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ジル・シュタイン公国記  作者: 天ノ雀
11/20

11 セント・リア


その日、セント・リア公国の都はかつてない騒ぎを見せた。


巨大なワイバーンが群れをなして訪れ、上空をしばらくの間旋回していたからだ。


それを見ていた都の商人ドレイクは語る。


「それは恐ろしかったですよ……。ワイバーンといえばグレシア・ジスカ領の渓谷に住む魔物ですが、このセント・リアの都で見ることなんて滅多にありませんからね。しかもあんなに低く飛ぶなんて。不吉な風が死の翼を連れてやってきた、と皆口々に叫んでましたね」



わずかな時間で都はたちまち混乱に陥ったが、少し後にワイバーンたちはふいに東の空へ消えていき、街を右往左往していた人々もようやく落ち着きを取り戻した。奇しくもセント・リア公国の公女リアが婚礼を迎える直前だったこともあり、不吉な前兆であるという噂が都の至るところで囁かれた。


そんないつになく落ち着かない日の午後だった。

都の正門に、予定よりも早く婚礼の主役である隣国のジル王子達が到着したのは。




——————————————————




「リア様、ジル王子御一行がご到着されたようです」


城の広間でうやうやしく頭を下げるのは、公国の宰相を務める若い赤髪の女性だ。


「……ずいぶん早いな。到着は明日の朝だと思っていたが」


答えるのは銀髪の美しい女性。

瞳に秘めた意思は強く、荘厳な衣装に負けないくらい気高いオーラを醸し出していた。


「お出迎えはどうされますか?」


「大国の王子であり、婿になるお方だ。出迎えないわけには行かぬ」


公女であるリアはそう言って立ち上がり、広間の大扉に向かって歩き出す。

気品と異彩を放つ彼女だったが年は若干17歳。婿に迎えるジルより2つ年上だった。


「お待ちくださいませリア様」


そう言ってリアの前に立つのは、公国のもう一人の宰相ゾナスだった。

以前から病に伏せる大公に代わり政治を行っており、長年セント・リア公国に尽くしてきた事実もあって城の家臣や国民からの信頼は厚い。

だがリアは、この男が時折見せる卑屈な笑みがあまり好きではなかった。


「なぜ止める? ゾナス」


「そう慌てて出迎える必要もありますまい。大国の王子とは言え婿になるのです。我が国で身を預かるのですから、こちらが下手に出ては相手の思うツボですぞ?」


いささか剣呑な口ぶりだったが、リアには思い当たることもある。

ジルの評判はこの国ですこぶる悪いのだ。


隣国であるがゆえにグレシア・ジスカ国内の噂や出来事は頻繁に耳に入る。

ロッド国王の子供たちは皆出来が悪く、ただ一人まともなのは長男のアレク王子くらい。

特にジルは性格に難があり故郷でも嫌われているという悪評が人々の耳を独り歩きしている。


セント・リアが小国なのをいいことに厄介者を押し付けられた、そう感じている国民は多い。

実際そうなのだろうとリア自身も思っていた。


「……ふう。……分かった。ならばお前たちが出迎えて来い。腐っても王子なのだ、粗相の無いようにな」


「はっ」「かしこまりました」


ゾナスと、もう一人の宰相であるフレイが答え、広間を後にする。


リアは再び椅子に腰掛け、明かりの差し込む窓に目をやる。


「腐っても……などと。我ながら失言だな」


そう一人つぶやく。


正直なところ、夫が誰だろうと関係ない。

公女である自分の結婚とは国と国の結びつき。小国とそこに住む者たちの命を永らえさせるための儀式に過ぎないのだ。

そこに個人の感情など必要ない。


……頭ではそう割り切っている。

だがそれでも、公女のベールを脱げばそこにいるのはまだ17歳の少女だ。

生涯の伴侶となる者に甘い憧れを抱くこともかつてはあった。


しかしあれよという間に隣国のジル王子と婚礼を交わすこととなり、しかも聞こえてくる噂はどれもひどいものばかり。

王室に身を潜めているユアナからの報告もここ数ヶ月はめっきり途絶えてしまった。

果たして無事に生きているのかも分からない……。


幼馴染であるユアナを虎穴に放り込んでしまった負い目もあって気が重い。

ユアナがジル王子の供としてセント・リアに帰ってきてくれれば心から嬉しいが、その可能性はおそらく無いに等しいだろう。


「はあ……」


無意識のうちにため息をつく。


その様子を心配したのか、広間の奥にかかった帳の向こうから、巨大な影がのっそりと近づいてきた。

それに気づいてリアが振り返る。


「いたのか? ルル」


白い毛に稲妻の模様がついた、この国の聖獣であるティールライオンがそこにいた。

雌である彼女はたてがみを持たず、深い紺碧の目を優しくまたたくと、リアの肩に顎を擦り寄せた。


「心配をかけてしまったか? 大丈夫……私は大丈夫だよ」


そう言ってルルと呼ばれるティールライオンの頬を撫でる。

そして改めて決意を胸に呼び起こす。


大公である父が病に伏した時に誓ったのだ。この国は私が守ると。

婿の相手が誰だろうと関係ない。たとえどんな悪党だろうとこの身を捧げてやろう。引き換えに平和と安泰を勝ち取れるのであれば。

私は誰よりも強い。私は何にも屈しない!


一人も家臣のいない大広間の窓に寄ると、少女と獣は寄り添いながらセント・リアの街を真っ直ぐに見つめ、深く息を吸い込んだ。


お読みくださってありがとうございます。

ゆっくりとですが更新していきます。次回もよろしくお願い致します。

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