすことになるが、よろしいか?」
「異論はございません」
ヴィンダムの男が頭を垂れたままで答えた。
「私もです。もちろん異論はありません……ですが、」
ガルカの男が剣呑な目でリアを見る。
「見たところ閣下はお若い。外交に不慣れとお見受けするが、双方に得のある取引が果たして可能でしょうか?」
いささか無礼な物言いだが、リアは表情を崩さずに答えた。
「指摘は正しい。だが外交に長けた者も当然ここにはいる。私一人で判断を下すわけじゃない」
「本当にそうであればよろしいが……」
腹に落ちない顔でガルカの男が言うと、リアの脇で静かに横になっていた聖獣がすくっと起き上がった。
二人の外交官が驚いたように目を見開く。
「心配しなくて良い。この国の聖獣で、私の守護魔だ」
「ティールライオン……。初めて見るが……恐ろしい」
ガルカの男がつぶやいた。
「人に害をなす事はない。……だが気をつけよ。この獣は邪な心を見抜く。悪意を持って取引に臨むものがいれば、たちどころに牙の餌食となるだろう」
「あ、悪意などと……我らヴィンダムは公正に取引をさせて頂く所存です」
「……ふ、ふん。したたかな小娘よ。魔物で交渉相手を脅すとは……」
だが二人の男はにわかに後ずさる。
聖獣であるティールライオンの瞳が、美しい青から真っ赤なルビーの色へと変わったからだ。
「……どうやら、邪心で取引に臨む者がいたようだ……」
リアが残念そうに言った。
「ふざけるな! な、何が聖獣だ……我らを国へ還さぬ気か!!」
ガルカの男が興奮しながら足踏みをする。
その様子をリアが静かに見つめる。広間の奥では宰相のゾナスとフレイが複雑な表情で見守っていた。
「言ったであろう。この獣は悪意に反応する。怪我をしたくなければ悪意を引っ込めよ」
「な、何を……!」
ガルカの男がそう叫んだ途端、ティールライオンが体をしならせ二人のもとに飛びかかった。
「ぐあぁぁあ!!!」
男の叫び声が広間に響く。
ガルカの男は、強く閉じた目をゆっくりと見開いた。
隣に立っていたはずのヴィンダムの外交官が床に倒れ、巨大なティールライオンに押さえつけられている。
「なっ……」
「他国の外交官が一人、東の森に縛り付けられているのを巡回兵が発見した。……お前の正体は何だ」
リアが問いかける。
兵士がティールライオンから男を引き離し、鉄枷を両手足にはめながら言った。
「!……この男、指名手配書にある盗賊の一人です。おおかたミスリルを闇市場にでも売りさばくつもりだったのでしょう」
兵士がそう言うと、ヴィンダムの外交官の服を着た男が、「……く、くそったれ!!」と叫んだ。
男が連れて行かれ、ガルカの外交官が一人残される。
「すまなかった。どちらが偽の外交官か、確かめる術がなかったのでな」
「……いえ。こちらこそ無礼な態度をとり、失礼した……」
「ガルカとの取引だが、前向きに検討したい。詳細はゾナスと詰めてくれ。ゾナス、この方を別室へ」
「かしこまりました。さあ、こちらへ」
ガルカの男がゾナスとともに広間を後にすると、ティールライオンのルルは何事も無かったように再びリアの横で寝そべった。
「疲れる仕事だ……」
リアがつぶやく。
邪な心や悪意を嫌うティールライオンは、敏感にそれを見抜き、排除しようとする。
だが、それがどの程度のものまで掬い取るのか誰も知らない。
わずかな不義、ささやかな反意。無意識なものまで悪意と見られるのではないかと、ティールライオンに向き合う者はいつも緊張せずにはいられないのだ。
「フレイ。他に予定はあったか?」
「……いえ、ありません」
「ならばジル王子をここへ」
「それは……あの方もティールライオンの審判を受けるということでしょうか?」
「ああ。遅かれ早かれ必要なことだからな」
「……かしこまりました。お呼びしてまいります」
ジルが評判通りの邪悪な人間であれば、ティールライオンの前に無事では済まないだろう。
以前グレシア・ジスカで顔を合わせたジルは、いかにも聖獣の餌食となりそうな男だった。
だが人はみな表向きの顔を持つ。
――真意を知らぬまま人を避難する真似だけはしたくない。見せてみよ、ジル王子。そなたが我が婿にふさわしい相手なのかを。
玉座に腰掛けたままリアは、静かにジルが訪れるのを待った。
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